◇2◇ 意外な生徒達

「これ、どうだろ」

「いやー、待てって。俺に出来るわけねぇじゃん?」

「そんなん言ったら俺も無理だって」

「でもさ、確かにちょっと『ちょうど良い感じ』ではあるよな」

「わかる。何かこう……抜群に『ちょうど良い』」

「だべ? 良いって、これ」


 スミスミシンの入り口付近で、「君達、その恰好で本当に寒くない?」って突っ込みたくなるような学ラン姿(裾から派手な色のセーターがはみ出てたけど)の高校生が3人固まって、何やらそんなことを話していた。


 何だ何だ。

 おお? よく見たら、あれって私が作った『案B』の方のポスターじゃんか。うんうん、一応男性ウケも狙ったんだよねぇ。さっすが私! 


「へいへい、ちょっと君達」

「うわ、何だ? 何すか?」

「はっはっは。何を隠そう、そのポスターをデザインした人だよ、こんにちは」

「こ、こんちわっす……?」


 うん、ちゃんと挨拶を返せるとは感心関心。昔の私なら男子高校生に話しかけるなんて絶対に出来なかったけど、何か年々そういうことのハードルが低くなっている気がするんだよね。悲しいけれど、もしかしてこれがいわゆる『オバサン』ってやつなのかもしれない。


「君達、手芸教室に興味あるの?」


 そう尋ねてみると、その3人は互いにちらちらと視線を合わせつつ「いや、まぁ、ちょっと」などと言っている。完全に「おい、お前が話せよ」「やだよお前話せよ」みたいな空気だ。何、訳ありなの? ちょいとこのマリーさんに話してみなさいな。


「俺ら、実は今年卒業で」

「そうなんだ、おめでと」

「どもっす。そんで、何か母親にプレゼント? すっかなぁ? みたいなこと話してて。なぁ?」

「ちょ、俺に振んなし。いや、まぁ、そんで、この、コサージュ? ってのが、まぁちょうど良い感じだよなぁ、って。なぁ?」

「俺かよ、最後。何つうか、教室だし、教えてもらえりゃ俺らでも出来っかなぁ、みたいな?」


 何! 何この子達! いまどきこんな素敵なこと考える男子高校生いる? ちょっと地元テレビ局! いますぐこの子達取材しに来なさいよぉぉぉぉぉ。


「つうか、っしぃしな!」

「そうそう、参加費、600円とか! 良心価格かよ、って」

「オプション? とかつけても700円とか、まじっしぃ!」


 何よ、もちろん自腹なの?! 自腹切るのね? そうなのね? そりゃ当たり前だろって言われそうだけど、昔の私だったら普通にその分もどさくさに紛れてせびりそう! ていうか、サプライズでプレゼントとか、そもそもそんな発想にすらならないかも! 親不孝な娘でごめん、母さん! 


 ……あ、ヤバい、涙が。と、とまらん。


「ううう、君達、良い子だわぁ~……!!」

「げぇ、ちょ、泣き出したぞ、この姉ちゃん」

「何これ。俺らのせい?」

「いや、俺らのせいじゃなくね?」

「こ、この殺伐とした、じっ、じだっ時代にねぇっ、き、君たっ、達、みたいなっ、ねぇっ、わ、わわ若っ、若い子達がねぇっ、ひぐっ」

「おい、ちょ、何でこんなに泣いてんの、この姉ちゃん。引くわぁ……」

「情緒ヤバめじゃねぇ?」

「ヤバみがふけぇ」


 どうしよう。

 冷静にならねばと思うほど、わけがわからないことに……!


「マリーさん?! 大丈夫!?」

 

 うわぁ、然太郎来ちゃった。

 いま確実にとんでもない顔になってるのに。

 違うんだよ、然太郎、彼らはちっとも悪くなくてね、私が勝手にね。

 

 そう言いたいのに。


「このっ、この子っ、たち、がっ、ねええっ、ひぃっぐ! わ、わたっ、私が、ねえええっ」


 としか言えない。


「え? な、何かされたの? 君達、彼女に一体何を――」


 あっ、ちょっと然太郎の目がマジだ。

 ヤバい。どうにか誤解を解かねば。解かねば。


「すんません、この姉ちゃんが何かいきなり泣き出しちゃったんすけど、助けてください」


 ……え。


 助けてください、ってか。

 ちょっと待って、若人達。そのしれーっとした目は何?


 で、でもまぁ、概ねその通りではある、かも。


「え? そうなの?」


 と、せっかくなかなかお目にかかれないレアな表情をしていた然太郎が、ちょっとふにゃっとした困り顔になる。


 私は、もうしばらくはしゃべらない方が良いと判断し、それでも込み上げてきてしまう嗚咽を堪えながら、こくこくと頷いたわけである。


 で、その男子高校生達も一緒に店内に入り、一緒に温かい飲み物を飲んだのだ。彼らはホットココア、私には、ほうじ茶オレ。あの粉末を溶かすタイプのやつね。手軽で結構美味しい。


「成る程ねぇ、お母さんにコサージュをサプライズプレゼントかぁ」

「俺らでも作れますか」

「……っひ! ふぐぅ!」

「マリーさん、ちょっと落ち着いて」


 もう駄目だ、『お母さん』『コサージュ』『サプライズ』『プレゼント』の単語だけで映像が浮かんでしまう。満開の桜、第二ボタン、学び舎、黒板いっぱいのメッセージ……。ああ、これが青春か。当時はこれといってそんなに感動も何もなかったし、大して泣きもしなかったはずなのに、何だか年々涙腺が……。ああ、これがいわゆる『オバサン』って(以下略


「あの、俺、家庭科2とかなんすけど、大丈夫っすかねぇ」

「大丈夫だよ。針と糸は持ったことある?」

「それはあるっす」

「じゃあ大丈夫。予定してるやつは、そんなにかっちりした感じのじゃなくてね。ええと、これが見本。こういうふわっとしたやつだから」


 と、カウンターの下から出したのは、普段使いも出来そうな、赤いチェック模様の生地で作られたバラのコサージュだ。


「うげぇ、全然難しそう!」

「無理じゃね? これ絶対無理じゃね?」

「大丈夫大丈夫。あのね、使ってるの、こんなぺろーんとした布一枚だけなんだよ」


 と、今度は細長く裁断された布を取り出してひらひらと振って見せた。うっそ、あれがあれになるわけ? 


「うぇ、マジすか」

「マジマジ。ざっくり説明するとね、これをぐしぐしぐしーって縫って、ぎゅーって絞って、くるくるくるーって巻いたらこうなるの。それだけ」

「……ほ、ほんとにそれだけっすか」

「うん。後ろにピンをつけるけど、それは接着剤使えば良いし」

「接着剤! それならイケそう、俺!」


 やるじゃん、然太郎。この子達、すっかりやる気だよ。ていうか接着剤の単語で「イケる!」って……。いや、心強いよね、接着剤って何か。謎の安心感があるよね。私もこないだ知ったんだけどさ。


「でしょ。頑張ってみようよ、お母さんのためにさ」


 ちょ、だからその『お母さんのため』とか、そういうフレーズやめて。


「う、うう……ぐふぅ……っ!」

「マリーさん、ちょっと落ち着いて。どうどう」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る