進攻指令

「ねえ、この先に何があるの?」ぐねぐねと入り組んだ道を歩きながらラボラスが尋ねた。笑顔以外の表情が出来なくなる矯正手術はリアの権限での偽装が成されている為に彼女の顔に浮かぶ不安は本物だ。

「この世界の真実を分かち合いましょう。それが第一歩となるのです」アンドレアは本心からの笑みで答えた。ラボラスは怪訝そうに眉を寄せた。

「『無二の王NOMOLOS』なんかいないっていう、あれの事? なんとなくそんな気はしてたけど、今更教えてもらわなくても――」

我が盟友リアはもっとすごい秘密を知っています。欺瞞と混沌に溢れたこの世界で唯一の真実。知れば元の暮らしにはもう戻れないけれど、構わないではないですか。

「ああ、なんで先代かあさんはあんたなんかにやられたんだろ。罪と嘘だらけの人生。魂があれば、こんなに苦しまないで済んだのかな」

「私はたいへん優秀なので。暗殺アササンもお手の物なのです。それに、人生の苦しみは魂があればこそですよ」

 階段を下りて行く。灰色の扉は音もなく開く。祈るような姿のリアはいつも通りだ。

「ようこそ、生体管理官セージュファムラボラス。ボク達は平和Peaceを、豊かさPlentyを、真実Trueを、そしてLoveを、分かち合いたい。他ならぬ、キミと。受け入れて、くれるね」

「この世で一番偉いあなたに言われたら逆らえないって。ましてこんな立場でさあ。断ったら命はない、とか言うんでしょ」

「脅す、つもりはないよ。ただ計画上そうなっている、それだけ。キミがノンと言うなら、残念だが別の分化生命体クローンを用意する、というだけ」

「それが脅しだっての。はい分かりました受け入れますよ。それで何をすればよろしいので?」

「――まず、このかめの中を見て欲しい。無二の王の、真実がそこにある」

 リアはその華奢な体躯を退ける他は何もしない。アンドレアはラボラスを瓶の前へ促した。全てを知った彼女がどんな顔をするか、想像するだけでうきうきした。

「さあ、触れてみてください」

 彼女は恐る恐る手を伸ばし、瓶の蓋に触れた。





……。

…………。

――。





No.3834562828365921984 旗艦SOLOMONより指令



ゾティーク進攻に関する指令書


指令略号:O66

発令:52736/45時

   53000/00時、[crash]船は随伴艦Dragonと共に下記業務を遂行すべし。

目標:MJU型銀河内、太陽系第三惑星[crash]

業務:通称ゾティーク大陸の全居住民の殲滅、文明の破壊


惑星及び大陸については付記[crash]を参照のこと。


補遺:現在の居住民は[crash]と呼ばれる頭部に二本の角を有するヒト型生命体である。それ以前の原住民は角を持たない種族であり、遺伝子的相違点から彼らは侵略者であると断定され、此度の発令に至った。




配置:乗組員は以下の通りに配置し、役職を果たすべし。


第一方面軍・隊長 ■■ria■

[crash]

[crash]

[crash]

[crash]

[crash]

■■el



[crash]

[crash]

[このデータは著しく破損しており参照は推奨されません。管理者はパスワードを入力して復旧にあたってください]



第二方面軍・隊長 Andrea■■■■■

      衛生管理・■■■■■■-Labolas

[crash]

[crash]

[crash]

[crash]



第三方面軍・隊長 ■■■■roth

[crash]

      記録・■■rfur

[crash]

[crash]

[crash]


[データが破損しています]

観測・Marcho■■■■

[データが破損しています]

……。

――。





 彼らは疲弊しきっていた。終わりのない殺戮と破壊。されど敵は恐ろしく数が多く、どれだけの戦力を投入しても殺しきれない。一対の角を具えた悪魔ディアーブルの如き連中は土着の精霊エルフルーと手を組み、事前調査にない力で以て抵抗を続けていた。

「もうたくさんだ、いつまでこんな事続けりゃあいいんだ」七十二の仲間の内、誰かが嘆いた。

「いつまででもやるのだ。帰還命令が出るか、我々が全滅するまで」別の誰かが言い返した。その声には諦観と自棄やけの色があった。

「いつまででも、だって。ドラゴン号にもうどれだけ生き残りがいると思ってるんだ。持ち込んだ兵器が尽きたら次は一人ずつ殺して回るのか。正気の沙汰とは思えん」

「そもそも、彼らは侵略者でも何でもなかったじゃないか。指令SOLOMONが間違ってたんだよ。言われた通りにやる必要なんてないんじゃないのか」また別の誰か。

「――なら、こういうのはどうだろう」更に別の誰かが思いついた。「我々が支配者として君臨し、彼らを徹底的、いやテッテ的に管理する。殺しきれないなら、生かさなければいい」

 それは停滞した戦争の終わりにして、永い支配の始まりだった。

 彼らはまず手当たり次第に捕まえた居住民に洗脳めいた教育を施した。居住民は劣ったどうしようもない存在であり、自分達の庇護なくしては、と。

 精霊エルフルー、さらにはドラゴン号に残っていた飛翔性蜥蜴型生体兵器ドラゴンに肉の器を与え、同じように偽りの歴史を刷り込んだ。

 分化生命体を増産し、新しい民の管理に足る分だけ自分達を増やした。

 自分達にも新しい形の肉体うつわを用意し、精神を構築して、元あったプシュケーを縛りつけるようにした。

 最奥からの『この地を離れたいという願い、空の向こうへの望郷』を押し殺す為に。

 彼らは自分達の事を『天使アポートル』と呼ぶ事にした。仲間の内誰かが嗤った。「空からやって来た使徒アポートル、でも神の使いアンジュじゃない。よく出来てるじゃないか」

 過程において彼らは数多の事を忘れ果てた。それ程に長い時間を費やしてきたのだ。自分達が本来何であったか、本当の目的は何だったか、かつての名前さえ忘却に追いやられたのは同一存在じぶんを増やし過ぎた弊害か。

 第一方面軍隊長の■リア■(元の名前はもう分からなくなって、断片だけになっていた)は『無二の王NOMOLOS』という主君を一番上に据え、己はあくまで代理人として実権を握った。


 かくして、呪わしき異常な世界がこの地に造られたのである。






「どうでしたか、父祖の霊さえ忘れ果てた原初の記憶SOLOMONは?」アンドレアがラボラスの顔を覗き込むとそこには相変わらず訝しげな表情があった。

「……あのさ、悪いんだけど。

「それが、正しい反応だ」リアが口を開いた。

「ボクらは魂を引き継いでいない、故にそこにあったはずの記憶を持たない。普通の天使アポートルなら感動して涙を流す、だろう。でもボクらはそうじゃ、ない」

「ねえ、一個だけ聞いてもいいかな? あ、もう敬語はいいよね? 一応仲間って事になったんだし」

「何なりと、新しき友よ」

「――あんたの先代おやは、あんたが殺したの?」

「……残念、だな。ボクに表情筋があったら、きっと笑っていたろうに。先代かれはボクを受け入れたんだ、キミらとは違って」

「なんで?」

 リアがラボラスに向けて目を開けた。蛋白石オパールを思わせる、白濁した虹色が煌めいた。

「もうじき、世界は破滅する。魔人ディアーブルでも天族セレスティアでもなく、ましてボクらとも異なる力によって。ボクはその前に、事を条件に成り代わりを認められた、んだ」

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