保安要員
エリヤは飛翔機管理の仕事に当たっていた。小振りな
不意に彼の聴覚と嗅覚が自分以外の人間を捉えた。入り口、汗と荒い吐息、緊張状態。自分に用があるのだろう。エリヤは滑るように車体の群れから飛び出した。
「エリヤ!
「ここに」相手は
「他の用で呼んだ事があるか? 早く来い。現場検証だ」
エリヤはカバンを下ろした。彼の仕事はもう一つあった。保安要員だ。
保安要員は、普段はそれぞれ他の仕事を持っている。平和たるべしという
警備や警邏もいるが、彼らではなくエリヤのような者が呼ばれる時は決まっている。
既に起こってしまった事件に対してだ。
その部屋は入り口が開け放たれているのですぐに分かった。死臭、そして濃厚な血の匂い。エリヤはかつて
吐き気がするほどの生臭い匂いに思わず鼻を覆いたくなる。死体は運び去られていたが実に夥しい血が一面に広がり、乾いていた。始め彼は壁の血を
『Shout it I wanna know who I am』
「何だ、これは……」血文字に指で触れる。乾燥しているため手が汚れる事はなかった。代わりとして壁に舌を這わせる。血に含まれる成分から読み取れるのはそれが被害者の死後に書かれたものという事くらいだった。激烈な恐怖と困惑が口内に広がる。それらが解消されぬまま殺されたのだ。
遅れて竜人の男――保安班長リヴァーンが入って来る。「どうだ、何か分かったか」
「これは何と書いてあるんです」エリヤは壁の血文字を指した。
「お前が知ってはいけないものだ」班長に睨まれてもエリヤは怯まない。とっくに慣れたものだからだ。
「意味くらいなら構わないのでは?」
「――『自分が何者か知りたいと叫べ』。とっくに使われなくなった言語の知識がおれにあって良かったな、ええ?」
「ありがとうございます。血は一種類、
「犯人の目的は」
「はい?」
「何のためにお前を呼んだと思ってるんだ。そんな推理は
「もういい、帰れ。いつも通り、
「はい。失礼します」班長の右の拳が震えていた。エリヤは言うが早いか部屋から出た。帰途――この場合はさっきまで点検業務にあたっていた車庫へ――についてエリヤはため息を吐いた。証拠を保全するという観点から見れば現場の保存状態は最悪だった。
道すがら、ふと壁にあった言葉を思い出した。「自分が何者か知りたいと叫べ――」それを書いた者は何を思っていたのだろうか。死語で書いたのならそれなりの知識階級の
自分が、何者か。
答えは見つからなかった。
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