閉ざされた街 6 ハミルへの旅

 ランゼル王国の首都カレードからハミルまで徒歩では通常七日掛かる行程を、ダレス達は四日であと一歩のところまで走破していた。これはユラント教団の財力を使い、途中の宿場街で酷使させた馬を買い替えて来たからである。

 かなりの強行軍だが、ハミルの街が置かれている状況を考えれば彼らの到着が遅れる程、街の被害と犠牲者が広がるのである。金に糸目を付ける意味はないし、無理をする必要があった。

 それでも、最後の一日はダレスの案で疲れを癒すためと情報収集、そして警戒のために慎重に進むことと決めていた。


「こちらに何人か・・・おそらくは十人程でしょうか? 近づいて来ているようです!」

 昼食を兼ねた休憩を摂っていたところでミシャが警告の声を発した。それに触発されたダレスも耳を側立てて、周囲に伝わる音を探り取る。ほんの微かだが、複数の人間達が地面を踏む音が街道の先から聞こえた。

「焚火の煙を見られたか・・・せっかくの食事中だが、万が一に備えよう!」

「・・・かひこ・・・まり・・・ました」

 ダレスの言葉にそれまで毛布を広げその上で携帯食、チーズとベーコンを挟んで軽く炙ったパンを摘まんでいたアルディアが、残っていたパンを最後に大口開けて放り込むと立ち上がった。

 人通りがなくなったハミルと首都カレードを繋ぐ街道ではあるが、元々はしっかりと整備された街道であり、馬車がすれ違う程度の広さと、所々には休憩場所が用意されている。

 これまでの四日間は食事の時間も移動に割り振るほどで、やっと落ち着いて暖かい食事を楽しんでいた矢先だったのだ。

 特にアルディアは女性としては大柄なためか、食事の量も多く毎回、ダレスと同じかもしくはそれ以上を消費し、食事の時間を楽しみにしている感があった。

 聖女のような外見を持つ彼女ではあるが、こういったところはわりと世俗的である。まあ、ユラント神の教えに食事に関する戒律はないし、今は緊急事態なので先程の多少の行儀の悪さは大目に見るべきだろう。

「・・・ふふ」

 それでもリスのように頬を膨らませて咀嚼するアルディアのミスマッチな光景にダレスは苦笑を我慢しながら、調理に使った焚火をブーツの踵で消すのだった。

 

 現在、世間一般にはハミルでの事実は内密にされているが、現地に近づくほど隠すことは難しくなる。商売で使いにやった者が帰ってこない、あるいはハミルからの人通りが途絶える。見回りの衛士隊が来なくなる等である。

 特に衛士隊が姿を消したのは、周辺地域に大きな混乱を与えたはずだった。

 本来、ハミルとその周辺は王国の中でも治安の行き届いた地方であったが、それを担っていたのがハミルに拠点を置く王国の衛兵隊の存在である。当のハミルが混乱したとあっては地域の治安維持が不可能となるのは必然だ。

 そして、こういった危機に乗じて野盗や山賊の類の人間が現れるのも人の世の常だった。こういった輩は徒党を組み、日頃は隠していた欲望を発散させる機会と見て略奪を始めるのである。


「足音の主はおそらく山賊の類だろう。その数は約十人か・・・こっちよりかなり多いが、迂回している暇はない。俺としては突破するつもりだが、二人はどうか?」

 傭兵として戦地の惨状を知るダレスとしては特に驚くことではないので、早速とばかりに対処法を二人に問う。数的には圧倒的に不利だが、彼からすれば例え自分一人でも、山賊など臆する相手ではない。また、これまでの旅でミシャは優秀な忍びの者であることが判明している。彼女なら自分の面倒を見られるはずだ。

 問題はアルディアである。怪力の持ち主だからと言っても、本人が敵を傷付けること、人間との戦いを嫌がればそこに付けこまれる可能性がある。ダレスはアルディアに悪党とはいえ人間相手に容赦なく戦えるかと確認しているのだ

「やむを得ません! 私達には成すべきことがありますし、堕落した者達にユラント神の裁きを委ねるのもまた神に仕える者の義務ですから!」

 ダレスの心配は杞憂だったようで、アルディアはこれまで僧衣の下に収めていたメイスを取り出すと、そのバランスを確かめるように軽く振るう。その様子は手慣れており、彼の眼から見ても隙がない。食事を邪魔された恨みを晴らせるからか、心なしか嬉しそうに微笑を浮かべているようにも見える。

 ユラント神は正義と公平を司る光側の主神である。そのため人間は死後、この神にそれまでの人生の評価と裁きを受けるとされている。なので、ユラント神に裁きを委ねるということは、人生を終わらせるということと同義語だった。


「そうか・・・」

 ダレス達の目的は一刻も早いハミルへの到着なので、必ずしも山賊を殲滅させる必要はないのだが、彼はアルディアが賛成を示したのでそれ以上は口にしなかった。手心を与えて危機に陥るよりかは、はるかにマシだからだ。

「アルディア様が戦われるなら、もちろんあたしも戦います!」

 最後の確認としてダレスがミシャに目を向けると当然とばかりに彼女は同意する。

「では、決まりだな!」

 仲間達の戦意を確認したダレスは気合とともに頷いた。

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