「梅田ピカデリー」

 2002年11月。


 不思議のダンジョンと悪名高い梅田の地下だが、天井からぶら下がっている案内を見れば、ある程度は迷わない。


「ここまで来ればもう大丈夫だ」


 到着したのは、円形をした大きな噴水「泉の広場」である。地下ダンジョンに湧く泉というビジュアルから「セーブポイント」と呼ばれることもある。


「この上だったな」


 階段を使って地上へ。新御堂筋と扇町通とが重なる大きな交差点に出た。目的の映画館が入ったビルは、その南東の歩道に面して建っている。壁面に、でかでかと「梅田ピカデリー」の文字が書かれていた。


「いつ見てもデカいビルだ」


 この中に、松竹東急系の梅田ピカデリー1から4までの劇場が詰め込まれている。定員はおよそ400人から600人とかなりの規模である。ちなみに、ピカデリー1が10階、2が8階、3が5階、4が3階と、番号が小さくなるほど上階となる。


「ちょっと並んでるな……」 


 梅田ピカデリーの特徴として、すべての劇場のチケットを一階の窓口で販売していることが挙げられる。そのため、人気作が複数重なって公開された時はなかなかチケットが買えず、ギリギリの入場になってしまうことがあるのだ。


「それを見越して早めに到着しておくのが常連というものだ」


 思っていたよりもスムーズに列がはけ、5分ほどで窓口に辿り着けた。


「15時からの『たそがれ清兵衛』、一般を一枚」


※ ※ ※


「おっ」


 エレベーターを出て驚いたのは、ロビーに若いお客さんがたくさん待っていたことだ。松竹系の邦画と言えば『男はつらいよ』や『釣りバカ日誌』を金看板としており、主要年齢層がやたらに高いイメージがある。しかしそれは、今日観に来た時代劇『たそがれ清兵衛』とて同じはずである。


「うーむ、これが有名人の発言力か」


 心当たりは宇多田ヒカルである。彼女がブログで『たそがれ清兵衛』を褒めちぎったことが話題となり、普段は時代劇など観に来ない若年層がこうして映画館に足を運んでいるのだ。


 しばらくすると扉が開き、場内の入れ替えが始まった。梅田ピカデリー1は天井が高く、そのぶん座席の傾斜がきつい。さらにスクリーンの位置が低いので、中央よりやや前方の座席を確保すると、ちょうど視線と銀幕の高さが一致する。


「いくら多くのお客さんが詰めかけても、こういう座席を真っ先に選べるのが常連の強みというものだ」


 照明が落ち、高齢……いや恒例となった『釣りバカ日誌』新作の予告編が流れ始めた。


(作品のイメージキャラクターに綾小路きみまろか……。当たり前だが、今日の若い客層にはまるでウケていないな……)


 松竹の今後を心配しつつ、今は映画を楽しむことにした。


※ ※ ※


「いい映画やったね~」


「ちょっと泣いた……」


 場内が明るくなると、あちこちから感想の声が聞こえてきた。やはり、良い映画は世代を超えて楽しまれるものなのだな。


「これをきっかけに、他の邦画にも興味を持ってくれるとありがたいな。……しかし、東映も東宝も全席指定にネット予約にと仕組みをアップデートしているというのに、ここは未だに窓口販売の自由席……。いつまでもジッちゃんバッちゃんを相手にしているつもりでいると、みんなそのうちいなくなってしまうぞ」


 と、綾小路きみまろみたいなことを呟きつつ、しかし映画は良かったなぁと反芻しながら劇場を後にするのであった。


※ ※ ※


[梅田ピカデリー:2003年に全席指定および定員入替制を導入。2011年1月に閉館。跡地はクラブとなり、客の年齢層が一気に若返った]

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