第21話 寄生

 地面を大きく踏み込み、大剣を天へと掲げる。エーテルの流れが集中している、右肩から右胸に焦点を定める。奴と同じ様に剣身の面に刻まれる術式一文字一文字に、微細な粒子を流し込んでいく。赤胴色に染まり、木々の隙間を光が通る。


星喰せいぐう剣技双【赤龍ガロンドラゴ】」


 上段から下段に降り下げ、自分を軸に剣舞を宙で踊る。赤胴色の光の筋が、剣の軌道に沿って煌めき、奴の肉に亀裂を入れていく。至る所から赤い血液の噴水が上がる。

 龍を彷彿とさせる、長い長い線を描き何度にも渡って攻撃を与え続ける業。その気になれば無限。作成時、無限にした理由としては、そもそも本物の龍はどれだけの長さなのか、明確な定義がなかった為、蓮は「無限にした方がつよいだろ!!」と言って作られた。

 亀裂は次第に大きくなっていき、血は量と濃さが増す。れんの戦闘服が赤く染まる。腕や頬、刃にも付着し、宙に舞う。


 ───ガァァァァァッッ!!


 悲鳴か、それとも自分自身を鼓舞する雄叫びなのか、超音波にも似たそれを轟かせ攻撃を停止させた。瞬時にその場から飛び退き体勢を整える。

 奴の右肩が意思を得たかの様にブルブルと震えだし、腫瘍にも見える醜い何かが浮き出てきた。膨張したはドクドクと心臓の様に鼓動を刻み始めた。


「ッチ、寄生されていやがったか」


 れんは言葉を吐き捨てた。


「き、寄生ですか?」


 一人の女性隊員が疑問を浮かべる。


「そうだ、まあ滅多に御目にかかることはないんだがな。そのせいで教えられることもほぼ無いな」


 寄生虫。魔物には見られず、領界種のみにその存在が確認されている、昆虫型の領界種。奴の序列は不規則───というより、存在していない。奴ら固有の姿の時は蝶の様な姿をしており、その時は人間に害を与えない。どんな領界種にでも寄生でき、その特性や特徴を持って産まれる為、序列がバラバラなのだ。生息地域は主に東南アジア付近に発生している領域だったが、年々その数を上昇させており、各国の領域で確認されるようになっている。近年ではようやく研究チームが立てられた。


「厄介だな。あれからどれだけの数孵化するのか、考えたくない」


 レヴィは膨れ上がった奴の右肩を睨み付ける。女性隊員が恐る恐ると言った具合に口を開く。


「い、一体どれくらい産まれるんですか……?」


「少なく見積もっても1000は越えるね」


 一点を見つめたまま答える。その答えに他隊員達は恐怖を覚える。

 れんが隊員達に背中を向けたまま説明を始める。


「あの膨れ上がってるところ、あれが卵だ。奴ら虫共は脳と格に寄生して、自分達が産まれやすい所に核を移動させる。つまり、あれを潰してそのままその周辺も潰せば、孵化せずあれごと片付けられる」


 彼らへの説明を一呼吸置いて続ける。


「問題は脳の方だ。あっちにも卵が植え付けられている可能背がある、核と同じくらいのエーテルを有しているからな。そして、大体の領界種に言えることだが、核を守る殻よりも硬い仕組みになってる。強度はかなりの物だ。核じゃないからと言って舐めてかかれば、ミスリル製の刃でもへし折られるぞ」


 それを聞いた隊員達は固唾を呑んで害虫駆除の重要性を再確認した。各々武器に魔力を流し奴へと注意を向ける。

 奴は腫瘍───もとい卵が核から浮き出る苦痛に耐えようと悶え苦しんでいた。


 ───ガアァァァァァッッッ!!!


 琥珀色の瞳は血走り充血するほどに血液が集中している。大きな口からは涎がだらだらと垂れ流しにされ、口元を中心に地面が湿る。そして、枯れた大地に緑が宿る。奴ら領界種は人類の敵であると同時に自然の味方である。奴らの血液や体液は枯れた大地に緑を与える。たった数滴で木が生えるほどだ。

 

「卵に一斉に攻撃を仕掛ける、カウントダウン5秒前。4、3、2、1……かかれッ!!」


 れんの合図で同時に技式を行使する。外界は空気中の魔力とエーテルが豊富に存在している為、光力はで発動させた時よりも強く輝いている。そしてそれは、威力も倍増していることと同義である。だが、それは奴ら領界種にも言えることで。

 前を行く男性隊員二人が奴に斬りかかる。銀色の軌跡を描き、膨れ上がったの中心に突き出す、槍剣技式【一天月歩アインス・モーント】。

 月光の輝きを体現したそれは、卵を貫く勢いで延びていく。だが、その威力に比例するように、刃は勢いそのままに弾かれる。奴は左前足で二人を攻撃しようと巨体の割にかなりのスピードで迫る。なんとかそれを受け流し、後ろに視線を向けた。


「「スイッチッ!!」」


 受け流すと同時に叫び左右後方に下がる。入れ替わりで女性隊員二人が地を蹴る。一人はブロードソードを、一人は刀の刃を向けて。青白い光輝を放ち下段に構える、星剣技式【斜攻クルバ】。赤い閃光を輝かせ、両手に持ち変えて中段に構える、刀刹技式【牙突ガントル】。

 流石プロと言うべきか、男性隊員二人が攻撃を繰り出した一点と、全く同じ場所に技式を叩き込んだ。メリメリと音を上げ、亀裂が走る。亀裂は次第に大きく、右肩全体に広がった。エーテル粒子が体内から漏れ出て、周囲に眩い光が溢れては宙へ霧散していく。卵に入った亀裂から薄らと呻き声がこだまする。それに同調する様に、レジスティンガルがエーテルを孕んだ咆哮を上げた。

 二人は瞬時に後退し、次の式を練り上げる。ジタバタと暴れだしたレジスティンガルを抑える為に、男女ペアの二人が後ろに回り込み後ろ足に攻撃を繰り出す。

 女性が使うのは、レイピアなどの刺突系に特化した武器の技式、刺剣しけん技式。

 刺剣技式【竜水突破スイグイ・ストレイジ】、青白い光が波を作り出して剣身に纏わせ、三回高速で突きを行う業。

 男性は両手斧など斧系統の武器の技式、憐斧れんふ技式。

 憐斧れんふ技式【麗楼閃禍レイカ・ガルトレイル】。黄金の閃光を煌めかせ、上段からの振り下ろし、素早く切り替えて下段から斬り上げを行う二連撃業。

 奴の脚部目掛けて放たれたそれらは、激しい輝きを轟かせ激突する。魔力因子の残留が奴の赤い血と共に散った。

 

 ───ガアァァァァァッッッ!!! 


 怒号が響く。奴の眼から、血涙が滲み出ている。


 ───クル…………ジィ……


「!?」


 れんは小さく眼を見開き驚いたが、すぐに直り卵へと駆ける。平常心を装っているが、その心は常に騒ついていた。あの声、どうやられんにしか聴こえていない様で、それに気付いてからは思考をフル回転させていた。彼は戦闘時、昔よりは「考えて動く」というのが少なくなって来ている。何年も領界種奴らとの戦闘を繰り返す内に、身体に奴らの習性や特徴、行動パターンが刻み込まれてきた。変異種や高序列で無い場合、単独での撃破は容易にこなすことができる程に。


 ───今……あいつが人語を話したのか?だが他のもんが聴こえていないのなら、エーテルを使ったテレパシーの類か……?


 だが、人語を使う領界種や魔物と言うのは例を見ない。今までもれんは一度として遭遇したことはなかった。彼の仮説では、今までに喰らってきた人語を使う知的生命体から吸収した説、知能が発達し今まで聞いてきた人語を習得した説。無論、幾ら考えても結論に至れる訳ではないが。

 れんとレヴィは卵へ最後の一撃に走った。大剣へと魔力を滑らせ、眩い光と共に技式が練り上がる。



星喰せいぐう剣技双【新星喰狂乱乖ノヴァ·グラウ·イーター】ッ!!」


 赤黒い光輝が剣身を包み、新星の如く輝く。少しばかりの焦りを乗せて、刃を振るった。圧倒的な連撃数を叩き込み、深くなった亀裂から血しぶきが舞う。

 痛みを紛らわすかのように、奴は左前足をれんへ伸ばし、眼前へと迫る。寸のところで、体を無理矢理捻ることで回避に成功した。勢いを殺さずそのまま右側へ移動する。


「=穿尾ガルト・テイル=ッ!」


 レヴィは九本の尾を体の前で一点に収束させて、捻れさせ渦巻き状にし鋭い一撃を与える。亀裂は大きな音を立てて、周囲に飛び散った。中には大量の幼虫が蠢き、今にも襲い出しそうな勢いだった。


「急げ、一匹たりとも逃がすな!!」


 れんの指示を聞き、すぐに全員が大量の幼虫の駆除に取り掛かる。何かを感じ取ったのか、大量の幼虫が一斉に殻から飛び出、四方八方に散らばろうとした。二人の槍使いが左右に飛び、技式を発動させる。槍剣技式【天転乱舞ウィング・フェスタン】。二十の刃が幼虫を襲う。一度の突きで複数の幼虫を貫き、絶命させていく。

 完全に成長しきるまでは、E-からE程度の序列。一匹一匹自体は強力ではないが、数が数なだけに対処が大変で、処理の順を間違えると殺し逃したり、最悪押し潰されて命を落とすこともある。

 赤い血を撒き散らしながらその場に落下した。すぐさまレヴィと女性隊員達が追撃に走る。複数の光が輝き、重なり合うことで虹を彷彿とさせる光輝を見せた。激しく煌めき、逃げ惑う幼虫を斬り裂き、命を散らして、息を整える間もなく次の攻撃に入る。れんも次々と技式を行使し、眼を凝らしながら刃を振るっていく。


「あと少しだ、持ち堪えろ!!」


 れんは仲間を鼓舞し、確実に仕留めていく。

 瞬く間に数が減少していき、残り数匹となった。


「っく、一匹逃したッ!!」


 少し気の緩んでしまった男性隊員が技式を終了させ叫ぶ。


「フンッ!!」


 れんは【星天穿劍せいてんばっけん】に魔力を纏わせ、逃げる幼虫へと投擲した。空を切る音と共に無回転で飛ぶそれは、幼虫を真っ二つにし少し進んだ所でれんが手を向け静止させた。ふわふわと浮かびながら彼の手に戻り、異能を行使する。周囲に危険が無いことを確かめて、隊員らに武装解除の指示を出した。


「すいません、俺のミスで……」


 剣使いの男性隊員が、れんに近づき謝罪した。


「気にするな、ミスはカバーすればいい」


 白い歯を見せニカッと笑って見せた。

 

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