第2章 「授業開始」

第11話 平穏な朝

「───んぁぁぁあ……ん、あぁ~朝か……」


 昨晩、あまりの疲れからカーテンも閉めずに眠りについた為、枕の上側にある大きめの窓からこれでもかと言わんばかりに眼瞼に降り注ぎ、予定していた起床時間の約一時間も早く眼が覚めてしまった。


「はぁ、起きるか」


 二度寝で寝過ごしたくないし、と溜め息混じりに呟きベッドから起き上がる。立ち上がって体を伸ばそうと、腕を天井に向けたその時だった。肩から手首にかけて、激痛が走った。


「あがぁ!?痛えぇぇ……」


 剣道は中学三年生の夏頃に辞めて、受験の勉強に専念していた為、簡単な筋トレしかしていなかった氷継ひつぎにとって、昨日の模擬戦と【領界種】との戦闘で本物の剣を握ったことによる反動は大きかった。簡単に言えば、筋肉痛である。


 痛みを堪えながら、まだ重い瞼を擦りながら灰色のパジャマを脱ぎ、ゆっくりと腕を刺激しないよう制服に着替えていく。

 欠伸を数回繰り返して徐々に脳を覚醒させていく。

 着替えを終えて、枕元に置いてあるスマホを手に取り時刻を確認する。


「まだ六時過ぎ……鞄に教科書詰めとくか」


 鞄に今日の授業に必要な分の教科書類を詰め込んで、鞄と鞘に納めてある剣を手に持ってリビングに向かった。

 リビングにあるアイランドキッチンには母夢彩野めいのが朝御飯と昼御飯の弁当を作っていた。リビング中に広がる目玉焼きの良い香りが氷継ひつぎの食欲を掻き立てる。


「ん?氷継ひつぎ、もう起きたの?今日は早いね」


「カーテン閉め忘れちゃって、眩しくて眼ぇ覚めた」


「そっかそっか、顔洗って髪整えて来なさい」


「へ~いへい」


 気の抜けた返事をして洗面所に向かう。

 洗面所の隣の棚にスマホを立て昨日と同じく『10秒で分かる!ネクタイの結び方講座』を見ながらネクタイを結んでいく。


「つーか……この動画10秒とか言ってるけど全然10秒に収まってねぇな」


 小言をぶつぶつと言いながらぎこちなく結び終え顔を洗い、寝癖を治してリビングに戻る。

 リビングにあるダイニングテーブルには朝御飯が3つ並べられていた。


「あれ、親父いねぇの?」


「うん、夜中に任務だ~って言って出掛けていったよ」


 あっそ、と聞いておいて興味がないとでも言うかのようにぶっきらぼうに返事をした。

 席に着こうとした氷継ひつぎ夢彩野めいのが引き留めた。


「ちょっと早いけど朝御飯にしよっか!奈乃なののこと起こしてきてくれる?」


「はいよ」


 そう言ってリビングを出て階段を登り、妹の部屋の前に立つ。奈乃なの氷継ひつぎとは違い、朝が弱いわけではないので、基本的には目覚ましを使わずに寝ている。

 氷継ひつぎはドアを三回ノックし返事を待つ。


「起きてるか?奈乃なの。朝御飯だってよ」


 しかし、返事は返ってこなかった。なので氷継ひつぎは溜め息をついてドアノブに手をかけ、ドアを静かに開ける。

 彼女の部屋は、ザ女子といった感じではなく、どちらかと言えば一人暮らしの綺麗好きな男性を彷彿とさせる内装。

 氷継ひつぎは足音をなるべく立てないようにベッドに近づいて、奈乃なのの寝顔を覗き込む。

 スゥースゥーと小さく寝息を立ててぐっすりと眠っている妹の体を揺すり声をかける。


「おーい、奈乃なのさーん。朝御飯だぞ~」


 数秒揺するとモゾモゾと盛り上がった毛布が動き、重い瞼をパチパチと動かして兄の顔を見つめる。


「んぁ…………おはよう……お兄ちゃん」


 寝ぼけながら体を起こす。その拍子で毛布が捲れあられもない姿が露になる。


「お前……なんちゅー格好して寝てんだ」


 その指摘に奈乃なのはハテナマークを浮かべて首を傾げる。パジャマは着ずに、上は黒のタンクトップ一枚と下は黒いレースのパンツ。とても中学三年生がしていていい格好とは言えない。


「はぁ……朝御飯だから早く降りてこいよ?」


「うん、わかった」


 その返事を聞いて部屋を後にする。

 いつもなら家族四人揃って朝御飯を食べているので氷継ひつぎは若干の違和感を覚える。自分の斜め前にいるのが普通になっていたが故の物だろう。そもそも”最強“の名を持つ彼が、多忙の中毎朝食事を共にしていた方が凄かったのかもしれない。


 サラダに手をつける。乱雑に千切られたキャベツと玉ねぎとベーコンのサラダを大皿から自分の小皿に箸で盛り付け、玉ねぎベースのドレッシングをかけて頬張る。

 サラダを食べているところで、奈乃なのが身支度を終えて氷継ひつぎの隣の席に着く。


「頂きます」


 手を合わせ合掌し、目玉焼きが乗っている食パンを手に取り口に運ぶ。氷継ひつぎはチラッと右隣に視線を送る。奈乃なのは幸せそうにパンを口一杯に頬張り、ニコニコしていた。


 ───こいつ、母さん似で美人なんだよな。男の影無さすぎて寧ろ心配になるが


 母譲りの隻眼と父譲りのブラック・ダイヤモンドを彷彿とさせる黒髪。髪型はショートヘアーで、中学生という年齢でありながらかなりの実力者で、そしてその美貌から男性人気もかなりある。氷継ひつぎの代わりに、初めてれんとテレビに出演した際には、ファンクラブが出来上がったくらいだ。


「?どしたの?」


「ああ、いや。なんでもない」


 黙々と食事をし、いつも通り15分程で完食。食器をシンクに置いて、リビングにある時計に目をやる。


 ───まだ七時か。少しゆっくりしてから行くか


 食器を泡立てたスポンジで洗い終え、奈乃なのの座るソファーに座ってスマホを弄る。中学時代は学内でも好成績を残しており、政治家を目指していたこともあって、ネットで世界情勢だったりに目を通すのが日課となっていた。


 今見ている記事の内容は、竹島の領土の問題について。2023年現在でも、その領土を巡っての両国の争いは収まっていない。【領界種】などの侵攻が進む中、そんな争いなどしている場合ではないのだが。


 ふと、スマホの左上に表示される時間に目をやると、時刻は七時二十五分になっていた。 


「おっと、そろそろ行くかな」


「っあ、お兄ちゃん、私も行く」


 ───っゑ!?


 スマホから勢いよく顔を上げ、眼を見開いて奈乃なのを見る。あまり注目を浴びたくない───前日の戦闘で既に浴びまくりだが───氷継ひつぎは、正直な所断りたいのが本音だった。


「……駄目、かな?」


「ああ、いや……行くか」


「やった」


 結局、妹のお願いは無下には出来ず、一緒に登校することになった。


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