ACT.9

  俺は”大男、総身に知恵が回りかね”


 という古川柳を思い出していた。


 黒袴たちは一件逞しくて強そうに見えたものの、それは見かけだけだった。

 

 あとの二人は叫び声を上げながら同時にかかってきたものの、本当に大したことはなく、手こずることもなく料理出来た。


 総髪男は目の前で起こったことがおよそ信じられないという表情で、口を大きく開いて俺を見ている。


 俺はバッグを拾い上げ、膝をはたくと彼の前に行き、


『ボディーガードを雇うなら、もっと出来る奴にした方がいいぜ。世の中には俺より強い人間は幾らでもいるんだからな』


 久々にいい気分だ。

 口笛でも吹きたくなったが、ここは我慢しておこう。



 俺が控え所に戻ると、同室の連中が隅の方に固まっていたが、こっちの姿を見ると、慌てて目を伏せた。。


 気にも留めない風で、俺はちゃんちゃんこ(どうみてもそう呼んだ方がいいように感じる)を脱ぎ捨て、畳に肘をついて横になった。連中は相変わらず時々こっちに目線を送りながら、固まって何やら小声で話している。


 急に、入り口のドアが開いた。


 入ってきたのは浅黄袴の総髪男と、白袴の小沢君だった。


『乾研修生、来たまえ!』


 語尾が多少震えていたが、それでも精一杯虚勢を張って、総髪男は俺に声を掛けた。


『また”トッコウ”ですか?』


 俺はわざと皮肉交じりにそう言い、掛けていた眼鏡を持ち上げ、ゆっくりと立ち上がった。


『違う。畏れ多くも”しんぬしさま”が君をお呼びなのだ!』

 

”しんぬしさま”と言うところだけ、彼は背筋をよりしゃんと伸ばした。


 吹き出さないのに一苦労しながら、俺は、


『分かりましたよ。同道致しましょう』


 ださいちゃんちゃんこを着込み、俺は靴を履き、外に出る。


 外には他の研修生や浅黄袴達が、あちこちから探るように見ていた。




『お館』と言われる場所は、神殿から渡り廊下で隔てられた右隣にあった。

 どうやら”しんぬしさま”は、この『お館』とやらにいるらしい。


 一見豪壮に見える屋根瓦が上に乗っかり、建物自体も、さながら平安時代の寝殿造りを模したような、そんな雰囲気になっているが、荘厳には全くみえず、悪趣味の極みにしか感じられない。


 朱塗りの欄干のついた玄関には、三段ほどのきざはしがあり、その上には緋色の袴姿の女性たちが控えており、俺達の姿を見ると、板の間に座って、深々と頭を下げる。


 靴を脱いできざはしを上り、迷路のように曲がりくねった長い廊下を歩いてゆくと、そこには二頭の龍が向かい合うように浮き彫りにされた板戸があった。

  

  板戸のすぐ横には紅白をよじったような太い綱が、天井からぶら下がっている。


 浅黄袴の総髪男が、板の間に膝をついた。小沢君もそれにならう。


 だが俺はそっぽを向いて、手を後ろに回して立っているだけだった。


 総髪男が俺にも、

”座れ”というように手真似をしてくる。

 仕方ない。

 俺は肘を張り、丁度相撲の蹲踞そんきょの姿勢を取った。

 自分が信じてもいない相手に対して、礼を尽くす必要などないのだが、まあ小沢君の手前もあるしな。

 中を取った訳だ。

 

 総髪男は苦い顔をしながら、紅白の綱を引っ張った。


 神社の賽銭箱の前でするような派手な鈴の音がしたかと思うと、重々しく、龍の板戸が内側に開く。


 中には、俺が相手をした連中より更に背の高い黒袴が二人と、それから妙に背の低い、紫色の袴姿の白髪頭が立っていた。


『連れて来たか』


 白髪頭がまず総髪男に言い、それから俺の顔をねめ付けるようにしてから、軽蔑したように鼻を鳴らした。


『不手際だぞ。』続けて白髪頭が総髪男を低い声で叱りつけると、彼は妙に恐れ入ったようにまた頭を下げた。


『入り給え』


 白髪頭が俺と、その後ろに控えていた小沢君に向かって言う。


 俺達は言われるままに、板戸の中へと足を踏み込んだ。





 


 

 



 

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