第六話『とある少女の失踪と記憶』③

×  ×  ×


 水城邸から最寄りの駅に内設されたカフェテリアにアリオと真琴は居た。

 瀟洒なオープンテラスの席に腰かけると、真琴はブルーベリータルトとストレートティーを頼んだ。その横でアリオはシフォンケーキとアップルティーを二人前、注文している。

 よほどシフォンケーキが好きなんだな。と、真琴が感心してアリオを見ていると「何、みてるのよ」と、棘のある視線がアリオから返ってきた。

 慌てて視線を逸らしながらも真琴は少しだけ嬉しく思えた。誰かと学校帰りに飲食するなんて初めての事だ。真琴にはその新鮮な出来事が心地良く思えたのだ。

 しかし……。

 注文が運ばれて来ても、真琴とアリオの間は沈黙が支配していた。

 真琴はチラチラとアリオの様子を窺ったが、アリオはアップルティーに少しだけ口をつけただけで、ずっと黙っている。

 物思いに沈むアリオはどこか深刻で、真琴は声をかけれなかった。

 真琴は辺りを見た。

 オープンテラスでは真琴やアリオの他にも制服姿の女学生が歓談している。真琴はその姿に在りし日の杠を重ね合わせた。


──杠さんもこのカフェで紅茶を飲んだのかもしれない。……やっぱり、興味本位で調べるなんて、悪趣味だよ。


 そう思い到った真琴は口を開いた。


「アリオ……この後どうするつもり? こんな失踪事件、普通の高校生の手に負えるものじゃない。警察に任せておきなよ……」


 真琴はそう言いながらブルーベリータルトを口に含んだ。

 その時。


「ジャ、ジャーン!!  零ちゃん、華麗に登場♪」

「!! !! ????」


 背後から突然現れた零に真琴は思い切りむせた。


「れ、零!! ??」

「……真琴、タルトがこぼれてるよ。紅茶でも飲んで落ち着いて♪ あ、シフォンケーキだ♪ アリオ、有難う♪」


 零は目を輝かせて席に着くと、当然の様にシフォンケーキを口へと運んだ。

 驚く真琴をよそにアリオは平然としている。それどころか、零が現れることを知っていたかの様だ。フォークを零に渡しながら落ち着き払って零に話しかけた。


「遅かったじゃない……」

「……旧友と会ってたから……」


 零は話よりシフォンケーキに夢中になっている。


「旧友って……悪魔かしら?」

「まあね♪」


 『旧友?』『悪魔と会っていた?』

 真琴は二人の会話の意味が全く理解できなかった。


「悪魔と友達……。零ってもしかして悪魔なの?」

「……そうだよ♪」


 冗談半分に聞いた真琴は答える零の両眼を見て戦慄した。

 その眼は以前、零の心の声を聴こうとして見えたあの映像と重なる。昏い、闇の底から人心を凝視する、邪悪に満ちた赤い眼。

 悪魔と呼ばれる存在がこの世界に存在している事は真琴も知っている。実際に見た事は無いが、もし出会ったなら、こんな眼をしているだろうと真琴は思えた。


「アリオ。やっぱり、今回の杠ちゃんの失踪には悪魔が絡んでるよ♪ それに、真琴。君のお父さんもね♪」


 零は真琴とアリオに自身が見た光景を話した。


×  ×  ×


「それってどういう意味!? そのニーナって人とお父さんが会っていたからって、どうして失踪事件に関わってると言えるの!?」


 声を荒げた真琴に店内の視線が集まった。それに気付くと、真琴は「アリオ、零、ゴメン……」と、小さく呟き、肩を落とした。


「それはね……。そのニーナって子が『背眼の魔女』って呼ばれる奸智に長けた魔女で……『失踪事件』や『後天性魔触症』の元凶だからさ」

「どういう……こと?」


 真琴の困惑は増すばかりだった。

 そんな真琴を横目に零はティーカップを持つと自身の目線までそっと持ち上げた。アップルティーの表面に小さな波紋が浮かび、消える。


「真琴、君はどうやって『後天性魔触症』から生還したの? どんな手術だった? お父さん、お母さんから聞いてる?」

「え……。それは…………」

「答えれなくて当然だよ。『後天性魔触症』はニーナが創り出した病なんだから。治し方は創り出した本人にしか解らない。第三者には知る方法が無いんだ」


 真琴は理解が追い付かなかった。自身が患った『後天性魔触症』は倭帝国に古くからある病だ。その『後天性魔触』や失踪事件、それにニーナと呼ばれる存在がどう結びつくのか、全く理解できない。それに、父親の直冬と関係が有ると言われても、混乱するばかりだ。


「どうして……そんな事を……」

「病を蔓延させて、それを治す魔術師や呪術師が権力者として台頭する。良くある手法だよ。

今回の場合、『後天性魔触症』を創り出したのが『背眼の魔女』、ニーナ・クルーニーで、それを蔓延させたのが、アスタロト・アルビジオスっていう悪魔さ」


 零は悪魔の存在も含めて、さも当たり前の様に話した。しかし、真琴には突拍子もない話に聞こえた。


「『後天性魔触症』を治す為には魔導武装を扱える能力者の身体が必要なんだ。真琴、君のお父さんは貿易商という立場を利用して、大陸から能力者の遺体を集めてニーナへ引き渡している。つまりはお父さんが『背眼の魔女』の協力者だからニーナは娘の君を救ったんだよ。だから、真琴、君の身体も……」

「やめて!! !!」


 真琴は強く零の言葉を遮った。


「魔女とか悪魔とか……そんなの急に言われても信じられる訳が無いじゃない!!」


 真琴の剣幕に零はチラリとアリオを見た。


「本当の姿を見せてもいい?」

「かまわないわ」


 「仕方ないわね」とアリオの表情が言っている。

 零は微笑みながら頷くと、指をパチンと鳴らした。


「真琴、こっちを見て」

「え?」


 零を見た瞬間、真琴は強烈な違和感に襲われた。それは、初めて『エリオット』を訪ねて旧校舎へ向かった時と同じ感覚だった。

 辺りにはまだ夕方前だと言うのに赤い陽が差している。空は鮮血が飛び散ったかの様に真紅に染まっていた。

 気付くと、オープンテラスやカフェからは人々が消えていた。それだけでは無い、道行く人々も跡形も無く姿を消している。

 人々の喧騒が途絶えたそこに瀬戸零の姿は無かった。

 代わりに漆黒の翼を背負う美少年が立っている。その姿こそ、瀬戸零……セーレ・アデュキュリウス・ジュニアの本当の姿だった。

 額から伸びる鋭い角をそっと触りながらセーレは真琴に微笑みかけた。

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