第10話 社交界デビュー

 

 あのスキルが判明した日からひと月ーー


 オープンから2年が経過した今では『エタンセルマン』を知らない貴族はいないとまでいわれています……それには王妃様の影響が多分にあると思われます。やはり、王族の影響力は絶大ですね。


 お店の収支も赤字になることはなく、そこそこあるようなので、結婚できなかった場合はデザイナーとしてやっていこうと本気で考えるようになりました。

 というのも、王立学院でのお友達にはすでに結婚した方や婚約済みの方も多く、わたくしも適齢期なので建前上お父様のお眼鏡に叶う方がいないということで体裁を保っています。

 ですが、このままでは結婚も危ういと思います。よほど心が広く魔道具にかなりのお金を使うわたくしと結婚してもよいという方は奇跡でも起きない限り現れないでしょう。現れたとしてもお金には困らないが評判のよくない方の後妻や愛人といった立場でしょうが、それはお父様が絶対に認めないはずです。


 噂では【無効化】や【抑制】などというスキルがあるらしいのですが……【抑制】は魔道具にもあるのでたくさんいらっしゃるのかと思えばたまたま魔道具職人の方が持っていただけで、本来は滅多にいないスキルだというのです。

 さらにその方がわたくしを嫁に迎えてくれる確率などないに等しいでしょう。

 


 もちろん今までのようにいかないことは分かっていますし、お父様に頼りきることはしたくありません。

 20歳になっても婚約が決まらなければ嫁き遅れだと噂になってしまうので、それまでに独り立ちできるように少しずつ準備をしていかなければ……




 ◇ ◇ ◇




 そして、やってきてしまった社交界デビュー。

 年に1度、その年に成人になる者が一斉にデビューする大掛かりなパーティです。

 きらびやかに飾り立てられた会場、オーケストラの生演奏、失敗の許されない状況……すごく緊張しますわ。

 本日の社交界デビューの付き添いはお父様です。

 わたくしは紹介される間、ひたすらお父様の腕や扇子を握りつぶさないように意識します。正直、疲れますわ……でも、これが出来るようになるまで特訓しましたから。ええ、ロベール侯爵家の威信にかけて。


 本日のわたくしのドレスはあまりフリルは付いていません……大勢の目があるので少しでも粗相をすればあっという間に噂が広まってしまいます。

 ですから出来る限りその原因になりそうなものは避けることになりましたの。

 その代わりにストマッカーやドレスに細かな刺繍が入ったペールグリーンのドレスを身につけています。

 他の社交界デビューの方と比べると少し地味かもしれませんが、お母様のお墨付きをいただいているので浮いてはいないと思います。それにわたくし自身はこのドレスを密かに気に入っております。わたくしには到底できない刺繍が見事なんですの。


 編み込んだ髪に沿わせるようにつけた蔦の髪飾り、手袋の上からはブレスレットを、首元にはネックレス……〈蔦シリーズ〉のアクセサリーに身を包みます。

 もちろん魔道具も忘れずにつけましたとも。今回はアクセサリーを『エタンセルマン』の〈蔦シリーズ〉で揃えるため、見えない場所であるアンクレットの魔道具となりました。


 社交界デビューの方にも、ちらほらと『エタンセルマン』のアクセサリーを身につけた方がいらっしゃいます……ふふっ、それを作ったのがわたくしだと知ったら皆さま驚くでしょうね。社交シーズンの前には注文が多く、大変でしたが……こうして実際に身につけているのを見るとあのときの苦労が報われるようです。


 余談ですが、ロベール侯爵家の先祖には王国の姫が降嫁したこともあり、だいぶ薄まってはいますが王族の血筋を引いているそうで、ランイート王国でもそこそこの地位を安定して確立している貴族です……ですのでお父様の周りは挨拶をしようと人々が集まりお父様はその対応に忙しそうです。


「お父様、わたくし少し疲れましたわ」

「そうか、椅子に座ってなさい。くれぐれも……わかるな」

「はい、気をつけますわ」


 はたから見れば娘に悪い虫が付くのを心配しているように見えますが、実際はわたくしが騒ぎを起こすことを心配しているだけです。もちろん起こすつもりはありませんけど。


 わたくしはさっそく壁の花になることとしましょう。本来ならこういう場でお相手を探すのでしょうが、そんなことすればボロが出てしまいますもの。

 お父様の腕を握りつぶさなかったことにひとまず安堵し、壁際の椅子まで慎重に人を避け移動し着席、気配を消しなるべく動かない……これで完璧ですわっ。動かなければ物を壊したり騒ぎを起こす確率がぐんと減りますもの。

 ただ少し、いいえかなりコルセットが苦しいですけれど……使用人たちが張り切って飾り立ててくれたのはいいのですけど、コルセットはもう少し緩くてもよかった気がします。


「はぁ……喉が渇きました……」


 いえ、我慢するのですイレーナ。あんな華奢なグラス、絶対に割る自信があります。いくら喉が渇いて仕方なくても自分から罠に飛び込んでいくなど言語道断ですわっ!


 そうですわっ、周りの方を見て喉の渇きをごまかしましょう……

 周りを見れば半数近くの方々がもうすでにパートナーが決まりデビューと同時にそれを知らしめています。音楽に合わせダンスをする様子は美しいですね。

 かくいうリーリアとエバン兄様はその筆頭です……ここで周知させてリーリアの誕生日が過ぎたら盛大に婚約パーティーをするそうです。エバン兄様……顔がにやけすぎです。


 エバン兄様の瞳の色のドレスを身にまとったリーリア。リボンがたっぷりついた五分袖のドレス、もちろんアクセサリーは『エタンセルマン』でした。

 今回の社交界デビューのためにエバン兄様に頼まれてわたくしが新たに作ったものです。宝石もエバン兄様が用意しましたが……かなり奮発したようで「俺とリーリアの晴れ舞台だからな!妥協はできない!」だそうです。


 ちらりと目があったリーリアは少し照れたような、嬉しそうな笑顔を見せてくれました。その途端にエバン兄様が周りを威嚇しています……どうしましょう。エバン兄様はリーリアが関わらなければ自慢のお兄様なのですが、今は見る影もありません。


 実はエバン兄様は数年前からリーリアと婚約するため暗躍していたそうで……かなり周りを巻き込んだ様子。

 わたくしにアクセサリーをお願いした時はあんなに真っ赤だったのに……暗躍できたんですね、少し意外です。きっと叔父様に色々とご教授頂いたんですね。叔父様もシモーヌ叔母様との結婚に暗躍し、外堀を埋めたそうですから……

 幸いにもロベール家、サルマンディ家の両親同士も友好関係だったので丸く収まったそうです。

 若干、重めの愛ですがリーリアはそれを受け入れられるほど大きな器を持っているので案外お似合いだと思います。

 そんな幸せそうな2人を見ているとふと、不安がよぎります……


「やはりわたくし、嫁き遅れてしまうのかしら……」


 いくら嫁ぎ遅れになるかもしれないと覚悟しているとはいえ、わたくしだって少しくらい夢を見たいのです。


 その後、婚約者や旦那様を伴ったお友だちと挨拶をしたりリーリアとエバン兄様とお話しているとお父様が戻ってまいりました。


 「問題はないか?」 

 「ええ、お父様」

 「リーリア嬢も平気だったかい?エバンが迷惑をかけてないかな?」

 「はい」

 「お父様、俺がリーリアに迷惑かけるわけないでしょう?」

 「そうか……」


 そのうちにエバン兄様とリーリアはまたダンスフロアへ……


 「イレーナ、お父様と踊るかい?」

 「いえ、ダンスはまだ自信がありませんわ」


 お父様に怪我をさせてしまうわけにいきませんから。


 「そうか」

 「はい」


 他の国では社交界デビューの際に必ずパートナーとファーストダンスを踊るという決まりがあるそうですが……ランイート王国にはかつて足の悪い王女が誕生し、王が王女を思いその決まりがなくなったそうです。正直、助かりました。


 その後は知らない方に話しかけられもしましたが、特に何も問題は起こさず無事に社交界デビューを果たすことができたのでした。

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