第23話「いつか、どこかのバースデー」

 帰宅するなり、僕は早速料理に取り掛かった。

 まずは昼食のサンドイッチを作って、姉たちに食べてもらう。僕もそれを片手に、夕食の準備だ。少し奮発して、豪勢な料理の数々を並べたいと思う。

 帰りがけに買ってきた牛肉や海老エビが、他の素材と共にテーブルにならんだ。

 自分でも軽く献立を整理し、調理に取り掛かる。

 夢中で手を動かしてたら、あっという間に夕方になった。


「おっ、りんりー! めちゃ御馳走ごちそうじゃん!」

「あっ、駄目だよ華凛カリン姉さん」

「ノー! つまみ食い! イェス! あっじーみ!」


 華凛姉さんに、ローストビーフを一枚取られてしまった。っていうか、手を伸ばして……文字通り、手を飛ばしてつまみ食いするのは反則だと思う。

 ケーブルで腕を巻き戻しつつ、姉さんはにっぽりと満面の笑みだ。


「うっめー! 美味過ぎてとうとい!」

「一枚だけだよ、姉さん。お行儀が悪いんだから。ところで掃除は……終わったみたいだね」

「うぃす! 楓夜フウヤっちと二人で頑張ったよん? つーか、千奈チナっちまで一緒でダブルデートかよっ! りんりー、どうだった? 一夏の思い出作った?」

「いや、そういうことはなにも……でも」


 僕はそっと、ジーンズのポケットに手を入れる。

 一昔前のスマートフォンが、ひんやりと冷たい。

 父の遺産は実は、身近なところにあった。ひょっとしたら、僕の肉体の異変についても、このスマートフォンに何らかの記録があるかもしれない。

 翠子スイコ姉様は、これを僕に託した。

 そして僕は、今も迷っている。

 けど、まずは誕生日パーティの方が先決だ。


「華凛姉さん、料理を運ぶの手伝って」

「よっしゃ、やったろまい!」

「あっ、わたしも手伝うよぉ。ふひー、掃除でクタクタ……お腹すいたあ」


 華凛姉さんに続いて、楓夜お姉ちゃんもやってきた。

 今日は品数も多いし、リビングの大きなテーブルで食べることにしよう。

 当然、真ん中にはケーキを置く場所を開けておく。

 そういえば、さっきから季央ねえを見てないな……なにやってるんだろう? 今日の主役は彼女なのに。

 そう思ってると、早速千奈の姉貴がやってきた。

 姉貴に背を押されて、季央キオねえも登場である。


「ちょ、ちょっと、千奈。ボク、まだやることがあるんだよ。忙しいんだ」

「まーまー、いいからいいから。ちょっと早いけど、夕食の時間だよっ」


 季央ねえは手首の端末をいじりつつ、みんなの輪に加わる。

 ソファではすでに、翠子姉様が読書しながらスタンバイ中だ。

 これで家族が全員揃ったことになる。

 そして、サプライズな誕生日パーティの始まりだ。


「えっと、じゃあ……翠子姉様。全員揃ったから」

「よくてよ。じゃあ、全員席について頂戴ちょうだい。季央はそこ、上座の真ん中に……季央?」


 ふと、季央ねえが視線を外した。

 なにもない場所を見上げて、視線を彷徨さまよわせる。

 なにかあったのかと僕が駆け寄ると、彼女はくちびるに人差し指を立てた。そのまま、皆を静かにさせて……不意に振り返る。

 よくは見えなかったけど、手首の端末が点滅する光を浮かべていた。


「――見付けた」


 小さくつぶやいて、季央ねえは突然テレビの裏側に手を突っ込む。

 なにごとかと皆がざわめいたが、今度は翠子姉様が一言「静かに」と言い放った。それだけでもう、僕も姉たちも口をつぐむ。誰かがゴクリとのどを鳴らした、その音が妙に響く程の静寂。

 そして、季央ねえが振り返る。

 その手には、小さな機器が握られていた。


「んー? 電源タップ? あちゃ、タコ足しちゃってた? 多分あたしちゃんだー」

「違うよ、華凛。よく見て……記憶にある?」

「そう言われると……ありゃ? 季央っち、これは」


 驚きの一言が、季央ねえの口から語られた。


。多分、シュウがしかけたやつ。って訳で、聴こえてるよね? 愁! 人のプライベートを盗み見るなんて、最低だよ。ボクの目の黒いうちは、家族はボクが守る! 以上! ――華凛!」


 季央ねえが、天井へと盗聴器を放り投げる。

 それを見上げた華凛姉さんの目から……眼鏡から、光が走った。

 一瞬だけ放たれたビームが、盗聴器を消し飛ばしてしまったのだった。


「華凛ちゃんビームは破壊力! どうよ、季央っち!」

「ありがと。もう大丈夫。ボクも気をつけてたんだけど……侵入されたことがあるみたい、この家」

「ふええっ、それって……やだもぉ! ……やっぱ今度は、殺すね? 殺し殺す」

「やめなよ、楓夜。そんなことしたら、麟児リンジクンが困るよ。ね、麟児クン?」


 同感だ。

 楓夜お姉ちゃんはいつものドス黒い殺気を放っていたが、僕のうなずきにそれを引っ込める。そうすると、いつもいつでも優しい姉に戻ってくれた。

 正直、愁にはお手上げというか、始末のしようがない。

 でも、本当に始末しちゃうのも、それは駄目だ。

 楓夜お姉ちゃんに限らず、家族の誰にも手を汚してほしくない。それだけの価値が、愁には全く見つからないんだ。

 そんな訳で、ようやく家族そろってテーブルを囲む。

 真ん中には既に、ケーキの箱が登場していた。


「季央、それを開けてくれるかしら?」

「ボクが? んじゃ、バースデーケーキのお披露目だよ、っと……え? あ、あれ?」


 箱を開けた季央ねえが、固まった。

 彼女は、ケーキに飾られたチョコレートのプレートに目をしばたかせている。

 そこには日本語ではっきりと、祝福されるべき者の名が刻まれている。

 白いクリームではっきりと、季央ねえの名前がたたええられていた。

 待ってましたとばかりに、華凛姉さんと楓夜お姉ちゃんが立ち上がる。


「おめでとー、季央っち! あんたも成長したもんだ、ってやつだぜ!」

「ハッピーバースデー、だよっ! また一つ大人に近付いたねえ」


 クラッカーが鳴らされた。

 拍手の中で、季央ねえはポカーンとしてしまっている。


「え、だって……ボク、誕生日、知らない……覚えてない。記憶にないんだ」

「だから、私たちで作ってみたの。今年は今日が貴女あなたの誕生日よ、季央」

「翠子、でも」

「今、ツテを頼ってドイツに問い合わせてるわ。貴女に記憶がなくても、今この瞬間、貴女はここにいる。家族の中で麟児の姉をやってる。そうじゃなくて?」


 今日は、季央ねえの誕生日だ。

 ドイツから来た腹違いの姉には、一部の記憶がない。

 愁は彼女を、アーキテクトヒューマン……いわゆる人造人間だと言い放った。

 けど、僕にとっては姉だ。

 わざわざ僕を守るために、ドイツから来てくれた姉なんだ。

 季央ねえはうるんだ目元を手で拭って、そして笑顔を咲かせる。


「まいったなあ、ボクとしたことが……みんな、ありがとっ!」

「とりあえず、何歳くらいにしとく? ちなみに千奈っちが18歳、あたしちゃんが16歳、楓夜っちが15歳って設定だけど。ねね、どこに挟まっとく?」

「スタイルいいし、見た目だけじゃ何歳くらいかわからないもんねぇ」


 僕は本当に、素敵な姉たちを持ったと思う。

 そこに、血の繋がりや性別、種族や過去なんてものはあまり意味がない。

 姉たちと僕とは、全員が家族だ。

 そう思ったら、自然と僕も気持ちが固まった。


「それと、僕からも一つ話があるんだ。食べながら聞いて」


 僕が例のスマホを取り出し、話を切り出そうとした。けど――


「おっしゃああ! りんりーの特製エビチリ、ゲットだぜっ!」

「千奈ちゃん、ちらし寿司ずしとってあげるぅ。いーっぱい、めしあがれぇ」

「あら、腕を上げたわね、麟児。おだしの深みがなかなかの出来でしてよ」

「あ、翠子はワインでも飲む? ほら、ゼミのコンパでもらったとかいうの、確か取っておいたと思うけど」

「ドチャシコに、UMEEEEEEEウメ━━━(゚∀゚)━━━!!! りんりー、天才かよ!」


 ……すみません、やっぱ食べる前に話をしようか。

 ってか、聞いてくれてはいると思うけど、食べながらは無理じゃないかなこれ。

 あ、あと、ローストビーフにはわさびソースを作ったからそれをかけて食べてね。ケーキはあとで切り分けるとして……あと、季央ねえも食べて。

 季央ねえは、感動と喜びでニコニコしたままフリーズしてしまってる。

 急いで食べないと、ほんとにご飯無くなっちゃうよ?


「ん? あ、ああ、うん。ボクも食べるよ。麟児クン、話を続けて」

「だ、大丈夫かな。みんな、聞いてくれてる? 実はこれなんだけど」


 僕が例のスマートフォンをテーブルに置く。

 誰もが一度手を止め、黒くて古めかしい携帯電話を見詰めた。

 そう、令和になって久しい今の時代では、もはや骨董品こっとうひんとも呼べる古い機種だ。サポートも切れてそうで、ひょとしたら開発した会社すらもうないかもしれない。

 けど、僕は端的にこのスマートフォンのことを語った。


「今日、翠子姉様から預かった。これが多分、愁の言ってる父さんの……御暁高定ゴギョウタカサダの遺産だと思う」


 父が使っていたスマートフォン。

 スマートフォンは携帯電話である以上に、個人の情報が詰まった多目的端末だ。これ一つでネットに繋げられるし、各種アプリを駆使すれば大抵のことはなんとかなる。

 財布がなくても、スマートフォンがあれば買い物だってできるのだ。

 そして、父がこのスマートフォンになにを詰めてたか……それが問題だ。


「さっき、充電しておいたんんだ。……電源を入れてみるね」


 充電器の規格だけはずっと同じで、そこは助かった。

 僕は緊張しながら電源を入れる。

 老舗しにせの通信会社のロゴが写って、そして……思いがけない、当然と言えば当然の画面が立ち上がるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る