宿場町の話―③吸血鬼狩り

第17話:血戦

 先陣を切ったのは獅子飾りの大剣使いだった。聖銀ミスリルの刃が淀み腐った空気を切り裂いて、一つの屍肉喰らいに飾りの獅子のごとく食らいついた。受け止める屍肉喰らいの腕が燃え上がるが今更異臭が一つ増えたところで誰も気にすることはない。屍肉喰らいが背にした黒檀の机ごと、その体を真っ二つに切り裂いた。


 吹き飛んだ瓦礫が貴族下りの青年の頬をかすめ、鮮血が流れ出る。彼はもはや、戦力ではない。荒ぶる獅子の前にさらけ出された赤子同然だった。


 そしてそれは切欠でしかない。次々と冒険者はなだれ込む。


 音を置き去りにした黒い剣が、道筋の書類や紙束を吹き飛ばしながら吸血屍人ブラッドサッカーをその活躍もないままに絶命たらしめる。返す刀で手近な屍肉喰らいを逆袈裟に切り裂き、立て続けにもう一歩踏み込んだかと思えばまた一つ屍肉喰らいが燃え上がる。吸血鬼はその一挙手一投足から放たれる音の壁を突破した衝撃の音が、あの屍肉喰らの腕を落とした根拠だと知った。


 しかし、いくら理性が賭けているとは言え、屍肉喰らいも間抜けではない。前衛が離れたところで、鎧も纏わない魔術師共に屍肉喰らいが殺到するが、しかし立ちはだかるのは碧鈷鋼の重戦士である。


 巌のように立ち塞ぐ重戦士は破城槌が如きその戦鎚を振り抜いた。真っ直ぐにこちらへ向かってくるのであれば、横合いから殴りつけるなど造作もない。二つの屍肉喰らいが本棚に埋まり、比較的重要度の低い写本とともに燃え上がる。


 わずか一つの手番1ターンでこの有様であった。そしてまだ一巡もしていない。


 しゃんと錫杖が打ち鳴らされ、木札や術符、そしてそれを見た死霊術師の心が燃え上がり蒼く輝く幽世かくりよほむらが術士の狼少女を取り囲むように舞い踊る。


 それは神楽であった。奉納の舞である。秩序たる神へとたてまつる儀式である。儀式が成る前に止めねばなるまい。それを崇拝するが如き死霊術師はもはや使い物にならない。指揮官たる吸血鬼の命で、屍肉喰らいの敵視ヘイトが一斉に術士に向いた。


 もはや前衛に手番はない。しかしそれを阻む者がいた。それは老魔術師だった。赤いローブの下から屍肉喰らいの体を貫いているのは二本の細剣レイピアだった。ぐちゅりと内臓をかき回す嫌な音とともに、屍肉喰らいが崩れ落ちた。


 老魔術師、いや、老魔剣士の攻撃はまだ止まない。老魔術師はローブをマントのように棚引かせ、恐るべき機敏さと技術でさらに屍肉喰らいの心臓を突き破った。


 冒険者の最後の手番、神官は取り出した聖水を振りまくと、それを踏み均すかのように床を叩いた。


「至高なる秩序の神にこいねがう。我らが秩序の領域を侵す混沌を、その御力をもって祓い清め給え。『浄化ピュアリファイ』。」


 混沌にして邪、そして汚れでもある彼らにとって、それは津波か、もしくは衝撃波に等しかった。神官を中心に、文字通り瞬く間に広がったそれは。よどみ腐った空気を森のように澄んだ物に変え、飛び散った血肉を消し去り、そして屍肉喰らいを埋め込む勢いで壁に叩きつけた。


 そして手番は一巡する。なんとか踏みとどまった吸血鬼はこの先をどうするかを考えあぐねていた。もともとあった数の利が尽く覆され、残った半数の屍肉喰らいも浄化により刻一刻とその身を削られてゆく。集結しつつある屍人ゾンビは部屋に近づくだけで浄化されるだろう。


 積みかかっているのは明白だった。中位最上級と上位最下級の間にこれほどまでの差があるとは、思いもしなかった。


「男爵様、お目通り願います! 」

「冒険者風情が!」


 どちらが獅子かわからないほどに大剣使いは吠える。巨大な剣は吸血鬼にとってはのろまにもほどがあるが、対処を間違えれば、碧鈷鋼の大戦鎚か、もしくは音超えの黒の剣が即座に襲いかかるだろう。それを凌ぎきってもこんどは術が飛んでくる。あの老魔術師もまだなにか隠しだねがあるかもしれない。もはや出し惜しみはなしだ。


 途端、吸血鬼の体から溶け出すように、どす黒い瘴気を纏う汚泥のようなものが溢れ出した。それを見た誰かが叫んだ。


「眷属召喚が来るぞ! 」


 浄化したばかりの空気を蝕みながら、高そうな絨毯や白亜石の床に広がる。それはそのまま門であるかのように、湧き出るポップように無数の影が飛び出した。


 それは影のようであったが、実体を持っていた。屍肉喰らいや屍人らのように、硫黄の匂いを垂れ流すそれは、蝙蝠や狼のように見えた。どちらも吸血鬼の眷属としてよく知られるそれである。一つ一つは心許こころもとないほどに弱いが、問題はその数である。


 地理も積もれば山という。一つの攻撃が体力を削るか削らないかぐらい些細なものであったとしても、何十何百と繰り返せば致命傷になり得る。故に排除せねばならず。術士の大技はそちらに向けられることだろう。なんとか手番一つくらいは命をつないだ。


「どうする、手数では圧倒的に不利だぞ。」

「こりゃあ厄介だな。」


 大剣使いが十斬り伏せて、闇が十五の蝙蝠を生む。戦鎚が狼を叩き伏せるが、また狼が湧いて出る。倒すよりも生み出される速さがずっと多いのだ。浄化の奇跡も間に合わないほどに。膨れ上がっていた浄化された空間が徐々に押し戻されていき、老魔術師と神官は行き場を失っている。


 剣士が盤上を覆すべく、吸血鬼に斬りかかるが、濁流のごとく襲いかかる影の群れに押し流されてなかなか前に勧めていない。


 さらに闇が吐き出す瘴気は、押しつぶされつつあった屍肉喰らいに活力を与え、その腐ったはずの体が再生を始る。埋まりかけた石壁から、明確な殺意を持ってそれは抜け出してきた。


「このままじゃあ全滅だぞ! 」

「いや、もう少し、もう少しだ。」

「なにを根拠に。」

「なぁに、俺の嫁は、いい女ってことさ! 」


 足元に広がる闇の沼から際限なく溢れ出す影の群れが視界を覆い尽くし、もはや部屋全体が闇と同義だった。しかし、その中で一点。青い輝きを放つものがあった。


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