二章:宿場町の話

宿場町の話―①喧嘩騒ぎ

第6話:宿場町のギルド

 夕日が稜線の影に消え、長く伸びていた影も夜の帳に沈む頃、狼の耳と尻尾を揺らす術士らしい錫杖カッカラを抱えた少女と、彼女が乗る荷車を引いた剣士の男が平原の中に突然現れたような大きな街にたどり着いた。街は活気に溢れ、夜でも明るく火が焚かれている。


 はじめは誰かがこの川のほとりで野営キャンプをした。次に訪れた誰かが、その痕跡でまた野営をする。しばらくしてそこが野営地になり、裕福な誰かが宿を作り、酒場を作り、駅馬車が通るようになった。そしてここで生まれた最初の子供が老人になり死んだ頃、宿場町となっていた。それが歴史を経て大きくなった街だった。もう立派な都市だが、だれもが親しみを込めて宿場町と呼んでいた。


「聞いていたとおり、随分と大きな街じゃの。」

「ここでしばらく世話になろう。装備も新調したいしな。」

「荷車よりも上等な寝床に慣れる前に出ねばの。」

「道理だ。」


 冒険者組合ギルドの建物は、大抵街の入口付近にある。この街もそのようだった。大抵、冒険者というものの荷物は多い。旅に必要な松明やら火打ち石やら着替えやらそれにくわえて武器と防具にその予備、冒険帰りだと財宝や戦利品トロフィーなんかもついてくる。そんな大荷物を持って街をうろつかれると困るので、町の入口でさっさと片付けてしまおうという理屈だった。無論、武器を帯びた身分もしれぬ無頼漢などをのさばらせるわけにはいかないという側面もあるが。


 だが、冒険者らにとってはそれでも都合がいい。街へついてさっさと面倒事を済ませて金を受け取り酒が飲める。荒くれ者にはそれで十分だった。


 そして大抵夜に街につく二人にとっても都合が良かった。さっさと荷車を預けて輸送を頼まれた荷物を受け渡し、道中稼いだ戦利品を売却する。そうして作った金で夜を明かし、次の日の諸々必要なものを買う。それがこの二人の習慣だった。


「首尾はどうじゃ?」

「普通に暮せば1年は硬いな。」

「そのつもりがあるかのような言い草じゃの。」

「将来的にはな。お前も隣りにいる。」

「せいぜい手放さぬようにの。」

「お前が手放す気がないなら、俺だってそうさ。」


 ギルドの酒場は冒険から帰ってきたばかりの冒険者でごった返しているが、壁際の二人席は空いている。ふつう4人前後で一党を組むため、2人席というのは人気がないためだ。そんな人気のない席を占領して獣人パッドフットの給仕を呼び止めた。


「はーい、何をご用意しましょう。」

「ふかした……。」

「金が入ったときくらい良い飯を食わんか。仔牛のローストを二人分じゃ! 」


 いつもどおりふかし芋を注文しようとするしみったれた男の言葉に、少女が割って入った。男は肩をすくめてそれに賛成した。


「付け合せに酢漬けピクルスもくれ。それと彼女を酔わせるために只人の火酒ウィスキーをボトルで。氷も忘れないでくれよ。特急でね。」

「かしこまりました。料理長の尻を蹴飛ばしてきますね。」


 給仕に少なくないチップを握らせて食事を急かすと、少女が男の顔をにやけ顔で見つめていた。


「酔わせてどうする気じゃ? 」

「さっさと眠るって答えるほど俺は老けちゃあいない。 」

「ギルドの宿屋の壁は薄くてかなわん。」

「今更恥ずかしがるのか?」

「声の一つまでぬしのモノじゃぞ。」

「……宿は変えよう。」


 男は降参とばかりに両手を上げた。余計な出費だが、ここまで言い寄られて甲斐性を示せないようでは男でいる意味がない。それこそいつかの大妖鬼トロールのように切り落とされても文句が言えない。


「お前。よそ者か? 」


 先に運ばれてきた酒を傾けている2人に、無遠慮な声がかかった。それは若い青年だった。よく磨かれたピカピカの金属鎧に、宝石が施された長剣をいた。よくいる貴族の継承権争奪戦に破れた天下りの冒険者だろう。


「宿場町でよそ者なんざ珍しくもないだろう。」

「よそ者はこの町の冒険者の顔役である俺に挨拶に来る決まりがある。」

「そうかい、毎日たくさん挨拶されて大変だろ。手間が省けたようで何より。」


 貴族下りの青年は舌打ちをすると天井に頭が届きそうな大男が間に入った。


「坊や、子供が火酒を飲むもんじゃないぜ。だが、礼儀を知らねぇ坊やなら、今ならまだ無礼を許してくれるだろうよ。」

「子供から酒を取り上げようってのに変わりのミルクも持ってこなかったのか? 気の利かないだな。」


 剣士はグラスの中身を一気に飲み干してグラスをテーブルに置いた。カランと氷が揺れる。少女はニヤニヤとした表情でそれに新しく酒をなみなみと注いだ。


「やるか小僧。」

大猿ゴリラは温厚な性格だと聞いたことがある。」


 怒りを隠さない大男を諌めるかのようにしたり顔で貴族下りの青年が制する。


「こいつは手加減が利かないんだ。今ならまだその女を差し出せば許してやる。」

「女の口説き方が下手だな猛獣使いテイマー。飼い主ならしっかり手綱を握っておきな。」

「……やれ。」


 もう飼い主の静止はない、大男は胸ぐらをつかんで剣士を無理やり立たせた。大男は思ったより背の高い相手に少々驚きを見せるが、そんなことをよりも自分の股間に意識が行った。妙に冷たかった。下を見ると、股間はびっしょりと濡れており、男の手にはのグラスが握られていた。


「あーあー、漏らしちゃって。強がってるのか?」


 少女がそれに吹き出したのを切欠に周囲の席で笑い声が連鎖する。見てないものからしたら、喧嘩をふっかけておいて小便を漏らすような男だとも思われているだろう。もちろん分かってて囃し立てるものもいた。精一杯恥をかかされた大男は剃り上げた頭を茹でダコのように真っ赤にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る