お題「夏の海」「冷たい」「笑う」

 参ったな。

 まさか海水浴場でふられるとは思わなかった。

 というより、捨てられた?

 何度目だろう。

 付き合って、デートして、ふられて。

 私、都合のいい女だったのかな。


 あ。バッグ、彼に持ってかれた。

 水着でどうしろって?


 帰りの電車代もないや。

 帰ってもお金ないけどね。

 彼にバイト代全部つぎ込んでプレゼントあげちゃったからね。

 帰ったらまたバイトしなきゃ。

 あ。帰れないんだった。


 何でいつもこうなんだろう。


 もう……死んじゃおうかな。


「ねえ、キミ」


 誰か、声を掛けてきた。

 男の子だ。

 歳は同じくらい。

 綺麗な銀色の髪の毛。逆巻く波がプリントされた水着を着ている。

 綺麗なターコイズの眼……カラコン?

 深い海のような眼の色に、我知らず惹き寄せられる。


「何よ」


 ふられた勢いで棘のある返事をしてしまうが、相手はまるで意に介さなかった。


「僕と泳ぎに行こう」





   ◆◆◆




 で、この名前も知らない男の子と手を繋いで泳いてるわけ。

 あー、自分のせいだったか。

 どれもこれも。

 もう、どうでもいいや。

 この出会いもきっと、夏の海のひとときの夢。


 私は銀髪の男の子に手を引かれて、足の立たないところで泳いでいる。

 砂浜の人影は、もう豆粒のようだ。


 立ち泳ぎをする足に、急に冷たい水野感触。


「いけない。水が急に冷たくなると、足が吊って溺れちゃう」

「大丈夫だよ。僕がいるから」


 彼は意に介さず、どんどん沖に出る。

 このままこの男の子と海に沈むのも悪くない。

 夢が夢のまま醒めないなら――


「それもいいな」

「いいんだね?」


 彼に引かれて、私の体は海に沈んでいく。

 不思議と、苦しくない。

 沈む。

 沈む。


 海色の目をした男の子が笑う。

 私も、笑う――




   ◆◆◆




 海色の目をした少年が笑う。


「僕の誘いを受け入れてくれて、ありがとう」


 少年は、動きを止めた少女を大事そうに抱え、海の底へと沈んでいった。

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