ガラクタクラクタ

夏村木

第1話:蟻の蔵

 印象的な看板無し、軽やかにお客の来店を告げるベル無し、幻想的なステンドグラスどころか通行人に店の内装や商品をお披露目するための窓もない。ただ外壁を覆う植物のつたと、ゴミ捨て場と勘違いされるのではないかと思うほど積みに積まれた我楽多の山だけの雑貨屋『蟻の蔵』。

 こんなところにくる人間など、華のある顔と人を悦ばせる技術だけが取り柄の店主目当てに来る物好きな女、稀に男、ごく稀に身売りする孤児か、廃品回収屋と勘違いしている近所のご婦人方、雨風をしのぐために我楽多の山の隅を貸してくれと言ってくる浮浪者、そして―。

「どうかお助けください!」

 着の身着のままかと思いきや両腕に人間の右腕、眼球二つ、内臓少々を抱えた悪漢に追われていそうな美女ぐらいなものだ・・・。

 堪りかねて義手、義眼、腹部に大きな傷を隠すこちらも訳アリ風の店番をしていた少女、ナグが店の奥に向かって絶叫する。

「マリウスゥウウウ!!!」

 マリウスとは蟻の蔵の店主であり由緒ある名門魔術師一家の一人息子、御曹司、飲んだくれ、男女たらしというこちらもよくいる問題アリな男の名である。姓はロワンフェルドとまた気取った響きであるがやはり全てが飲んだくれ以下略のせいで台無しである。

 以上の点を踏まえて、店の奥にしけこんでいるという状況で察しが付くが耳を澄ませると聞こえてくるのは押し殺すに殺せない女の甘い嬌声以外の何物でもなかった。

「ごめーん。今イイとこー」

 そこへドアを蹴破る音。

「へへっ、追い詰めたぜハリエット!」

「今度こそ観念するこったなあっ!」

 そこへ三下登場。

「マリウスゥウウウッ!!!!」

 これにはナグも二度目の絶叫しかない。そんな彼女にくずな店主マリウスは愉し気に声援を送る。

「追い払ってくれたら時給マシマシするよ~」

「よおし覚悟なさいませください三下共ォァッ!」


 こうして実は異世界へふらりくらくらと舞い落ちてしまった元女子高生ナグこと飾寺和かざりでら なぐの、転移の際に奪われた己の右腕、眼球、内臓少々を取り戻す物語が始まったり始まらなかったり。

 雑貨屋蟻の蔵の賑やかな一日が始まるのでした。

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ガラクタクラクタ 夏村木 @huchinooku

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