SS

兄:後日、居酒屋で

「悪い。駐車場、混んでて」


 カウンターでちょうどジョッキを空けた高山に声をかける。


「いや。いーけど、車?」

「仕事終わったら、朋生に乗ってってもらうことになってる」


 隣に腰掛けながらビールを頼んだら、高山がすかさず「ふたつ」と口を挟んだ。

 店内はまだ早い時間だというのに席が埋まりつつある。人気の店らしい。


 高山から誘いがあったのは三日ほど前だった。「久しぶりに飲まないか」とまっさらなトーク画面に一文が出て、懲りないヤツだと諦めに似た息を吐き出した。

 四人でって話なら朋生から聞くはずだと思って確認すると、「たまに二人もいいだろ」なんて返ってくる。基本、悩みなんてなさそうな奴だけど、こういう時は何か抱えてたりすることもあるから、貸しもあることだし、付き合ってやることにした。

 日勤の日だったら行ってもいいと返事をしたら、速攻で話を纏められて今日に至る。


「来ないかと思ってた」

「は? ちゃんと、約束しただろ」

「ずっと避けられてたから、すっぽかされる覚悟もしてたんだよ!」

「行く気がないなら最初から断る。お前こそ、忙しいんじゃないのか」


 式の準備とか。そういう意味で言ったのに、高山はちょっと遠い目をして天井を見上げた。


「まぁな。書類が書いても書いても減らないんだよ……現場に出てぇ……」

「現場に出たら報告書も増えるだろ。一緒じゃないか」

「もうさ、誰か報告書作る専用のAIとか開発しないかな?!」

「切符はその場で登録できるしな。まあ、いつか?」


 いや、無理だな、と呆れながら、目の前に置かれたジョッキを持ち上げる。


「あー。やめやめ。久しぶりだし、楽しくいこう! かんぱーい!」


 勝手にジョッキをぶつけられて、ガチンと派手な音がする。割れやしないかと冷や冷やした。


「で、そっちはどうなの?」

「別に。今のところ異動もないし、もうちょっとまともに語学学んだら、考えようかなってくらいで。朋生も仕事してるから、困ることはないし……」


 呆れたような視線に気づいて、眉を寄せる。


「なに」

「仕事の話は聞いてねーよ。こっちと違って書類一枚出すだけだろ? 何ぐずぐずしてんだよ」


 こいつ。解ってて話反らしてやがった。


「……朋生が、証人はお前たちがいいって言って、忙しそうだから全部落ち着いてから頼むって」

「名前書くくらい、いつでもするのに」

「いつでもできると思うと、いつしていいか判らないんだそうだ。新婚旅行から帰ってきたらみんなで会おう、って千早に伝えたって……」


 はたと思い当たった。


「……千早と、喧嘩したな」


 すい、と顔を背けて高山はジョッキを傾ける。


「……朋生ちゃんも仕事終わったら呼ぼうか。癒されたい」

「は?」

「お前も披露宴すればいい。パズルみたいに席順考えて、引き出物だオプションだ……」

「俺達は呼べる親戚もいないし、その場合、朋生は多分、千早の味方だぞ」


 がばりとカウンターに突っ伏して、三十路手前の男が泣き真似をしてる。

 なんだこの面倒臭い男。やっぱり帰ろうかな。


「嫌なら、やめればいいだろ。籍だけ入れて、事後報告すればいい」

「お前は、楽しそうにドレスを選んでる朋生ちゃんの前でそれを言えるのか」


 無駄に凄まれて、なけなしの想像力を働かせる。いまだに他人の気持ちを推し量るのは苦手だ。

 朋生なら……多分、凄くがっかりした顔をした後、「仕方ないね」って無理に笑う


「……言わない。けど、だったら好きにしていいからって」

「そう言ったら喧嘩になったんだよ。『二人のことでしょう!』って」


 ちょっと安心したように口の端を持ち上げた高山と、視線を合わせて黙り込む。


「だから、朋生ちゃんとはどうなのかなって。披露宴は無いにしても、本当は式くらいしたいんじゃないの? ちゃんと聞いた方がいいぞ? お前は、名前が『妹』から『妻』の欄に移動するだけで、あとは今までと変わらなくていいと思ってるんだろうけど」


 どうせ面倒臭がられるだろうからと、言わずに諦めてる朋生は想像がついて、どきりとする。


「俺達は……ちょっと、特殊なケースだから……でも、そうだな。今度聞いとく。千早も忙しくてイライラしてるんだろ? そんなこだわるタイプじゃないから、分担できるとこは手分けして、パパっと決めちまえばいいんじゃないのか」

「手分けして……あー。なるほど。全部アタマ突きあわせて、と思うから上手くいかないのか。言われてみりゃ、そうだな。いやー! さすが陵くん! 千早の事よく分かってる!」

「っ! おいっやめろ!」

「お礼の、ちゅー」


 肩を抱き寄せて、顔を近づけてくる高山に拳骨を振り上げる。ゴッといい音がした。


「殴るぞ!」

「……って〜。殴ってから言うなよ」


 口を尖らせて頭をさすっている高山は、もういつもの調子だ。

 ジョッキを空にして、二杯目は何にしようと少し悩む。


「じゃあ、ほら、今度は俺が聞いてやるから。外国から帰って来て豹変したお兄ちゃんに、朋生ちゃん毎晩ナかされたりしてない? それとも逆に律儀にまだ手を出してないとか……」


 口の中に残っていたビールが変なところに落ちていった。半分ほど吹き出して、むせている俺を高山がにやにやと観察している。店員が新しいおしぼりを差し出してくれた。


「あ、さすがに我慢できなかったみたい? 目の前にいるんだもんなぁ。よく二年も手を出さなかったよ。お前も何人か彼女いたわけ? 風俗とか行くタイプじゃねーし」


 もう一回殴ってやろうかと思って拳を握りしめたけど、高山を殴れるほど、今の自分の行状が良い訳でもないので、深呼吸して我慢する。それを横目で見てるはずなのに、高山は顔を近づけてひそひそと声を落とした。


「結局、『妹』のまま抱いちゃって、燃えた?」


 二発めの拳骨は、掠る程度で避けられた。悔しいのでにやにや顔にデコピンを喰らわせてやる。


「『妹』だなんて、思ったことはない!」

「あっは。だよな。だから、兄への信頼が重かったんだもんな。もっと早く気付いてくれれば、俺が振られることもなかったのに」

「よく言う。そんなに好きだったなら、忙しいなんて言ってないで、キスのひとつでもしてやればよかったんだ」

「え。やだ。朋生ちゃんに聞いたの? エッチ! 人のプライベートを!」


 両頬を押さえて身をくねらせるオカマもどきに、呆れた瞳を向けると、高山はくすくすと笑い出した。


「実のところ、俺が朋生ちゃんにキスしてもよかった?」

「駄目に決まってる」

「えぇ? 矛盾してない?」

「してない」

「俺、結構頑張って我慢したんだけどなぁ。朋生ちゃん、可愛くて。褒められてもいいと思う」

「褒めるとこじゃない。いいかげん、そのクセ改めないと、千早に殺されるぞ」

「千早も、諦めてくれないかなぁ」


 うっかり出たような失言を半眼で窘めたら、さすがに慌てて付け足した。


「あ、いや。これからは、多分、大丈夫。千早が可愛いから、千早にするから。あとは、ほら、なんだかんだ言って愚痴も聞いてくれる、可愛い後輩になら、許してくれる」

「だから! やめろっ!」


 酔っ払いの振りをして抱き着く高山の顔を、俺は力いっぱい押し戻した。




※結音ゆえさんより二人のイラストを頂きました。

イラストはこちらで見られます → https://22981.mitemin.net/i373681/

後日譚にぴったりだったので一緒にお披露目させていただきます。

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妹は兄の名前を知らない ながる @nagal

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