第34話 宿敵の正体

ムネモシュネ専用の豪華な船室では、主のムネモシュネがララアとセーラそしてヤンを前にお茶の席を催していた。


侍女のバルカが様式化された花模様を鮮やかな色彩で描いたティーカップを来客の前に置いていくが、セーラの前に置く時には微妙に身を固くする。


「私は先日ヒマリアに攻め込んだガイアレギオンの指揮官を務めていたムネモシュネともうします。この中に私にダガーを投げた方がいると聞いていますが?」


ムネモシュネはヒマリアやパロで使われている言語を使い、「痛かったです」という素振りで自分の首をさすりながら話すので、セーラもさすがに身を固くして片手をあげる。


「私です。名前はセーラ、パロの港町で自警団をしています」


ムネモシュネは微笑すると言葉を続ける。


「私達と同じガイアレギオンの船がパロの港を訪れ狼藉を働き、あなた達が取り締まったと聞いています。そのような前例があったのならば、好戦的な態度もわかるというもの、あなたもハヌマーンに重傷を負わされたそうですが、これからガイアレギオンまでは協力して航海しなければなりません。諍いのことは一旦水に流して仲良くしてください」


セーラは自分を招いたムネモシュネの意図がわからずに警戒していたが、とりあえず害意がない事がわかり緊張を緩める。


「こちらこそそう願います」


ムネモシュネは次に視線をヤンに向けて礼を言う。


「そちらはわたしを見事に治療してくださったヒーラーの方ですわね。私からもお礼を申し上げたくてお呼びいたしました。治療していただきありがとうございます。あなたがパロに戻るまでの安全は私の名誉をかけて保証いたしますから安心してください」


「ありがとう。謝礼はハヌマーンさんにもらっているし、怪我人が居れば治療するのがヒーラーの仕事です。当然のことをしただけですよ」


ヤンは温厚な笑顔を浮かべてカップに手を伸ばし、ララアは自分もカップのお茶を飲みながらヤンに告げる。


「このお茶は私の国で飲んでいたのとよく似ているのでなんだか懐かしくなります」


「へえ、その人に何処で教わったか聞いたらララアの縁がある人が見つかるかもしれないね」


ヤンがムネモシュネの侍女のバルカを示しながらララアに言うが、それを聞いていたムネモシュネはバルカに囁いた。


「このお茶の飲み方は私たちの国に古くから伝わる作法だったな?」


「はい。先祖たちがガイアの地に根を張り周辺の部族を平定して現在の国を作る前から変わっていないと聞いています」


ムネモシュネは改めてララアを見つめるとゆっくりと問いかけた。


「ララア殿、あなたは何処から来たのだ?あなたは先の戦役で私達に甚大な損害を与えたがその際に使った魔法は私達ガイアレギオンの王族が秘術として用いているクリシュナ神を信ずる民の技だ。それ故にハヌマーンや私はあなたを連れ帰って尋問しようとしていたのだ。こうして穏やかに話すことが出来る状況は歓迎するべきなのかな?」


ララアはムネモシュネの言葉に目を丸くして驚いている。


「あなた達がクリシュナの技を継承しているというのですか?私は別に他所から来たわけではなくずっとあの城にいただけなのです」


ララアにも心当たりはあり、ガネーシャやハヌマーンが使った魔法障壁やムネモシュネの剣の使い方に微妙に見覚えがあると感じていたのだった。


「あの城は、我らの指揮官でそなたたちがエレファントキングと呼んでいたガネーシャ殿が潜入するまでは百年以上も無人となっていたはずだが」


ムネモシュネが微妙に険のある声でララアに尋ねると、ヤンが恐る恐ると言った雰囲気で口を開いた。


「あの、ララアは僕が戦没者の再生事業であの城を訪れた時に少女の死体を発見し戦闘に巻き込まれた民間人の少女だと思って復活させたのです。しかし、彼女は最初は僕たちの知らない言語を話し、ヒマリアの言葉はわからない様子でした。本人の言う通りで僕たちが古代ヒマリア人と呼ぶ先住民族だった可能性は高いと思います」


「その上名前がララアだと?話が出来過ぎているような気もする。私たちの開祖に当たる方は遠征中に本国が攻め滅ぼされて止む無く遠征先で国を開いたのだが、それは下々まで知られていること」


「そうです。私の兄は私たちの国が攻められたときに南に遠征に出ていました。もしかしたらどこかで生き延びていたのではないかと思って消息を探していたのです」


ムネモシュネはララアの話を聞いてバルカを手招きすると彼女だけにしか聞こえない小声で指示した。


「ハヌマーンを呼んできてくれ」


「ハヌマーン様は水を汲みだす作業をされていますが」


バルカが指摘すると、ムネモシュネはムッとした雰囲気で彼女に告げた。


「そんなこと他の者にやらせてすぐに来いと伝えるのだ」


バルカは部下に当たる侍女に二言三言指示を伝えると、侍女は慌てて船室を飛び出して行く。


やがてハヌマーンが船室に顔を出し、居合わせた人々を見ると飄々としたっ雰囲気で言った。


「これは剣客の皆様が揃ったものですな。練習試合をするから私に審判をしろとでも言われるのかな」


「そんな話ではない。こちらのララア殿の素性が判明しようとしているのでそなたにも立ち会ってもらいたかったのだ」


ハヌマーンは首を傾けながらもムネモシュネの話に興味を示しているようだ。


「それは私も知りたいと思っていたところです。して彼女の素性は何者だったのですかな」


「それを今から確かめるところだ。ララア殿、あなたの兄上の名前を教えて頂けるかな?我らが開祖は邪宗を信じる敵に悪用されぬようにそのお名前を下々には公にはしなかった。そなたが真に開祖様の妹君ならばその名をご存じのはずだ」


ムネモシュネは硬い声音でララアに問いかけ、ララアは事の次第を飲み込んだ様子で、緊張した表情でムネモシュネに答える。


「私の兄の名はヴィシュヌです」


ムネモシュネはララアの答えに衝撃を受けたように沈黙し、ハヌマーンは考えていることが漏れているかのように小声でつぶやく。


「それほどの期間を経て死者を甦らせた話は聞いたことがないが、ヤン君とやらの能力をもってすれば可能なのかもしれぬな」


ムネモシュネは驚きから立ち直ると、居住まいを正してララアに告げた。


「ララア殿、あなたがどうやら私たちの開祖に近しい方だと認めることにします。私は開祖様のひ孫にあたる者なのです」


「あなたがヴィシュヌのひ孫?」


ララアは意外な成り行きに絶句していたが、バルカが気づまりな雰囲気を破るように殊更に明るい声を出した。


「ムネモシュネ様の縁者が見つかったとはきっとおめでたい事ですよ。お茶を淹れなおして茶菓子もお持ちしますからどうかゆっくりとお話しください」


バルカの指示で配下の侍女たちは慌ただしく動き始め、ハヌマーンは何か考え込むそぶりでセーラの向かい側の席に腰を下ろした。


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