第26話 ハヌマーンを追え!

パロの波止場には多くの負傷者が横たわっていた。


その多くはムネモシュネの電撃系の魔法でやられた自警団で、治癒魔法の心得のあるものが呼び集められていた。


最も重症なのはセーラで首を切断されて即死状態と言っていいが、ヤンは諦めずに蘇生に取り組んでいる。


「セーラさん助かるのかな?首を完全に切断されたらもう死んでしまっているのではないかと思うけど」


貴史はハヌマーンに斬られて宙に舞ったセーラの首を自分で受け止めているので、彼女の蘇生には懐疑的だった


「ヤン君の腕を信じるしかありませんね。たとえ首を切断されても、その中身は数分間は生きていると言われているのでヤン君はそれに賭けて、使者を蘇生する魔法ではなくて、治癒魔法を使って全力で直そうとしているのです」


貴史は、セーラの身体から流出して、波止場の石畳に血溜まりを作った夥しい量の血を見ながら、ヤンの成功を祈るしかない。


あれほど手ごわかったセーラが目の前でハヌマーンにやられたことは貴史にとってショックだった。


やがて、ヤンが治癒の呪文を唱え終えると、辺りをほのかな青白い光が満たした。


周囲でざわめきが起きる中、ヤンは笑顔で貴史とヤースミーンに報告した。


「上手くいったようだ。とりあえず彼女を死神の手から取り戻すことが出来た。ただし、首を切られたときに大量の血を失っているから、しばらくの間は起きられないかもしれないね」


ヤースミーンはヤンの治癒魔法を信じていた様子でヤンをねぎらう。


「ヤン君相変わらず鮮やかな手際ですね。あの状態から蘇生させる自信があったのですか」


ヤンは肩をすくめて見せると、謙遜気味に答えた。


「いや、だめもとでやってみただけの話だ。死体から復活させようとして失敗して灰にしてしまった時のやっちまった感は何回やっても嫌なものだからさ」


貴史はヤンの言葉を聞いて、戦って致命傷を負うのは出来るだけ避けなければ改めて思うのだった。


血だまりに横たわっているセーラをソフィアとペーターが介抱し始め、張りつめていた現場の空気がほんの少し緩んだことが感じられる。


セーラの蘇生が確実なものとなり気持ちに余裕が出来たことで貴史は波止場に目を移した。


そこでは、トラブルの原因となったガイアレギオンの帆船がもやい綱を解いて出港の準備を始めている姿があった。


「ガイアレギオンの船が出港しようとしている。ハヌマーンたちも瞬間移動で遠くまで行ったわけではなくあの船に乗っているのではないだろうか?」


「それはあり得ますね。私達はミッターマイヤーさんが大量の人や物資を運んでくれるのを目の当たりにしていますがあれはレアケースで。自分以外に二人も抱えたら遠くまでは飛べないのが普通です」


二人が話している間にガイアレギオンの帆船は帆をあげていく、夕暮れ時になり陸風が吹き始めたのでその風に乗って港を出るつもりなのだ。


緊急招集されたらしい乗組員が甲板に駆け込むと、帆船はゆっくりと岸壁を離れていく。


「シマダタカシ、あの船にララアが乗っているかもしれないのです。アンジェリーナさんに頼んで後を追ってもらいましょう」


「わかった。展示会場に戻ってアンジェリーナさんと話してみよう」


貴史はヤースミーンに話を合わせたものの、到着したばかりのネーレイド号に今すぐ再出港しろと言っても無理なのではないかと思うのだった。


それでも、貴史はヤースミーンと並んで足早に展示会場を目指した。


展示会場では貴史とヤースミーンの姿を認めて、タリーとアンジェリーナが駆け寄り、その後ろに商工会長のジョセフィーヌも続く。


既に展示会場にもハヌマーンと貴史達の乱闘騒ぎの情報は伝わっていたのだ。


「シマダタカシ、ヤースミーン、無事だったのか。ものすごい乱闘だったと聞いて心配していたのだ」


タリーの質問にヤースミーンは波止場で起きた出来事をかいつまんで説明した。


「ガイアレギオンの帆船にはハヌマーンが乗っていたのです。ララアはハヌマーンを憶えていてセーラさんと一緒に戦いを挑んでしまったのです。セーラさんはハヌマーンに首を斬られたのですがヤン君が治療してどうにか一命をとりとめました。でも、ララアはハヌマーンに連れ去られてしまったのです」


アンジェリーナは想像以上の戦いが起きていたことを知り驚いた表情を浮かべてヤースミーンに尋ねる。


「なんてことなの。折角ララアちゃんに再会できたのにそんなことになるなんて。そのハヌマーンたちの行方は分からないの?」


ヤースミーンは話の流れに乗って、意を決したようにアンジェリーナに言った。


「ハヌマーンはララアを連れて瞬間移動で逃げたのですが、おそらく港に停泊した帆船の中に逃げ込んだものと思われます。でも、その帆船が今夜にも港を出てしまいそうなのです。アンジェリーナさんネーレイド号で追いかけてもらうわけにはいきませんか」


アンジェリーナはヤースミーンの要請を聞くと、足元の床を見つめて黙ってしまった。


ヤースミーンはアンジェリーナが断ってくるのではないかと思い、次第に表情が暗くなったが、アンジェリーナはしばらくすると顔をあげてヤースミーンに告げた。


「二日待ってくれないかしら。今は船員も上陸してしまっているし、水や食料を補給しないと航海に出ることは出来ないの。その間に展示会を開いて商工会長さんとも契約してしまえば私の用事はほぼ終わりだから、ガイアレギオン船の追跡に手を貸してもいいわよ」


セーラの答えを聞くとヤースミーンの表情は一気に明るくなった。


「アンジェリーナさん、ガイアレギオン船の追跡なんて危険を伴うかもしれないのに引き受けてくれてありがとうございます。私は断られると思っていました」


アンジェリーナは穏やかな笑顔を浮かべてヤースミーンに答える。


「あなた達やララアちゃんにはクラーケンに襲撃された時に助けてもらっているから見過ごすわけには行かないわ」


貴史は断られると思っていたネーレイド号の支援を受けることが出来て安心するのと同時に、首尾よく追いついた時には自分が正面に立ってハヌマーンと戦うことを想定せざるをえなかった。


ハヌマーンは貴史に剣を教えてくれたクリストや超絶的な剣技を持つセーラでも倒せなかった強敵だ。


まともに戦えば瞬殺される可能性が高いだけに貴史は何か作戦を考えなければと考え込むのだった。



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