第25話 生命を大切に

ララアは左手で剣を支えたまま右手を大きく振り上げると、ムネモシュネに向けて素早く振り下ろした。

振り下ろした右手からは光る塊が五つ飛び出し、目にも止まらぬ速さでムネモシュネに向かって飛翔した。

しかし、光の塊は、ムネモシュネの前に出現した光る壁に阻まれてまばゆい光を発して砕け散った。

「そんな他愛のない技で私を倒せると思うのか!所詮は··」

ムネモシュネの言葉は途中で途切れた。

派手な魔法技を目くらましにして至近距離に飛び込んだララアの剣がムネモシュネの首を狙って繰り出されたからだ。

ムネモシュネはララアの斬撃からどうにか身をかわしたが、ララアは即座に切っ先を返して次の攻撃を繰り出した。

「ぬああああ」

ララアの剣は胸元から腹にかけて切り裂いたように見えたが、ムネモシュネは斬撃を受け止めた衝撃から態勢を整えると、身にまとっていた豪奢なドレスをかなぐり捨てる。

ムネモシュネはレギンスとセーターの上に細い鎖で編んだ鎖帷子を着込み、その上にドレスを纏っていたのだ。

動きやすくなったムネモシュネは軽いフットワークでララアとの間合いを図る。

「久しぶりに手ごたえのある敵とまみえることが出来た。もう少し楽しませてもらおう」

ムネモシュネは自分の剣の切っ先を足元の地面際まで下げて、誘うようにララアとの間合いを詰める。

ララアが持ち前の速い動きでムネモシュネに斬りつけた時、ムネモシュネは閃光のように剣を跳ね上げていた。

ララアは自分の剣から右手を離して大仰にのけぞることで辛うじて片腕を切断されることを防いだが、ララアが体勢を立て直す前に切っ先を返したムネモシュネの剣がララアの頭上を襲っていた。

ムネモシュネは前回ララアと戦った時もララアを捕えていたが貴史とヤースミーンの連携攻撃で全身に火傷を負わされて瞬間移動で逃げざるを得なかったことを思い出し、渾身の力でその剣を振り下ろす。

ララアはどうにかムネモシュネの斬撃を剣で受けたが、ムネモシュネは恵まれた身長を生かし、ララアが反撃する暇を与えずに苛烈な斬撃を立続けに浴びせた。

「ガネーシャをはじめとする我が部下たちの犠牲を鑑みて今回は逃がすわけにはいかぬ」

ララアはムネモシュネの連続攻撃を絶え凌ぎながら、反撃のすきを窺っていた。

人が全力の攻撃を続けられるのはわずかな時間だとララアは知っており、敵が攻撃の合間に息をついた時こそが反撃の機会となる。

ムネモシュネの連続攻撃がほんのわずか途絶えた時、ララアは長身の敵の胸元に飛び込もうと相手の表情を窺った。

しかし、その目が怪しく光ってララアの視線を捕えた事に気づき息をのむ。

「しまった。同じ手に二度も引っかかるなんて」

ララアは剣を交えることに夢中になって自分が以前にもムネモシュネの術にかかって意識を失ったことを失念していたのだった。

ララアはムネモシュネの前に飛び出そうとしたまま意識を失ってその場に崩れ落ちた。

「子供なのね。目の前のこと気を取られ過ぎ」

ムネモシュネが余裕の表情でララアを担ぎ上げようとした時、音も無く飛来したダガーがムネモシュネの首に突き刺さった。

ムネモシュネは無意識のうちに首に刺さったダガーを掴もうとするがその指はダガーの鋭い刃で切れて血に染まる。

そしてに続いて飛来したもう一つのダガーが鎖帷子を刺し貫いてムネモシュネの腹に深く刺さった。

鎖帷子は斬撃を防御するには優れているが、鋭い刃物の刺突には弱いのだ。

「セーラさん何やっているんですか!」

貴史はハヌマーンと対峙していたセーラが自分の武器であるダガーを放り投げたのを見て慌てふためいた。

ダガーを投げた先がムネモシュネであることに気づいて納得したものの、ハヌマーンが突進して剣を振るえばセーラは一撃で葬られてしまう。

貴史は先ほどからハヌマーンと戦うセーラの加勢に入る隙が無かったが、二人の動きに変化があった今こそが戦いに加わる時だと思い、猛然とハヌマーンに襲い掛かった。

「うおおおおお」

貴史はハヌマーンに刺突で挑んだが、ハヌマーン動じなかった。

「邪魔をするな」

ハヌマーンは横ざまに剣を薙いで貴史の首を狙う。

貴史は手首を返してハヌマーンの剣を防ぐと近い間合いで二度三度とハヌマーンと剣を交える。

「お兄さんナイスアシスト!」

セーラは先ほどから自分とハヌマーンの間に入ろうと貴史がウロウロしているのを目の端に捉えて、彼の助力を当て込んでムネモシュネにダガーを投げたのだった。

貴史はハヌマーンに斬られる可能性が高いが、概ね二秒ほど持ちこたえてくれれば、マントの下で両足に装備した予備のダガーを取りだせるはずだった。

セーラは貴史とハヌマーンが斬り結んでいるのを横目で見ながら素早くダガーを取り出そうとしたが、肝心な時にマントのほつれた糸がダガーの鞘に引っかかってダガーが抜けない。

セーラーは血の気が引く思いでダガーを鞘から抜こうとした。

その間、貴史はハヌマーンを相手に懸命に戦っていた。

「そういつもやられてたまるか」

貴史にしてみれば、ガイアレギオンの指揮官クラスにはいつも煮え湯を飲まされていた。

ガネーシャにはみぞおちから背中まで刺し貫かれ、目前にいるハヌマーンには腹を切り裂かれて内臓が飛び出すような目に遭わされている。

しかし、貴史も日々鍛錬して技も磨いている自負があり、以前のように負けたくはない。

貴史は力の限りに剣を振るったがそれはハヌマーンに軽く受け止められ、剣を交えてからの打突で貴史は弾き飛ばされていた。

「ぐっ」

貴史は地面に尻もちをつきハヌマーンに斬られることを覚悟したが、ハヌマーンは鉾先をセーラに換えた。

予備のダガーを取り出そうとしてもたついているセーラをハヌマーンの剣が襲った。

音も無く血しぶきが上がりセーラの首が宙に舞う。

貴史は跳ね起きるとセーラを助けようと駆け寄るが、目の前に飛んできた物体を受け止め、それがセーラの首だと気が付いた。

「うわああああああ」

貴史はセーラの首を放り出して、ハヌマーンに挑もうとしたが、背後から聞き覚えのある声が響いた。

「シマダタカシ退がってください」

「シマダタカシ、セーラさんの首を離しては駄目だ。そのまま抱えていろ」

それがヤースミーンとヤンの声だと気づき、貴史は素直に二人の声に従った。

同時に、レーザー光線のような細い光がハヌマーンに伸び、ハヌマーンは青白い高温の炎に包まれたように見えた。

しかし、ハヌマーンの周辺の炎はヤースミーンの炎の魔法が魔法障壁に阻まれ、障壁に沿って炎が燃え上がったものだった。

ハヌマーンは舌打ちすると、ムネモシュネとララアに駆け寄り、二人を抱えると瞬間移動の呪文を唱えた。

次の瞬間にはハヌマーン達の姿は消え、三人が存在していた空間に空気がなだれ込む雷鳴のような音が辺りに響く。

「逃げたのか?」

貴史がセーラの首を抱えたまま茫然としていると、駆け寄ったヤンがセーラの首を引ったくった。

ヤンはそのままセーラの首のない身体が倒れている場所に走り、首を切断面にあてがい呪文を唱え始めた。

腕のいいヒーラーであるヤンにとっても死者を蘇らす魔法は成功率が低いものだ。

ヤンはセーラの生命が完全に失われる前に再生しようとしていたのだ。

「シマダタカシ無事だったのですね」

ヤースミーンは貴史に駆け寄るとその背中にしがみついた。

「ララアを連れ去られてしまったよ。折角再会できたのに」

貴史はヤースミーンの温もりを背中に感じながら、ハヌマーン達が消えた辺りを見つめていた。

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