第22話 夕日に赤い帆

貴史は、ララアたち一行を案内して、パロの街を歩いていた。



行き先は波止場に停泊しているネーレイド号だ。



「ララアしばらく見ない間に背が伸びたみたいね。もう私を追い越したのではないかしら」


ヤースミーンが問いかけるとララアは嬉しそうに答える。


「そうですね、やたらお腹がすくのでペーターさんのところでよく食べているのですが、動いただけ筋肉が増えていくのがわかるみたいですよ」


実際に、ララアはヤースミーンと肩を並べるようにして歩いている。


ヤースミーンが小柄とはいえ、子供の成長の速さは驚くほどだと貴史は思う。


ララアの剣技はスピードで大人を圧倒していたのだが、体が大きくなり体力が付けばさらに強くなるに違いなかった。


「剣の腕前も上達したら私の立場がないわ。あなたは魔法の使い手だけで十分よ」


セーラは本気とも冗談ともつかない口調で語り、ララアを中心に話の輪が広がる。


貴史ははるばる探してきた彼女が見つかって感無量だ。


「ララア、せっかく再会できたのだから僕たちと一緒に旅をしないか?船だってあるし、ドラゴンを狩りながら旅を続けることだってできるよ」


貴史はつい思ったことを口にしてしまったが、ララアは考え込むそぶりを見せた。


「船は魅力だけど、もう少し時間を頂戴。シマダタカシはそんなにせっかちだとドラゴンにだって逃げられちゃうわ」


ララアは微笑して答えるが、ヤースミーンは貴史をたしなめるように言う。


「そうですよシマダタカシ、先ずは再会を喜んでからゆっくり身の振り方を考えたらいいのです」


「す、すいません」


貴史は小さくなって女性三人の後ろに続き、ヤンが貴史にそっと耳打ちした。



「今日の所は顔見知りが増えただけで収穫としたところだな。ヤースミーンの言うとおり、ララアには会えたのだからこれからのことはゆっくり考えればいいさ」



「そうだね」


貴史にとっては親指を切られて痛い目に遭った後だけに、セーラが微妙に怖い存在だったりするが、これからは仲間としてやっていけばいいと改めて自分に言い聞かすのだった。


港に着くとセールを降ろしたネーレイド号はには当番の水夫が数人知る以外は、あらかたの人間は出払っている様子だ。


「クラーケンの洞窟で建造中だった船が外洋を航海してきたのですね。アンジェリーナさんも喜んでいたでしょうね」


ララアは船のマストを見上げながら感慨深そうに話す。



その時、ネーレイド号の副長が船倉から甲板に顔を出すと、貴史達をみつけて話し始めた。


「商工会長のジョセフィーヌさんが商品見本市の会場を押さえたのでみんなそっちに行きましたよ。アンジェリーナさんは予定通り明後日には見本市を開くんだと言って船倉から沢山の品物を運び出していましたからね」


「ドラゴンやクラーケンが材料の食材なんてパロの人達が口にするんでしょうか」


貴史はアンジェリーナたちの熱の入れ方が尋常ではないので、商品が売れるのか心配になって尋ねるが、副長は楽観的な雰囲気で答える。


「ジョセフィーヌさん達が独占契約で売りたいと言っているくらいだから、売り物としては問題ないのでしょう。売上金で今度はパロの火酒や雑貨品などのヒマリア向けの商品を仕入れてヤヌス村まで積んで帰れば、ジュラ山脈を越えて運ぶ必要がないから隊商たちが高い値で買ってっくれるはずなのですよ。そうすればヤヌス村の生活も楽になります」


その時、聞き覚えのある名前を耳にしてララアが尋ねた。


「アンジェリーナがパロに来ているのですか?」



「ええ、何せこの船の船長ですからね。君はクラーケン退治で僕たちを助けてくれた人だね。アンジェリーナは波止場の奥にある商品見本市の会場に行けばいると思いますよ。君が来てくれたらきっと喜ぶはずだ」


ララアは停泊中の帆船にはすぐに飽きたらしく、旅の途中で出会ったアンジェリーナが来ていると聞くと関心はそちらに移った様子だ。



ヤースミーンはララアの様子を見て、ヤヌス村の商品見本市の会場に行くことを思い立った。


「折角だからアンジェリーナに会うために商品見本市の会場まで行ってみましょうよ」


ペーターとセーラはそれぞれ好き勝手なことを言いはじめた。


「せやな、わしはヤヌス村のドラゴンやクラーケンを材料にした食品にちょっと興味あるし」



「私は商工会長のジョセフィーヌさんはちょっと苦手なんだけどな。旅行中だったけど戻ってきちゃったのね」


ヤースミーンは肩をすくめると副長に出かけると告げると皆を促して再び船を降りた。



波止場を歩くと、今しも外洋から到着した大型帆船が入港しようとしており、街の行商人たちが新たにつ訳した船を目指して集まりつつある。



「ああやっていろんな港を旅していけるんだからやっぱり船っていいな」


ララアは到着した帆船の帆桁の上で停泊に備えて帆をたたんだり、甲板で船のもやい綱を準備する水夫を眺めながらつぶやく。



貴史とヤースミーンはパロの商工会用のジョセフィーヌが準備したヤヌス村の商品見本市の会場を探すが、それは程なく見つかった。


ジョセフィーヌは会長だけあって、運搬の労力が少なくて済むようにネーレイド号が停泊する岸壁のすぐ近くの会場を押さえていたのだ。


「ヤースミーン、そこに一緒にいるのはララアちゃんじゃないの。探していると言っていたけどもう見つけたの?」


アンジェリーナは目ざとくヤースミーン達を見つけると尋ねる。


「そうなんです。偶然巡り合えて本当に運が良かったです」


ヤースミーンが満面の笑みと共に答えると、ララアもアンジェリーナに気づいた話しかけた。


「アンジェリーナさん念願の航海に乗り出せたのですね」


「ええ、あなたやここにいるシマダタカシたちのおかげでどうにかここまでこぎつけたわ。改めてお礼を言うわ。ありがとうララア」


アンジェリーナが礼を言うと、ララアは嬉しそうに顔をほころばせた。


ネーレイド号の関係者がララアとの再会を喜んでいる間も、ジョセフィーヌが連れてきたパロの商工会の関係らあも者は着々と商品見本市の準備を勧めつつあった。


波止場ではネーレイド号と、新たに到着した帆船が並びんでいたが、夕刻になり傾いた日差しはそれぞれの船の帆を赤く染めていた。

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