第21話 ハヌマーンの企て

ガイア連邦の王宮ではムネモシュネが、自室の鏡台を前にしてため息をついていた。


ヒマリアに出兵した折にヤースミーンと戦って全身にやけどを負ったものの、王宮付きの腕の良いヒーラーのおかげでどうにか火傷の跡が残らないまでに回復したところだ。


「火傷は癒えたものの、大敗を喫した責任で司令官を解任されこの先私はどうすればいいのだろう」


ムネモシュネがぼやいている時に、侍女のバルカが階下から駆け上がってきた。


「ムネモシュネ様、ハヌマーン様が面会を希望して、下まで来られていますが、いかがいたしますか?」


ムネモシュネの侍女は、来客の知らせを無表情に告げるが、ムネモシュネは仕方なさそうに答える


「仕方がないここに通せ。おおかた自分以上に大敗を喫した私のことを笑いにきたのであろう」



「そんなことはありませんよ。ハヌマーン様は意外と気さくでお優しい方ですよ」


侍女のバルカはムネモシュネを宥め、ハヌマーンを呼びに走る。



バルカに案内されて現れたハヌマーンは慇懃な口調でムネモシュネに挨拶した。


「ムネモシュネ様、ヒマリヤで戦った際に重いやけどを負われたと聞き心配しておりましたが、麗しいご尊顔を拝めてうれしゅうございます」



「心にも無いことを、司令官の任を解かれた今、私に会ったところでそなたに得るものは無いであろうに」


ムネモシュネはハヌマーンの来訪の意図を測りかねて、考えをそのまま口にするがハヌマーンは慇懃な姿勢を崩さない。


ムネモシュネの侍女は、ハヌマーンの来訪はお見舞い以外の他意は無いとみて彼をもてなすための準備を始めた。


「お茶の準備をいたしますから少々お待ちください」


侍女は足取りも軽く、別室へと退出し、ハヌマーンはムネモシュネを来訪した意図を話し始めた。


「今日訪問させていただいたのは、私がヒマリア攻めの際に遭遇した不思議な少女についてお話ししたいと思ったからなのです。私の配下の軍に甚大な損害を与えたのはマッドゴーレムを自在に扱う一人の少女の仕業でした。しかもその少女が使う魔法は我らと同じくクリシュナ神を信ずる民が使う体系と同じだったのです」


侍女が席を外し、ハヌマーンの話が核心に触れると、ムネモシュネは俄かに興味を示す。


「私がヒマリアの軍勢を振るい城跡に追い込み殲滅しようとした時、城門を破って突入した先鋒部隊を全滅させたのがクリシュナの術を使う少女だった。魔法の応酬では決着がつかず剣を交えた後に捕え、連れ帰ろうと思っていたのだ」


ハヌマーンは仮面の下で、眼光を鋭くしながらムネモシュネに告げる。


「これはしたり、あなたもあの少女を連れ帰ろう落としていたのですな。私もマッドゴーレムを操る術者の所在を突き止めたところ年端もいかない少女だったので、素性を調べようと司令部まで取れ帰ったのですが、そこに捕えていたヒマリアの姫を奪還しようとするネズミと遭遇したために取り逃がしたのです」


その時、侍女がティーセットを携えて戻った。



トレイに乗せられたティーポットからはお茶の香りに加えてカルダモンやシナモン、そしてクローブの香りが立ち上る。


スパイスを加えたお茶にミルクと砂糖をたっぷりと加えて楽しむのがガイア王国のお茶の作法なのだ。



「ハヌマーン様のお口には合わないかもしれませんが甘いものも用意しておりますよ」


「いやいや、口に合わないなどとんでもない、ガイア王国のお茶はエスニックなチャイを楽しんでいるみたいで大好きなのです」


ハヌマーンの言葉を聞いて、ムネモシュネは不思議そうな表情を浮かべたがやがてそれは微笑に変わった


「また出所不明の言葉を使っている。そなたといい、行方不明となったガネーシャ殿といい、他世界からの召喚者は前の世界のことを忘れられないものなのだな」


「これは失礼しました。どうか転生者のたわごととして聞き流してください。それはさておき、私がパロの港に放った密偵から我々が取り逃がしたのとそっくりな少女の報告が入っております。その者どうやら、ヒマリアの国を離れ、パロの街の歓楽街の用心棒などしている模様なのです。私も司令官を解任された身故、ほんのす数週間休暇を頂いてパロの港を訪れようかと思うのですが」


ハヌマーンの意図を理解したムネモシュネは、さらに興味がたかまった様子を見せる。


「それは面白そうだな、捕えて手なずけるもよし、あるいは我らが軍勢に損害を与えた腹いせに八つ裂きにしてしまうもよし。私も司令官の仕事が無く暇故に、そなたがパロを目指すなら同行するのもよいかもしれぬ」


ムネモシュネの侍女は主人の言葉を聞いて俄かに慌てた様子を見せた。


「ムネモシュネ様、傷がいえたばかりなのにまた海を越えて攻めていかれるのですか。どうかもう少しお体をお休めください」


「いや、今回は物見遊山に行くようなものだ。休暇を貰いパロの観光を楽しみに行くと思えばよい。バルカ、お前も船旅に同行してくれたらよいのだ」


ムネモシュネの侍女は、船旅に乗り気でないが、主人の命令には逆らえない様子だ。


ハヌマーンはムネモシュネの反応に満足した様子で、二人に告げる。


「ムネモシュネ様に同行していただけるなら私も心強いというものです。それでは船便は私の方で整えますから、ムネモシュネ様はどうか旅の準備に専念してください」


「よかろう。私の警護の者も最小限にする故、パロでは羽を伸ばすことにしよう」


ムネモシュネは気分転換を兼ねてハヌマーンの船旅への誘いに乗り、ハヌマーンは王族を巻き込んだおかげで動きやすくなったと、ひそかに喜ぶのだった。

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