第3話 クラーケンの墨パスタ
「そんなあ、見た目から判断して木造ではないと思ってフルパワーの火炎を放ったのに」
ヤースミーンが茫然として見ている前で、ヤヌス村の城壁は火災が激しくなり正面から崩壊が始まった。
幸い、城壁の上で戦っていた村人たちは避難できたようでそれだけが救いだ。
「まあ、クラーケンの大群に蹂躙されるくらいなら、城壁が燃えるほうがましだと思いやすよ」
リヒターがヤースミーンを慰めた。城壁をよじ登って乗り越えようとしていたクラーケンの大群は大半がヤースミーンの火炎の魔法で燃えて死体となって城壁の下に転がっている。
生き延びたクラーケンはヤヌス村の攻略をあきらめた様子で海の方向に逃走していた。
貴史は逃げていくクラーケンの群れの行方を見ていたが、不意に服の袖を引っ張られて我に返った。
「シマダタカシ、燃え尽きていないクラーケンの肉を切り取ってみたのだが、ちょっと味を見てみないか」
貴史は城壁にとりついてウニョウニョと蠢いていた白い生き物を思い出して鳥肌が立ちそうだったが、タリーが差し出した肉片は表面がほのかに茶色に焼け、スルメを焼いたような香ばしい香りが漂っている。黒っぽいソースがかけてあるのが妙においしそうに見える。
貴史は断ろうとしてタリーに両掌を向けていたが、気が変わって掌を上に向けて肉片を受け取った。
口に入れると、弾力のある肉片はあっさりかみ切ることが出来る。かみしめると甘みを感じさせるイカの味とソースの複雑な旨味が口いっぱいに広がった。
「美味しいじゃないですか」
貴史が感心してすると、タリーはしたり顔でうなずいて見せ、食材としてのクラーケンの確保に取りかかた。
「リヒター君、ヤースミーンがやっつけたクラーケンのうち、黒焦げになっていないやつを集めて今夜の食料に使いたい。補給部隊に指令を出してくれ」
「キャラバンの本体がこちらに向かっていますから到着次第ご意向に沿えるようにしやす」
リヒターはコックとしてドラゴンハンティングチームに随行しているとはいえ、タリーには一目置いている。
ドラゴンハンティングチームの本体が到着すると手の空いた者たちはタリーの指示を受けて、黒焦げになっていないクラーケンを集め始めた。
炎上を続けているヤヌス村の城壁を前にして、チームのキャンプ地が設営され、タリーはクラーケンの調理を始める。
「タリーさん何か手伝いましょうか」
貴史が声をかけると、タリーはちぎった雑草の茎みたいなものを貴史に差し出した。
「むこうの小川にこれと同じものがたくさん生えているから採ってきてくれ。」
「何ですかこれは」
草の茎をしげしげと眺める貴史にタリーが笑いながら教える。
「これはクレソンだ。川のほとりなんかに自生しているのだよ」
貴史はタリーに言われるままに、小川に向けて歩き始めたがヤースミーンが俯いて泣いていることに気が付いた。
根が生真面目なだけに城壁を燃やしてしまったことで、自責の念に駆られているのに違いない。
「ヤースミーン、晩御飯の材料のクレソンを取りに行こうよ。タリーさんに頼まれたんだ」
ヤースミーンは涙でぬれた顔を上げた。
「シマダタカシ、私のせいで城壁が燃えているのですよ。この世界で魔物や外敵から村を守る城壁は大切なものなのに。」
「リヒターさんも言っていただろ。クラーケンにやられるくらいなら城壁が燃えたくらいなんでもないよ」
貴史は、ヤースミーンの肩に手を回すと小川に向けて歩き始めた。
村を振り返ると正面の城門がある部分が炎上しているので今は村の人たちは外に出ることが出来ない様子だ。火勢が収まって村の人々が外に出てきた時にどのような態度をとるか気になるところではあった。
もしも苦情を言われたら、リヒターの言葉どおり、クラーケンに滅ぼされるよりは城壁が焼けた程度で済んでよかったと言い張るしかない。
貴史はその時はその時で考えようと思って小川に向かった。
小川の岸辺でクレソンを探すのは簡単だった。
浅瀬の岸辺にこんもりと茂ったクレソンを採み取っては集用の籠に集めていると、ヤースミーンも気分が明るくなったようだ。
「シマダタカシ、川に入ったら靴が濡れてしまいますよ。遠征中に濡れた靴を乾かすのも大変だから、もっと気を付けてください」
「そ、そうだね」
ヤースミーンがいつもの調子を取り戻したので貴史は苦笑しながら彼女の言うとおりにした。
ドラゴンハンティングチームの宿営地に戻るとタリーは特大サイズの鍋を使って、つぶして刻んだニンニクを大量のオリーブオイルで炒めていた、そしてその上にオニオンとクラーケンのぶつ切りを大量に投入し、ワインと塩を加えると最後に黒っぽい内臓の中身を絞り出している。
「その内臓は一体何ですか」
貴史の問いに、タリーは手を止めずに答えた。
「クラーケンの墨袋だ。中身はイカ墨と同じだと思っていいだろう。そっちで茹でているパスタ麺と合わせたら美味しいイカ墨パスタの出来上がりだ。さらに、こっちで揚げているクラーケンのフリッターにお前たちが採ってきたクレソンを添えてクラーケン尽くしのメニューが完成だ」
貴史はタリーが持っている両手の上に乗る程度の大きな内臓を見て微妙に不安を感じる。
「それって毒は無いですよね」
タリーは振り返って貴史の顔色を確認してから言った。
「うむ、シマダタカシとおれでお毒見をした結果、毒はないようだ」
貴史はお腹を押えて絶叫した。
「俺を実験台にするな!」
その横で、タリーの助手は茹であがったパスタをイカ墨ソースに投入して、大きな棒でかき混ぜていく。
クラーケン尽くしの夕食の完成はもうすぐのようだった。
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