エピローグ

最終話 異世界で竜になりまして

 その日、わたしはコロナと一緒に、食事の準備をしていた。


「お皿、ここに並べておくわよー」

「うん。ありがとうー」


 作っているのは、川魚の天ぷらだ。

 小麦粉(?)や揚げ油なんかは、コロナが調達してくれたものを使っている。

 揚げ物ができると、料理の幅が広がっていい。


「うーん。シメイにはニジマスで、なにか一品サービスしちゃおうかなぁ?」

「ミュキスねぇ……。あんた、シメイ様にはいっつもそれだけど、いい加減もう、飽きられてるんじゃないの?」

「ええー? そんなことないよぉ」


 だって彼は、川魚だとこれが一番好きなんだもん。


「ふんふんふ、ふーん」


 わたしたちは次々と料理を作っていく。

 場所はうろのお家だ。

 窓際に5体のこけし人形が並んでいる。

 端から順に、お母さん、絵里ちゃん、わたし、シメイ、コロナ、である。


「それであとのふたりは……。シメイ様とイネディットさんは、いつ来るの?」

「シメイはそろそろじゃないかな? イネディットさんは、わかんない」


 雑談しながら準備を進めていく。

 今日はみんなでパーティーなのだ。




 黒竜事件から、はや数ヶ月――

 ペルエール王国とオイネ国は、和平に向けて動き出していた。


 とはいえ長年争い続けてきた両国だ。

 小さな火種はたくさん燻ったままだし、前途は多難らしい。


 それでも着実に、一歩ずつ、互いの国は手を取り合える未来に向けて、舵を切り始めていた。


 シメイの話によると、なんでもキルケニーさんが、ことのほか張り切っているらしい。

 きっとイネディットさんに、良いところを見せたいんだと思う。


『美しき女王の傷ついた心を、僕が癒してあげたいんだ……』


 そんなことを言っているみたい。

 ちょっと自己陶酔が激しいタイプなのかしら?


 でも当のイネディットさんは、あんまり彼には興味がないっぽい。

 この間一緒にお茶をした時なんて、こんなことを言っていた。


『余の男の好みだと? ふむ……。あまり斯様なことは考えたこともなかったが、そうだな……。やはり一本芯の通った、骨太なおのこがよい』


 どこかで聞いた台詞だけど、パッと思いつくのはやはりシメイだ。

 キルケニーさんは論外。

 このひと、やっぱりシメイのことを狙ってるんじゃ……。


 いくらイネディットさんでも、横恋慕は許さないぞ!

 わたしは警戒心を強める。

 ともかくそういう訳で、両国の先行きだけではなく、キルケニーさんの恋路のほうも道のりはまだまだ険しいのである。




「さ、料理のほうは、このくらいでいいかしらね」

「うん! いっぱい作ったよねー」


 テーブルには所狭しと料理が並べられていた。

 川魚の天ぷらに、ビーフ(?)シチューに、海老(?)チリ……。


 和洋折衷である。

 まぁ、こっちの世界で和も洋もないんだけどね。


 そうこうしていると、うろのお家の前庭に、一頭のワイバーンが降りたった。


 シメイの到着だ。

 今日の彼は、鎧姿ではない。

 彼は騎竜のハービストンから降りて、こっちにやってくる。


「いらっしゃい、シメイー!」

「…………」


 彼はなにも言わずに、真っ直ぐにわたしを見つめてきた。

 力強い眼差しに、ドギマギしてしまう。


「……決意は、変わらぬのだな?」


 彼がゆっくりと唇を動かした。

 わたしはそれに、こくりと頷き返す。


「……そうか。ならばもう、なにも言わん」


 シメイがわたしの背中に腕を回して、ギュッと抱きしめてきた。

 心臓がとくとくと鳴っている。


「……絶対に。……絶対に、帰ってくるから」

「ああ。信じている」


 抱かれた胸から、暖かな体温が伝わってきた。




 戦いが終わって数日後、イネディットさんがうろのお家にやってきた。


 そして彼女が、教えてくれたこと。

 なんでもわたしは、元の世界に戻ることができるらしい。


 ――『望郷の鏡』。


 そういうものがあるのだそうだ。


 なんでもその鏡は、わたしの元の世界に繋がっているもので、その昔、オイネさんが生涯をかけて探し出したものなんだとか。


 その話を聞いたわたしは、たしかこっちの世界に渡ってくるときも、うちの玄関で見覚えのない鏡を覗き込んだことを思い出した。


『アサヒよ。……彼方の世界に、戻るか?』


 そうイネディットさんに問われてから、ずっとわたしは考え続けた。


 お母さんに、絵里ちゃんに会いたい……。


 こっちの世界で暮らしていくにしても、せめてふたりには、わたしが元気でやっていることを伝えたかったのだ。


 それにオイネさんだって、一度日本に帰ってから、またこの異世界に戻ってきたクチらしい。

 だったらわたしだって、同じように戻ってこられるだろう。

 シメイやコロナと、今生の別れになるわけではないのだ。


『……はい。……帰ります』


 わたしは、日本に帰ることを決意した。




 イネディットさんが到着した。

 ふわふわと空に浮いていた彼女が、着地する。


「皆、揃っているようだな。待たせたか?」

「そんなことないですよー」


 彼女は手に、大きな鏡を持っていた。

 これが例の鏡か……。


 鏡にかけられていた厚手の布を、彼女が取り払った。


「ちょ、イネディットさん!? ここ、こっちに向けないでください!」


 コロナが慌て出した。

 異世界に飛ばされるのを怖がっているのだ。

 それをイネディットさんが静める。


「慌てるな。この鏡は素養のあるものしか通さぬ」


 彼女が手本を見せるように、鏡を覗き込んだ。

 けれども特になにも起きない。


「これこのようにな。この鏡で世界を渡ることの出来る人間は、そう滅多にはおらぬ。安心するがいい」


 コロナがホッと胸を撫で下ろした。

 安全となると俄然興味が出てきたらしい。

 彼女は鏡を覗き込んで、コンコンと叩いたりしている。


「あたし、鏡自体、こんなにしっかりと見るの初めてかも……」

「女王よ。その鏡の繋がる先は、どのような場所なのだ?」

「なんでも『フジの樹海』なる場所だそうだ。そして彼方の世界の鏡は、此方の世界では『魔の森』に繋がっておる」


 ふーん。

 行き先固定なんだ。


 ランダムで飛ばされたりしないのはありがたいけど、富士の樹海って……。


 ちょっと不安になってきたぞ?

 これはしっかりと準備してから行かなくちゃね!


「そうか。しかし一見すると、なんの変哲もない鏡のようだが……」


 シメイが身を乗り出した。

 そのまま鏡を覗き込む。


 その瞬間、彼の姿が掻き消えた。


「――はわぁ!?」


 な、なんだ!?

 なにがどうなってるの!?


「ほぅ……」

「あわ、あわわわ……。シメイ様が!?」

「え!? なに!? どういうこと!?」

「くく……。くはは。これはこれは……」


 イネディットさんが楽しげに目を細めている。


「ちょ……!? まっ……!? ええええ!?」

「案ずるなアサヒ。彼奴にも、世界を渡る素養があっただけの話。まぁ珍しくはあるがな。ふふ……」


 なんだってこのひとは、こんなに落ち着いてるんだろう。

 わたしなんてもうパニックだ!

 イネディットさんも、少しはコロナを見習って慌てて欲しい。


「ア、アサ、アサヒィ! どどど、どうするの!? ど、どうすれば……っ!?」


 これよ、この反応!

 やっぱり、こういうのが普通よね?


 ちょっと落ち着いてきた……。

 いや、落ち着いちゃダメだろう!

 でもコロナの言う通り、一体どうすればいいの!?


「ど、どどど、どうしよう――!?」

「すぐに追いかけるがよい。さすれば世界を渡った先で落ちあえるだろう」

「そ、そうかっ! そうですよねっ!」


 用意してあった荷物を、手繰り寄せるみたいにして引っ掴む。


「じゃ、じゃあ早速……」


 鏡に向かって一歩を踏み出したところで、背中に声を掛けられた。


「ア、アサヒ! ちょっと待ちなさいよ!」


 振り返ってコロナを見る。


「……絶対に。……絶対に帰ってくるのよ!?」


 心細そうな表情。

 まったくなんて顔をするのかしら……。


 彼女から視線を外して、住み慣れた部屋を見渡した。


 テーブルには沢山の料理。

 わたしの送別会だったのに、結局バタバタしてパーティーは出来なかったなぁ。


 イネディットさんは超然としている。

 このひとはいつも変わらない。

 なんだかそれが、ちょっとおかしい。


「……ねぇ、アサヒ。……なんとか言いなさいよぉ」


 彼女の瞳を真っ直ぐに見つめる。


「うん。絶対に……。絶対に戻ってくるから……」


 コロナは何度も何度も頷いている。


「彼方の世界でも、鏡を探すのだぞ?」

「はい! 多分すぐに、見つかります」


 玄関にあった鏡。

 さすがに割られたり、捨てられたりはしていないだろう。

 ……してないよね?


 わたしはコロナに向き直った。

 彼女はちょっと目が赤くなっている。


「じゃあね、コロナ……」

「うん……。アサヒ……」


 わたしはコロナを安心させるように、満面の笑みを浮かべる。

 大きく息を吸って、ひと息に吐き出した。


「それじゃあ、いってきます!」




――――――――

おしまい。


お読み下さいまして、ありがとうございました!

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異世界で竜になりまして 猫正宗 @marybellcat

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