第33話 sideシメイ07 王都防衛戦

「レーベンブロイ隊は最前線で防御陣を構築!」


 黄金色の鎧を纏った騎士たちが、慌ただしく駆け回っている。


「グロールシュ隊とヒューガルデン隊は後詰だ! 陣に崩壊の兆しが見えたら即座に交代しろ!」


 彼らはペルエール王国が誇る黄金騎士団。

 王都の防衛を任とする金色こんじき騎士たちだ。


 黄金騎士団の陣頭指揮は、副団長のキルケニーが執っていた。

 団長が王族近衛についていて、この場にはいない為だ。


「救護班はわきに控えておけ! 怪我をしたものはすぐに下がるんだ! 誰一人として命を落とすことは罷りならないぞ!」


 キルケニーのやつも声を張り上げていた。

 こいつとは長い付き合いになる。

 だが普段飄々とした彼が、こうも厳しい表情をしているのは、俺も初めてみる。


「早く動け! もうすぐやって来るぞ!」


 状況は切迫していた。

 早打ちの騎竜にて、魔国最前線の城塞都市より受けた知らせ。

 息を弾ませて俺の元に駆け込んできた竜騎士は、こう報じた。


『滅びの黒竜現る。城塞都市突破されり。被害は甚大なり』


 その凶報は王都を震撼させた。


 突如として現れた黒竜は、その進路を王都へと向けているらしい。

 いま王都には主力軍たる聖銀騎士団がいない。

 間の悪いことに、鉄騎士たちを打ち破った、シャハリオン元辺境伯軍の制圧に向かってしまったからだ。


 城塞都市の聖銀騎士団も当てにはできない。

 黒竜の通ったあとに、魔国の大軍勢が侵攻をはじめたのだ。

 都市の聖騎士たちは、その対処に手一杯との話だ。


「……タイミングが、符号しすぎるな」


 シャハリオンの台頭。

 黒竜の出現。

 魔国の進軍。


 作為的なものを感じてしまうが、それを考えるのは迫る危機を脱してからである。


「シメイ団長! 王竜騎士団、全団員配置につきました!」


 報告をあげてきた配下に、神妙に頷く。


「わかった。以降、俺が命を下すまで待機だ」

「はっ!」


 王竜騎士団と黄金騎士団は、共同して王都手前のこの平原で防衛ラインを構築している。


 黄金騎士団、五千。

 王竜騎士団、八百。

 総勢五千八百からなる騎士と騎竜と歩兵の混成部隊が、竜を阻むべく待機していた。


 ここは最終防衛ラインである。

 突破されれば、もう王都を守る盾は残されていない……。




「やぁシメイ。大変なことになったね……」

「……ああ」


 キルケニーのやつが歩み寄ってきた。


「まさか『災厄の黒き竜』が、本当に現れるなんてさ」

「……聖教会の竜伝承か?」

「そう、それそれ。……まったく、こんなことならもっと真面目に、宣教師の話を聞いておくんだったよ」


 とはいえ伝承を聞いたからと言って、どうこうなる事柄ではないだろう。

 軽口で緊張を解そうとしているのか。

 だがその軽い口調とは裏腹に、キルケニーの頬には汗が伝っていた。


「……でもさ、シメイ」

「なんだ?」

「『災厄の黒き竜』が本当に現れたんならさ。『救いをもたらす白き竜』も現れてはくれないのかな?」


 白き竜……。

 真っ先に思い浮かぶのは、彼女だ。

 屈託のない眩しい笑顔が、脳裏を掠める。


「……でも伝承なんかを当てにしちゃダメだよな。王都は、僕たちの手で守り抜くんだ」


 きっとこいつにも、守りたいものがあるのだろう。


「……そうだな」


 アサヒはいま、どうしているだろうか。

 こんなところで決して俺は、命を落とすわけにはいかない。

 いつかまた……。

 俺は彼女と、そう約束したのだから。




 ――……憎む。余は、王国を憎む……!――


 なんだ、今の声は。

 周りの騎士たちも、ざわついている。

 どうやら俺だけに聞こえたのではないらしい。


「こ、黒竜です! 黒竜が現れましたッ!!」


 黒竜は悠然と現れた。

 周囲に破壊を振りまきながら、ゆっくりと飛んでくる。

 騎士団に緊張が走る。

 漆黒の竜はその身に、闇と光を同時に纏わせていた。

 暴風、地割れ、焦熱、氷結……。

 それらが渾然一体となって、辺り一帯を崩壊させていく。


「防衛ライン! まもなく接触します!」


 配下の竜騎士たちに目配せをする。

 団の全員が、覚悟を決めた顔で見返してきた。


「……王竜騎士団、参る! 勇猛果敢な竜騎士たちよ! 俺に続けえええええッ!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 ビリビリと大気を震わせる雄叫びをあげ、俺は皆を率いて黒竜へと突撃を開始した。




 飛び交う巨大な雹を躱し、襲いくる猛火を剣で引き裂きながら、俺は黒竜へ攻撃を仕掛ける。

 だが振るった刃も、けしかけた騎竜の蹴りも、分厚い黒竜の竜鱗に阻まれ、衝撃をその身に通すことが叶わない。

 纏う闇がその身を護り、眩ゆい光が目を眩ませてくる。


「くそ……! 化け物め……!」


 黒竜の体高は、人間の十倍ほどもの大きさだ。

 地上では黄金騎士団も奮闘しているが、その圧倒的な質量を前に、苦戦を強いられている。


 ――滅びを……! 王国に滅びを……!――


 飛び交う人竜に向けて、黒竜が業火を飛ばした。

 竜騎士たちは辛くもそれを回避するも、的にされた何騎かは翼を焼かれて墜落していく。


「弓隊! 魔術師隊! 一斉射撃だ……放て!」


 キルケニーの号令と共に、地表から矢と魔法が放たれた。

 大部分は届く前に暴風に阻まれるも、いくつかの魔法が黒竜へと着弾し、矢がやじりを突き立てる。


「グルゥオオオオオオオオオオッ!!」


 竜が咆哮する。

 有効なダメージを与えられているとは思えないが、騎士たちの奮戦により、少なくとも竜の侵攻を食い止めることは叶っている。


「……いける! このまま押し返すぞ!」


 気勢を上げて突撃する。

 しかしそのとき黒竜に変化が起きた。

 喉元が赤熱し始めたのだ。


 なにかが――来る!


「退避ぃいい! 総員、退避するんだぁああ!」


 地上でも異変を悟った騎士たちが、回避行動を取り始めた。

 だがもう間に合わない。


「グルァアアアアアアアアアアッ!!」


 ブレスが放たれた。

 地表へと着弾する。

 轟音がとどろき、大地震でも起きたかのように大地が揺れた。


 もうもうと立ち上った土煙が晴れていく。


「……な……んだ、……と……?」


 空から見下ろす。

 ブレスが着弾した箇所から先に向けて、大地が抉れたかのようにひび割れていた。

 直撃した場所は、クレーターのように大きく陥没している。


 地表の黄金騎士団は……半壊していた。


「……ど、どうすれば、良いというのだ……」


 このような化け物。

 もはや矮小な人間風情が、抗えるものではない。


「うわ……。ぅ、うわぁあああああ!?」

「逃げろ! 逃げろおおおおおおお!?」


 数人の兵がぱらぱらと、黒竜に背を向けて走り出した。


 恐慌は伝染する。

 統率のとれていない歩兵団や傭兵団から、幾人もの兵が逃げ始めた。


 続いて黄金騎士団からも敵前逃亡が始まる。

 防衛ラインが瓦解し始めたのだ。


「待てぇ! 待ってくれ! 踏み止まるんだ!」

「そんな命令聞いてられるか! 命あっての物種だろうがっ!」


 キルケニーが逃走する兵を必死になって引き留めている。

 だが雪崩となって、我先にと逃げ行く逃亡者たちの波を抑えることはできない。


「どけぇ! こんな化け物相手に、戦ってられるかぁ!」


 逃亡者は他の者を押しのけて、一目散に逃げていく。

 崩壊が止まらない。


「……グルゥ……」


 黒竜が再び前進を始めた。

 俺たちは成す術もなく、それを見送る。

 だがそのとき――


 ――いつの日か。……いつの日か、また……――


 最初に聞いた黒竜のおぞましき声とはまったく異なる、澄んだ声が胸のうちに響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る