第28話 あさひの日常

 カリカリと木片を削る。


「ふんふんふ~ん……」


 ちょうど手のひらに収まるくらいの、小さな木切れだったそれは、鉤爪で丁寧に削り出されたいま、立派なこけし人形に変わっていた。


「ぃよし。……やっとこさ完成ね!」


 床には作りかけで放棄したこけしが、いくつも転がっている。

 ちょっと全体バランスが悪かったり、顔なんかの造形がもうひとつの出来栄えだった失敗作である。


 仕上がりを妥協するわけにはいかない。

 だってこの人形は、特別なのだ。


 でも今度のは自分でも良く出来たと思う。

 納得の逸品と言えよう。


「じゃあさっそく並べて……」


 うんうんと満足げに頷いてから、窓辺に置いた。

 これで人形はひとつ増えて、4体になった。

 端から順に、お母さん、絵里ちゃん、わたし、それに今回加えたシメイである。


「シメイってば、今頃どうしてるかなぁ……」


 彼の顔を思い描く。

 脳裏に浮かんだのは、キリリと引き締まった表情だ。


 けど今頃、くしゃみでもしているかもしれない。

 だってこうしてわたしが毎日、片時も忘れずに思い出してるんだしね。


「うぅー。会いたいよぉ……」


 毛皮で作った枕を抱く。

 わたしはそれをぎゅっと抱きしめて、ベッドをごろごろと転げ回った。




 日付が変わって今日のわたしは、ザクザクと大樹の内部を掘り進めていた。

 やっているのは、お家の拡張である。


「階段はこんなものかなぁ」


 実はわたしは、うろのお家を2階建てにしようと考えていた。

 目的は客室の増築である。


 やっぱり部屋がひとつしかないと、誰か来たときに不便だしね。

 特にシメイが来たときなんか、……困るし。

 だって同じ部屋で寝泊まりするのは、まだ気恥ずかしいじゃない。


 階段はいい感じに出来上がった。

 次は客室本体である。

 どんな風に作ろうかなぁ……。


「うーん。せっかくだし、ロフトなんかも作っちゃおうかな?」


 頭のなかに完成予想図を浮かべた。

 いい感じの部屋になりそうな予感がする。


「……うへ。……うへへ」


 思わず妄想に耽った。

 きっとわたしは出来上がったその客室で、シメイと一緒にのんびり過ごしたりするのだ。

 並んで座って、肩を抱き寄せられたりして。


「……ぃよし。それじゃあ、続きをやりますか!」


 やる気は満々。

 彼と過ごす未来に想いを馳せながら、鉤爪で大樹を削り続けた。




 今日はうろのお家にコロナを招いた。

 一緒にお昼ご飯を食べる約束なのだ。


「へえー、凄いわね。2階作ったんだ?」


 ご飯ができるまでの待ち時間。

 彼女は出来たばかりの客室へと、上がっていた。


「うん! どうかなぁ? ここは来客用の部屋にしようかなって思ってるんだけど」

「なかなかいいんじゃない? 窓も大きくて明るいし、見晴らしもいいじゃない」


 なかなか好評のようだ。

 丹精込めて作ったからなー。

 主にシメイのために。


「あ、でもコロナも、いつか泊まっていきなよ!」

「『でも』ってなによ? き、気が向いたらね!」

「えへへ。楽しみだねぇ。じゃあご飯にしようか」


 1階におりてテーブルにつく。

 今日の食事は、山菜きのこ鍋である。

 竃を見ると、火にかけておいた石鍋が、ちょうどくつくつと沸き立ち始めていた。

 テーブルに持ってきて、鍋敷きの上に置く。


「それじゃあ、いただきまーす!」


 ふたりで一緒にご飯を食べる。

 やっぱりお鍋は、誰かと一緒に食べたほうが美味しい。


 クタクタになるまで火を通した山菜を、きのこと一緒くたに頬張った。

 きのこのコリッとした歯ざわりが、なんだか楽しい。


「んぐ、んぐ……。結構いけるわね、これ」

「でしょー! コロナもどんどん食べてね!」

「あんがと。それはそうとあんた……」


 コロナがわたしをじっと眺めている。

 一体なんだろう?


「……その服、なんとかならないの?」

「はえ?」


 彼女が見ていたのは、わたしの服装だった。

 いまのわたしは、毛皮で作った服を着ている。

 胸と腰に、成型した毛皮を巻いているのだ。

 若干……というか、ぶっちゃけかなり原始人っぽい。


「いつもの服はどうしたのよ?」

「あ~……。あれなら、こないだ破いちゃって……」


 わたしは部屋の隅を指で指し示す。

 そこには、破れた村人服が放置されていた。


「……はぁ。またなの?」


 竜化するときについ脱ぐのを忘れて、破いてしまうのである。

 実はもうすでに、こういうことが何度かあった。


「仕方ないわねぇ、アサヒは……」

「ご、ごめんなさい」

「ほら、かしなさいよ。また縫ってきてあげるから」


 彼女に破れた服を渡す。

 こうして裁縫をお願いするのは、もう何度目だろう。

 いつも迷惑かけて申し訳ない。

 ほんと持つべきものは友だちだなぁ。


「いつもありがとう。……あ、そうだ! お礼をさせくれないかな?」

「い、いいわよ。礼なんて」

「そうはいかないよ! いっつもコロナにはこうしてお世話になってるし、なにかお礼をさせてよ!」


 力強く言い切ると、彼女は挙動不審になって斜め下に目を伏せた。

 ちょっと顔が赤い。

 今度は顔をあげて、キョロキョロと視線を部屋中に彷徨わせている。

 そんな彼女の目に、窓際のこけし人形が映った。


「……ねえ。あれはなに?」

「あれは『こけし』っていうお人形さんだよ。わたしの大切なひとたちを、人形にして並べてるんだー」

「……大切な、ひと……」


 話を聞いたコロナは、ちょっと考え込んでいる。

 わたし、なにか変なこと言ったかな?


「それよりコロナ! お礼だよ、お礼! なにがいい?」

「そ、そう……? そこまでいうなら……」


 彼女はコホンと咳払いをした。

 もそもそと唇を動かして、消え入りそうな声で話しはじめる。


「……そ、それなら、あたしの人形も……、つ、作ってもらおうかしら?」

「ほえ……? そんなことでいいの?」

「い、いいの! 出来上がったらわたしの人形も、ちゃんと窓際に並べるのよ!」


 思わず首をひねる。

 そんなことが、お礼になるんだろうか?

 まったく変なコロナだ。


 でも彼女がそれで満足だというのなら、言う通りにしよう。

 わたしはそのお願いを、こころよく承った。

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