第17話 たまにはイタズラも楽しい

「ふぅ……。これで完了っと」


 脇腹に残る生々しい傷跡に、薬を塗って包帯を巻く。


 どちらもコロナがくれたものだ。

 なんだかまた必ず会いにこいと言っていたし、今度お礼がてら、川魚でも持って行ってあげよう。


「これで、治るといいんだけど……」


 荒かった呼吸こそ落ち着いてきたものの、依然として熱は高いままだ。

 ワイバーンも開け放った窓から、心配そうに彼をみている。


「……しっかし、いい男だなぁ」


 ベッドの縁にぽすんと腰を掛けて、繁々と男のひとを眺める。


 力強く整った眉。

 真っ直ぐに通った鼻筋に、キュッと結ばれた唇。

 きっと瞳だって、開けば意思の強さを感じさせてくれるに違いない。


 もろにわたしの、好みのタイプだ。

 経理のお局様が夢中だった、田中……た、たっくんだっけ?

 そんななんとかいう優男とは、雲泥の差である。


 額に掛かった彼の短い青髪を、すっと指で払う。


「……どんな声をしてるんだろう」


 想像を膨らませる。

 きっとこの唇が紡ぎ出す音は、魅惑的なバリトンボイスだぞ。

 響きが、胸にまで届いてきそうなやつ。


 そんな勝手な想像をして楽しむ。


「はぁ。お話してみたいなぁ……」


 でもそれは無理だ。

 わたしの容姿は黒髪黒瞳。

 このひとだって見たら驚いて、わたしのことを魔女だって罵るかもしれない。


「でも、熱が収まって、目を覚ましたあとはどうしよう……」


 考えてみても、良い対応の仕方は思い浮かばない。

 わたしはそのことを、一旦棚上げすることにした。




 ブレスを吐いて温めたお湯で、今日も彼の体を拭う。

 手拭いをギュッと絞って、丹念に。


 ようやく熱も引いてきた気がする。

 眉間に皺を寄せていた眉も、心なしか穏やかだ。


「ふんふんふーん。……さ、脇を拭きましょうねー」


 筋肉質な腕をぐっと持ち上げて、脇から脇腹を拭いていく。

 反対サイドに回って、こっち側も丁寧に。


「おっとー! 指が滑っちゃったー!」


 ツンっと胸をついてみる。

 彼が反応してピクッと動いた。

 なんか難しげに眉を歪めている。

 ちょっと可愛い。


「おおっと、また指が滑っちゃったー!」


 楽しくてつい調子に乗ってしまう。

 わたしがツンツンする度に、彼はこそばゆそうに顔をしかめた。




 静かにドラゴンイヤーを澄ませて、川魚を捕る。

 もう20匹近くも捕まえただろうか。


 鮎にニジマスにヤマメにイワナ。

 全部後ろに(?)がつくけれども、どれも美味しい魚である。


「さ、こんなものかしらねー」


 たくさん捕っているのには、理由がある。

 ワイバーンのあの子が、とっても大食らいなのだ。


 魚籠(さかなかご)にとれた獲物をいれた。

 お家に帰ると、ワイバーンが「ギャアギャア」と鳴いてわたしを迎える。

 賢いこの子は、わたしがたったいま、ご飯を持って帰ってきたことを理解しているのだ。


「はいはい、ただいまー。そんなに騒がなくても、ご飯はちゃんとあげますからねー」


 籠からイワナを一匹、取り出して与える。

 それを丸のみしたワイバーンは、次から次へとご飯を催促してくる。


「ふふ。そんな慌てないの」


 苦笑しながら魚を与えていると、うろの家の扉が、ガタッと鳴った。


「はぅわぁ!?」


 な、なんだ!?

 とっさにワイバーンの背中に隠れる。

 それと同時に扉が完全に開かれた。


「……ハービストン。良かった。お前も無事か……」


 彼だ!?

 お家から彼が出てきた!


 想像したものよりも少し低い声。

 でもよく響いて通りが良い。

 ぶっちゃけてしまうと、なんか男性的なエロさを感じる声だ。


 眼差しだって、思った通り凛としている。

 でも捉えようによっては、少し気難しく見えるかも……。


「ここはどこなんだ……」


 彼は辺りを見回している。

 まだ目が覚めたばかりなんだろう。

 ぼうっとした感じが伝わってくる。


「森のなか……。だが、ひとが住んでいるようだな。……俺は、誰かに助けられたのか?」


 考え込む仕草を見せていた彼が、こちらを向いた。

 まぁ『こちら』と言ってもわたしではなく、このワイバーンを見ているんだろうけど。


「……なぁハービストン。一体どうなっているんだろうな?」

「ギュア!」


 そうか。

 この子の名前はハービストンって言うのか。


 悠長に構えていると、彼がこちらに向けて歩きだした。

 力が入らないのか。

 少し頼りなさげな足取りである。


(や、やばい! こここ、こっちこないで……!)


 彼が近づいてくる。

 心臓がドキドキしてきた。

 でもこの鼓動は、わたしがイケメン慣れしていないとか、そんなのが理由じゃない。


(見られちゃう! 黒髪と黒瞳を、見られちゃう!)


 不安が脳裏を掠めた。

 彼に魔女と罵られる、一瞬先のそんな未来。


(いや、いや、いや! そんなのいやよ!)


 ワイバーンに隠れながら、激しくかぶりを振る。

 それと同時にわたしの体が、白く、大きく膨れ上がっていく。


 気付けばわたしは竜化してしまっていた。

 眼下に見下ろした彼は、驚きの表情でわたしを見上げていた。

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