第16話 ツンデレコロナ

 村へとやってきた。


 遠くの茂みに隠れて、開け放たれた窓から村長宅を盗み見る。

 こういうとき、望遠できるドラゴンアイは便利である。


「……ちっ、のんびりしてるわねぇ」


 いまは午前だ。

 村の各所を眺めてみると、みんな汗水垂らしながら、あくせくと働いている。

 だというのに村長は、自宅でのんびりとお茶をすすっていた。


「さっさと働きに出ればいいのに……」


 口に出して毒づく。

 そしてはやく、お家を留守にしてください。




「そういえば、コロナの姿が見えないわね」


 この時間、いつもならあの子は農作業をしている。


「ま、どうでもいいか」


 気を切り替えて、村長宅の見張りを続ける。

 太陽が空の天辺までのぼり、村のみんなは仕事の手を止めた。

 いまからお昼どきだ。


 村長も年配の女性と一緒にご飯を食べている。

 あのひとが奥さんだろうか。


「……結構いいもの食べてるわね」


 つやつやのお米(?)に、お肉と野菜の入ったスープ。

 午前中、のんびりしていただけの穀潰しの分際で、あんな美味しそうなの食べやがって。


 わたしが村にいた頃は、一日中農作業をさせられていたのに、食事はお湯でふやかしたご飯にクズ野菜のスープだけだったんだぞ!


 ふつふつと怒りが湧いてくる。

 またひとつ、薬を無断で拝借することに対する罪悪感が薄れた。




 お昼の食休みを終えて、ようやく村長が動き出した。

 まったく、ゆったりとして優雅な1日ですこと。

 彼が家を空けるのを待つ。


「……ぃよし。……行ったわ」


 気配を殺して、そろりそろりと近付いていく。

 抜き足、差し足、忍び足。

 村長宅の玄関にはりつき、扉越しに聞き耳を立てた。


 ……大丈夫だ。

 物音は聞こえない。


 慎重に扉をあけて、サッとなかに滑り込んだ。


「……誰も、いないわね」


 手早く物色を開始する。

 とは言え探す場所はあまりない。

 村長のお宅とはいっても質素なものだ。


 ちょっとした棚と、いくつかある壺。

 あとは簡素なタンスを探せば、もうそれで全部である。


「……おかしい。……薬がないわよ?」


 当てが外れたか?

 いやもしかすると、大事なものは床下なんかに隠しているのかもしれない。


 両手をドラゴンハンドに変えて、鉤爪を床板に引っ掛けた。

 そのとき――


「……なにやってんのよ、あんた?」


 声のほうに顔を向ける。

 コロナだ!

 またコロナに見つかってしまった。


 慌てて逃げようとする。

 でも玄関は彼女に塞がれているし、窓は飛び出すには小さ過ぎる。


 仕方がない。

 ここは屋根を吹き飛ばして――


「落ち着きなさい! いいから落ち着け!」


 一喝された。

 背筋を伸ばしてピンとする。


「……ほら、深呼吸しなさいよ。吸ってー、吐いてー」


 コクコクと頷いた。

 彼女の声に合わせて大きく息をする毎に、気持ちが落ち着いてくる。


「落ち着いた? ならそこに座りなさい」


 わたしは促されるまま、その場に正座した。




「……それで、なにをしていたのよ?」


 押し黙ったまま応えない。

 ちなみにドラゴンハンドはもう元に戻してある。

 まぁコロナには、バッチリ目撃されてしまったあとだけれど。

 ドラゴンウィングに続いて、これで2度目だ。


 しばらく黙っていると、彼女が深くため息を吐いた。


「はぁぁ……。前にも言ったでしょ。誰にも言いやしないわよ」

「…………本当に?」

「疑り深いわねぇ、あんた。……本当よ」


 そうは言っても怖いものは怖い。

 密告されて、騙し討ちみたいに兵隊さんがたくさんやってきたらどうしよう。

 そんなことを想像して、震えてしまう。


「……でも。……魔女なんでしょ、わたし?」

「違うわよ」

「ど、どうして?」

「……あたし、本物の魔女を見たのよ。黒の魔女はあんたみたいに、チンチクリンじゃなかったわ」


 チ、チンチクリン!?

 また酷いことを言われた。

 そりゃあわたしは、容姿だって地味だけど……。


「それよりあんた。いまどこで暮らしてるの?」


 教えても大丈夫なんだろうか。

 上目遣いにコロナを見る。

 特にわたしを騙そうとか、そんな雰囲気は感じない。

 むしろ、心配してくれているような……。


「も、森……。森に、住んで、……ます」

「森って…………魔の森!?」


 なにやら驚かれた。

 でもそこは違うと思う。

 だってわたしの暮らしている森は、自然の恵みが豊かな住みやすい森だ。

 おっきな獣はいるけど、精々その程度である。


「ち、違うと思うよ? 結構いい森だし」

「……そう? ならいいんだけど」


 そういえば……。

 午前中はコロナの姿が見えなかったことを思いだして、尋ねてみた。


「あたし? あたしは隣村と交易に行ってきたのよ。穀物を渡して毛皮なんかをもらうの。荷馬車に積んであるわよ?」

「へえ……。そうなんだ……」


 色んなことをやってるんだなぁ。

 なんだか世界の広がりを感じてしまう。


「それよりも、あんたのことよ。……あんた、うちでなにをしてたの?」


 話しても大丈夫だろうか?

 いずれにせよ、薬は欲しい。


(それに……。もしかすると……)


 コロナを通じてわたしも、この世界と繋がることが出来るかもしれない。


「……お薬が欲しいの」

「薬ね……。どういうこと? そういえば聞こうと思っていたんだけど、……あんた、名前は?」

「……上坂、あさひ……です。……実は――」


 彼女に説明をする。

 森で傷ついたイケメンを拾ったこと。

 その彼の熱が引かないから、薬が欲しいのだということ。


 ひと通り話を聞いてから、コロナは頷いた。


「……わかったわ。薬は貯蔵庫にあるから、取ってきてあげる」

「ほ、本当に!? ありが――」

「ただし!」


 彼女がわたしの言葉を遮った。

 見れば少し、顔を赤くしているように思える。


「ただし! 薬をあげる代わりに、……ア、アサヒ、あんた、あたしの友だ……話し相手になりなさいよね!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る