第13話 映研の活動について

「簡潔に説明するわね。映像作品を撮って、それを販売するわ」

放課後、映研部員全員の前で、望月先輩が本当に簡潔すぎて、

まったく意味が分からない話を披露した。


「部長、その説明じゃ分かりませんよ。ソースは俺」

浦部先輩は苦笑交じりで、更なる説明を要求した。俺たち後輩一同も、

その言葉に深く頷いて見せた。


「あら、分かりづらかったかしら?そうね……部費調達の一環として、

自主映像作品を作成し、それを生徒に販売すると言えば、理解できる?」

望月先輩は、なぜ分からないの?的な不思議な顔をしつつも、

より詳しく説明をしてくれた。


「部費調達って……部長、また無駄遣いしましたね」

「その言い方はナンセンスよ、浦部君。あなただってこの前の鑑賞会、

楽しんでいたじゃない。つまり同罪よ」


浦部先輩の追及を、不敵な笑みとともに一蹴すると、望月先輩はなおも、

説明を続けた。

「顧問の丸山先生のもあって、部としては、存続できている

けれど、実績がないから、部費は雀の涙程度しか頂けないのよね」

丸山先生の幽霊部員勧誘の謎が解けたところで、河江がピーンっと手を上げ、

口を開いた。


「説明は大体分かりましたけど……学校にダメって言われませんか?

生徒に販売って」

俺もそうだが、シキと浦部先輩も同意見らしく、うんうんと頷いている。

「そこは大丈夫よ。すでに丸山先生だけでなく、校長にも許可を頂いているわ」

「……何をしたんですか?」


昼休みに聞いた近藤の話もあって、どうやって学校側を説得したのかが、

どうしても気になってしまった。まさか、脅迫とかしてないよな?

「各部活の活動風景などを高校時代の思い出集として記録。

それらを生徒に販売することで、こうした活動を今後も継続するための部費

に充てたいという趣旨をお話したら、あっさり許可して頂いたわよ」


「はぁっ……そうですか」

変なことは言っていないし、これだけ流暢かつ真剣な面持ちで説明されれば、

許可を貰えても不思議ではない。実際、俺自身も今の説明で納得させられた。


「……そんなの誰も買わない」

今まで、沈黙していたシキが口を開いた。まぁたしかに、学生レベルの作品を、

わざわざ金を払って買ってくれるほど、高校生の懐事情はそう甘くはない。

「倉石さんの言う通り、普通に作ったらほとんど売れないでしょうね。

誰も学生の作った、自己満足型オナニー作品などには、お金は出さないわ」

サラッとすごいこと言ったね、この人。


「だから、作品の作り方には工夫が必要なのよ。独りよがりでなく、

相手にも気持ちよくなってもらえるような、工夫がね」

そう言って望月先輩は、人差し指で唇を軽くなぞると、妖艶な微笑みを浮かべた。

「部長……ヤバいのはもう勘弁っすよ」

「大丈夫よ、私を信じなさい」


狼狽える浦部先輩にそう言い聞かすと、望月先輩は立ち上がり、部室にある

ロッカーの前で足を止めた。

「それでは、ファッションショーを始めましょうか。まずは女性陣から」

そのままロッカーの扉を開いて、望月先輩は振り返ると、ニタッと嫌らしい

笑みを浮かべているのが分かり、本能的に嫌な予感が、頭をよぎった。





部室の外で待機を命じられた俺と浦部先輩は、部室の向かい側にある窓から顔を出し、ボケーっと外を眺めながら無駄話をしていた。話の9割は、浦部先輩の望月先輩に対する愚痴が占めており、この人も苦労してんなと思いながら、聞いていた。

「お待たせしたわね」


声がしたので振り向くと、望月先輩がそこにいたのだが、服装がどう見ても、紺色の

スクール水着だった。出る所は出て、引っ込むところは引っ込んでいるという表現がピッタリなプロポーションをしており、思わずアイドルを画面越しで見ている感覚になってしまい、黙ってジーっと見つめてしまった。


「二人の反応を見て、成功を確信できたわ。ありがとう」

その言葉を聞いて隣の浦部先輩を見ると、俺と同じようにジーっと水着姿の望月先輩を見つめたまま、ピクリともしなかった。


「……状況が理解できないんですが。なぜに水着?」

「それは部室の中で説明するわ」

望月先輩はそう言い残し、俺たちに背を向けると、ポニーテールをゆらゆらと揺らしながら、部室の中へと入っていくので、浦部先輩の肩を、2回強めに叩いて正気に戻しつつ、二人で後を追った。


「なんなんすか、これ?」

部室に入って、目に飛び込んできたのは、黄色を主体とした、胸の部分に

TOYOKURAとプリントされたユニフォームを着る、チアリーダー姿の河江と、

黒と白を基調としたゴシックメイドドレスを身に纏った、シキの姿だった。

これに、水着姿の望月先輩が加わって、部室内はまさにコスプレ会場と化していた。


「洋くん、あまりこっち見ちゃダメだよ!」

へそ出しルックによって見える柔肌を、必死に両手で隠しつつ、河江は顔を真っ赤

にしながら、強めな口調で俺に言い聞かせる。それをされると、次は、立体的に

張り出したTOYOKURAって文字に目が行っちゃうんだけど……


「衣装かわいい」

河江とは対照的に、シキは衣装が気に入ったのか、頭につけた白色のヘッドドレス

を両手で触りつつ、頬を緩ませているのが見て分かった。

俺の視線に気づくと、膝丈のスカートの端を右手でそっと摘まみ上げ、

その場で数回、ふわっと回ってみせると、ピンクのリボンで纏めた長い黒髪が

軽く宙を舞った。


「これがよ」

「工夫って、コスプレすることがですか?」

「そうよ。映研が誇る美女三名が、各部活の衣装に身を包んで、活動紹介

をする作品を撮るわ。もちろん、サービスショット多めでね」

サラッと自分を美少女だと言う辺りが、さすがだなと感じつつ、ようやく、

望月先輩の狙いが分かってきた。つまり――


「要は、グラビアアイドルのイメージビデオみたいな感じっすか」

俺の思っていたことを、浦部先輩が代弁してくれた。

「浦部君大正解。ちなみに女性向けは、あなたが主役よ。女子生徒の

間で密かに人気らしいわね、あなた」

たしかに、長身細身な浦部先輩は、男の俺から見ても、十分イケメンの

部類に入る。あれ、もしかして、俺がこの部活の顔面偏差値を下げてます?


「高桐君も、草食系で奥手な感じが一部には受けると思うけれど、

そうするとカメラマンがいなくなってしまうから……今回は、ごめんなさいね」

やる気など毛頭なかったが、なんか謝られるとグサッとくるよね、心に。

「えっと……二人はいいの?」

この企画に反対ってわけではないが、このままだと、なし崩し的にやる方向で

話が纏まりそうだったので、とりあえず、他の人の意見を聞きたかった。


「バッチグー」

「シキが乗り気なのは伝わった。河江は?」

「大丈夫……私ならやれる……私ならやれる……私ならやれるはず」

うつ向いたまま、まるで自分に言い聞かせるように、同じセリフを繰り返す

河江が、正直心配でしょうがない。何か弱みでも握られたのか……


「二人ともすっかりやる気みたいで、私もうれしいわ。浦部君もいいわよね?」

「抵抗は無意味っすよね……分かりましたよ」

「ふふっ、ありがとう。合理的な判断ができる人って魅力的よ?」

そして今、「さぁっ、残ったのはあなただけよ?」とでも言いたげな表情で、

望月先輩は、俺を見つめている。


「……カメラマンなんてやったことないですよ」

「撮影に使うのは、あくまで一般的なビデオカメラ。撮り方も、こちらで

指示を出すから、あなたが心配することは何もないわよ。他に気になる点は

あるかしら?」

「……ないです」

「では、全員賛成ということね。大まかな準備は私がやっておくから、

そうね……二日後に撮影を開始しましょうか」


望月先輩は満足げにそう言うと、次は、浦部先輩との衣装の打ち合わせに

さっそく取り掛かっていた。

「ホントに大丈夫か?」

どう見ても、無理をしているように思えたので、河江にだけ聞こえるような

ヒソヒソ声で、改めて意思の確認を行った。


「洋くんは反対なの、この企画?」

未だに顔を伏せてたまま、河江が俺に問いかけてきた。

「反対っていうか、やりたくないって言いだせないのかなと思っただけ」

「そうなんだ……ねぇ、この衣装、似合ってるかな?」

「そりゃ、まぁ……いいんじゃないの」


ぶっちゃけ、めちゃくちゃ可愛い。それに、ほどよく肉のついた体は、

どこか健康的なエロスさえ感じさせる。まぁ、本人にそれを伝えた場合、

間違いなくドン引きされるので、絶対に口には出さないが。


「そっか……そっか!あははっ、じゃあ、頑張るね!」

ようやく河江は顔を上げると、満面の笑みで床に置かれたポンポンを手にし、

上下にぴょんぴょん飛び跳ねた。健全な男子としては、ポンポンではなく

ボインボインに目が行ってしまったのは、言うまでもない。


とりあえず、ここにいると変な妄想をしそうなので、一旦その場を離れ、

部室のソファに座り込んだ。ここでちょっと頭を冷やそう。

「ご主人様……何を飲まれますか?」

そんな俺に、シキが背後から声を掛けてきたので、彼女に顔を向けた。


「ご主人様って……そもそもそんな格好をする部活なんてないだろ」

「料理研究部」

「竹宮が入ってる部活か。そんな衣装で料理してんの?」

「これはイメージ……かわいい?」


一日に複数の異性から衣装の感想を求められるって、これなんてギャルゲ?と

思いつつ、ゴシックメイドドレスを身に纏ったシキを観察した。

衣装の影響なのか、シキは普段より数段大人びて見え、メイドというよりは、

異国のお嬢様といった印象を受けた。


「なんつーか、その……似合ってんじゃないか」

恥ずかしさを堪えつつ、素直に思った感想を伝えると、シキは無表情のまま、

しゃがみ込み、そのままソファの後ろに隠れてしまった。


「おーい、大丈夫かー」

とりあえず、声を掛けても反応がないため、ソファに身を乗り出して、後ろを確認

しようとすると、ちょうど起き上がろうとしたシキと、至近距離で向かい合う形に

なってしまった。


「ごっ、ごめん!」

思わぬ展開にドキッとして、急いで顔を横に向けると、そのまま勢いよく謝罪した。

「謝らなくていい」

そんな俺に向かって、シキは耳元でそうささやいた。彼女の優しい声色と

耳元をくすぐる甘い吐息に思わず、鼓動が速まる。


「似合ってるって言われて……うれしい」

若干距離を空けながら、ゆっくりとシキに向きなおると、頬を赤く染めながら、

はにかんだ笑顔を浮かべていた。

「どっ、どういたしまして?」

なんだこの返答……キョどりすぎだろ、俺。


「……では、浦部君の衣装は手配しておくわね。さぁ、話もまとまったし、

そろそろ着替えましょうか。申し訳ないけど、男性陣は退出して頂けるかしら?」

「じゃあ、高桐後輩。外で待ってる間に、ビデオカメラの使い方を教えとく」


先ほどは、割と嫌々ながら出演を了承したはずの浦部先輩が、今はハイテンション

で俺に肩に手を回してきている。こいつ絶対、買収されただろ……

「高桐君、ちょっといい?」

ちょうど部室の外に出た辺りで、望月先輩に呼び止められた。てか、もう水着姿

に違和感を感じなくなっている現実が怖い。


「何ですか?」

「ビデオカメラの使い方もそうだけど、相手を魅力的に見せる撮り方も、自分なりに

研究しておいてくれるかしら。教材は……男の子なら色々あるでしょ?」

望月先輩は、恐ろしくいい笑顔を見せたのち、ゆっくりと部室の扉を閉めた。


「出演しなくていいから、カメラマンのほうが、まだマシとか思ってたろ」

「ぶっちゃけ、ラッキーって思ってました……」

「はははっ、カメラマンのほうがおそらくキツいから覚悟しとけ。ソースは俺」

浦部先輩はそう言うと、俺の背中を勢いよく叩いた。

とりあえず、撮影モードのある3Dギャルゲで腕と感性でも磨いておくか……












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