第10話 二人の幼馴染とのデート(疑似)②

「ねぇねぇ、洋くん。これとこれ、どっちが好み?」

河江が、俺の前に出してきたのは、ピンク色と黒色のノースリーブの服だった。

女の子のファッション知識を、全てギャルゲーで補っている俺にとっては、

デザインが似ているということと、色が違うぐらいしか分からない。

いや、あのキャラがこんな服着てたな、という感想はあるよ?

でも、それによって、ファッションセンスが、身につくわけではない。


「ピンクのほうが似合いそう」

なので、とりあえず自分が似合ってると思ったほうを、素直に答えた。

「ホント!じゃあ、ちょっと試着してみるね」

河江が嬉しそうにしているので、どうやら選択肢は、間違えていないみたいだ。

何でリアルって、好感度が見えないんだろ。


「どっち」

次はシキが、白色とベージュ色の女性用のゆったりしたTシャツを、俺の

目の前に、突き出してきた。

「お前もか……ベージュのほうがいいんじゃね?」

「着てくる」

シキはそう言うと、表情一つ変えずに、試着室に向かった。いや、今ちょこっと

だけスキップしてたね。


二人が試着室に入ったのを見て、一度大きく深呼吸をした。

今、この二人と疑似デートのような体験ができているわけだが、自分自身をどれだけ

過大評価してあげたとしても、この二人と自分は、到底、釣り合わない。

ショッピングモール内で、デートを楽しむカップル連れを見るたびに、改めてそう、

感じてしまった。

それに、変に勘違いをして、今の関係がギクシャクするよりも、このままの

関係性でいられたほうが、ずっといい。


とりあえず、今日の目標は、万が一にでも、本当に彼女ができた場合に備え、

デートの予行演習をしておくことだ。ギャルゲーでは、選択肢や好感度を教えて

くれる友人キャラが標準オプションとしてついてくるが、リアルはそう甘くはない。

失敗しないためには準備だ大切だと、『なりたい自分になる!』やら

『絶対内定!受かる面接!』みたいなタイトルの本にも書いてある――読んだこと

ないけど。


「洋くん、洋くん!こっち来て!」

あんまり、大声出さないでくれ。てか、一人が着替えるなら、もう一人は俺と

残れよ!何あいつ……キモッって思われるだろ!もし本当に、言われでもしたら、

俺の視界が、そのままフェードアウトしちゃうよ?バッドエンドのルート回収は、

リアルでは必要ないんだよ?

そんな思いを悶々と抱きながら、俺は早足で、試着室のある方向へと歩き出した。

幸い、周りから罵倒や辛辣な言葉は、飛んでこなかったが、クスクスとした

笑い声が、店内の数か所から、聞こえてきた気がした。


試着室の前に着くと、横並びで、カーテンが二つ閉まった個室を見つけた。

他は全て、カーテンが開いたままなので、状況から察するに、河江とシキが

この中にいると考えるのが妥当だ……だよね?カーテンが開いたら、知らない人

がいて、キャーッ!!って叫ばれて、警察に通報されて、それで高校退学になって、

ラストは、生涯孤独に余生を終えましたルートに入ってないよね?

「洋くん、いるー?」

カーテンの閉まった右側の個室から、河江の声がした。良かった、俺の人生の

シナリオライターは、鬱展開好きの鬼畜野郎じゃないみたいだ。


「……いるよ」

とりあえず、カーテンの後ろにいるであろう河江に、そう声をかけた。

にしても、衣擦れの音や、人の気配を感じさせる物音が、微かに聞こえるたびに、

胸がドキッとしてしまい、どうにも落ち着かない。

どうにか、変な妄想を膨らませないようにと、頭の中で一人しりとりを始めようとした瞬間、右側のカーテンがシャーッ!という音とともに開くと、一拍置いて、

もう片方のカーテンも開いた。


「じゃーん、どうですかな、隊長殿?」

「感想」

人は外見で判断されると良く言うが、それは多分、間違いではないのだろう。

なぜなら、今、目の前にいる二人は、先ほどよりもずっと大人びて見えた。

かわいい、綺麗、美しい、大人っぽい――自分が感じている素直な思いが、

頭の中を駆け巡るが、それらの言葉を口にする勇気までは、今の俺にはなかった。


「普通に似合ってる」

「洋くん……このタイミングで使う言葉として、、はアウトだよ?」

「アウト」

まだ、ツーアウト。イケる、イケるよー!一発出れば、逆転で甲子園だ!

「じゃあ一言で。似合ってる」

、もアウトだよ」

「アウト」


ゲームセット。俺たちの夏が今、終わったぜ……後、アウトカウントが一つ多い、

誤審だ、誤審!主審はどこにいる!

「でも気持ちは、伝わりました。褒めてくれて、ありがと」

「及第点」

そう言って、表情を緩ませた二人を見て、まずは、かわいいと照れずに、

言えるようになる必要があると痛感した。





「いい服買えたね、キヨちゃん」

「うん。鈴ちゃんのも、かわいかった」

相変わらず、ゆりゆりしてますね~お二人とも。

仲良く、手を繋いで歩く二人の隣を、少しだけ距離を空けて、俺も歩いている。

ちなみに、俺の両手には、先ほどのアパレルショップのロゴの入った

紙袋が握られている。なので、けして仲間外れに、されているわけではない。

まぁ、本当に手を繋ごうって言われたら、それはそれで、対応に困るが……


「やっぱり自分で持つよ、洋くん」

「いや、いい。逆に持ってないと、周りの目線が怖い」

「気にしすぎだよー」

いやいや、荷物持ち要員仕事しろよって周囲は思うよ?世間の目は厳しいよ?

「いい心がけ」

シキの紙袋は、後でどっかに捨てとくかー。


「あっ、ここちょっと見てもいい?」

河江が指差したのは、目の前にある雑貨屋だった。

「うん、いこ」

シキがそう答えたのを見て、俺も頷いた。

「ありがと!こういうお店好きなんだ」

河江はそう言うと、鼻歌交じりに店の中へ入っていき、俺とシキも、それに続いた。


雑貨屋の店内は、かなりごちゃごちゃしており、所狭しと商品が並んでいた。

両手に持った荷物をぶつけぬよう、気を付けながら周りの雑貨を見て回っていると、

木彫りの写真立てが目に入り、ふと昨日見つけた、写真のことを思い出した。

ちょっと話を聞いてみるかと思い、店内を見渡すと、壁際の棚に飾られた小物類を

見ている河江を発見したので、そちらに向けて、歩を進めた。


「河江、ちょっといい?」

「何、洋くん?」

俺が声を掛けると、河江は商品の小物を手にしたまま、顔だけをこちらに向けた。

「あのさ、公園で見せてもらった写真の件なんだけど」

「うん」

「暗号ってやつさ……赤丸や赤線を引いただけの、本当はただの落書きでした、

ってオチじゃないよな?」

「ううん、あの写真に書いたものにはちゃんと意味があるよ」

じゃあ、当時の俺が、書いた落書きって説は消滅したわけだな。


「暗号ってやつが、未だに分からなくてさ……なんかヒントないの?」

俺がそう言うと、河江は手にした小物を一度棚に戻し、口元に人差し指を

立てながら、こうささやいた。

「ヒミツ。あとキヨちゃんに公園の件、言っちゃダメだよ」

「公園の件って……シキに写真のことを聞くなってこと?」

「そう!あと宝物を見つけたことも!うんとね、三人でまた集まる時に見せて、

驚かせたいの。だから、ねっ?」

潤んだ瞳で、河江がそうお願いをしてきたので、俺は黙って頷いた。

どうやら、ヒントはもらえないらしいので、自力で解くしかないらしい。





雑貨屋を後にした俺たちは、そろそろ昼食を取ることし、河江がここにしようと

提案してきた、ビュッフェ形式のレストラン内にいた。

全員の好みを調整するより、和洋中、各ジャンルの料理が、色々と食べられる

お店を事前に調べてあげ、サラッと提案してくる。河江さん、恐ろしい子……

荷物番のため、俺がまずは、席に残ることを申し出たため、現在は、河江とシキ

が料理を取りに行っていた。

あっ、ちょうど戻ってきたな……えっ、何あれ


「えっと……フードファイターでも目指してるのか?」

「普通の量」

「いやいやいや、どこかだよ!」

シキが持ってきたプレートの真ん中には、まず山盛りのナポリタンが、

中央にドーンと鎮座していた。

この時点で、プレートについてる仕切りが、すでに機能していない。


さらに、ナポリタンの周囲を囲むように、コロッケ、エビフライ、唐揚げ、トンカツの揚げ物四銃士が、分厚い壁を形成していた。

種類だけなら4バックだが、数だと20バックはいそうな勢いだ。

正直、見ているだけで、胸やけがしてきた。

「これ全部食べれんの?」

「余裕。おかわりもする」

成人男性1日分のカロリーを、昼だけで摂取する気か……


ただ、問題はこいつだけじゃない。

「河江。お前も何だそれ?」

「えっ、私は普通でしょ」

「ああ、にアウトだよ」

河江のプレートは、仕切りをしっかりと活用し、量も至って普通だ。

問題は、その中身だ。肉、野菜、麺といった全ての料理が――赤い。


「なんでそんなに赤一色なんだよ。赤鯉ファンか」

「だって辛いもの、好きなんだもん」

「いや、好きにも限度ってもんがあるだろ……」

「洋くん、なんか小姑さんみたい。ね、キヨちゃん?」

「うん。うるさい」

あれ?俺、おかしくないよね?普通だよね?あれ、普通ってなんだけ……?

この二人といると、俺の中のという概念が、ゲシュタルト崩壊

を起こすことが、よく分かった。






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