第8話 見つけた写真と謎の落書き

「私今日、お風呂に入らない……」

女の子として河江さん、それはどうなの?とは思いつつも、あんな怖いもん

見せられた後じゃ、仕方ないっちゃ仕方ない。

「俺も風呂の鏡が怖くなった。特に、髪洗う時に目をつぶるのが」

「洋くん、ストップ、ストップ!思い出しちゃう!」

「二人とも、大げさ」

「キヨちゃん、ずっと意識飛んでたじゃん!見てないじゃん!」


ああいったたぐいのものには、割と耐性があると思っていたが、それが今日、

勘違いだと気づけた。ぶっちゃけ、夜中に一人でトイレに行けるのかも怪しい。

映研での歓迎会兼鑑賞会から、ようやく解放された俺たちは、三人で帰宅の

帰宅の途についており、今は電車内に三人横並びで座っていた。

窓から入り込む光は、すでに暖色に彩られており、徐々に、日が沈み行くのが

分かった。こんな時間まで、学校に残っていたのなんて、いつぶりだろうか。


「きれい……」

ふと、恍惚こうこつに満ちたシキの声がした。目線は、車窓に流れる風景。

たしかに、水色の空を、強烈な太陽の篝火かがりびが、下から照らし出す情景は、なぜだか切なく、どこか懐かしい。

「ホントだね」

河江もそう言って、穏やかな瞳で、車窓の外に広がる風景を、じっと見つめていた。

俺は外をもう見ていない。目に映るのは、赤焼けに染まる二人の女子――幼馴染。

なぜだか、この二人といると落ち着く。恐れていた沈黙の間も、この二人とで

あれば、静かな安らぎに変わっていた。

「ほんと……きれいだ」

この関係がずっと続けばいい。心の底から、そう思った。





「じゃあな」

「バイバーイ、また後で連絡するね」

「待ってる」

場所は自宅最寄り駅の駅前。お互いに別れの挨拶を交えると、

シキだけ、俺たちとは反対方向に歩いていった。

小学校が一緒であれば、同じ学区内であるのは、当然といえばそうなのだが、

よく今まで、遭遇しなかったな……いや、仮に会ってたとしても、俺がそれに

気づいてないのか。

「久しぶりの再会だろうに、もうすっかり仲いいのな。昔からそうだっけ?」

二人っきりで話す機会など、そうそうないので、過去を思い出すヒントを

得るべく、俺は少しだけ、踏み込んだ質問をした。シキは口数が多いタイプ

ではないので、聞くなら河江がいい。


「だって幼稚園からずっと一緒だもん。やすしろ幼稚園」

「俺、ゆたかた幼稚園だし」

「へぇー、知らなーい」

とりあえず、小学校からの付き合いってことが分かった。

「そういや、昔よく三人で遊んだ場所ってなんて名前だっけ?

この前行った公園じゃなくてさ」

「うーん、なんだろ?私の家以外で?」

「当たり前だろ」

俺、女の子の家に招待されたことがあるのか……俺の記憶よ、そこは覚えとけよ。


「あっ!もしかして鳥渡とっと川のこと?自転車でよく行った?」

「そうそう、鳥渡川だよ、鳥渡川」

「洋くんがザリガニで、私とキヨちゃんを追っかけ回したよね」

「記憶にございません」

本当です。でもなんか、昔の自分がすみませんでした。


「また三人でどこか行きたいね」

「そうだな」

「……じゃあ、明日洋くんも来てくれる?」

「何に?」

「デート」


隣を歩いていた河江が、一生懸命背伸びをしながら、俺の耳元でそうささやいた。

「……へぇっ?」

俺がほうけた声を出すと、河江は、続けざまにもう一言、囁いた。

「キヨちゃんもいるけど」

今女の子に、純情を弄ばれました。おいっ、そこの悪女、笑うな!

「明日、土曜日でしょ?だからキヨちゃんとお出かけ」

「……絶対に行かん」

「拒否は受け付けませーん!」

河江は、なおも笑いながらそう言うと、そのまま家の門扉まで走っていた。

気づけば、すでに河江の家の前だった。


「ねぇ……」

門扉に手を掛けながら、河江がつぶやくような、声を洩らした。

「二人きりが良かった?」

落ち着いた静かな声音が、本気なのか、冗談なのか。その判断を惑わせる。

俺にちょうど、背中を向けている状況では、どんな表情なのかも分からない。

「……あんま、からかうと、明日マジで行かねーぞ」

俺の中では、まだ二日間の付き合いしかない河江に対しては、

これが俺のできる、最大限の返事だった。


「ふふふっ、次は騙されませんでしたね」

振り返った河江は、ニヤニヤした顔で、そう言ってきた。セーフ。

どうやら、勘違い野郎にならずに済んだ。

「じゃあ、明日!10時に駅前で待ち合わせね。寝坊しちゃダメだよ?」

「お前が言うな」

「あははっ、バイバイ」

河江は軽く手を振ると、そのまま玄関へと向かっていた。





「ただいまー」

今日はなんか色々ありすぎて、ゲームやネットをやる気がまったく

起きない。一度、部屋で横になろう。

「洋平、おかえり。遅かったわね」

二階の自室に向かおうとする俺を、母さんがリビングから出てきて、呼び止めた。

「うん。部活で遅くなった」

「あんた部活入ってたの?何部?」

「映画研究部」

「へぇー、まぁ、頑張んなさい。後、お風呂洗って」

そっちが本題か。


「はいはい……あと明日出かけてくる」

「どこに?」

「買い物かな」

俺はそう言いつつ、風呂場に向かった。

「そういえば、探すよう頼まれてた昔の思い出品、倉庫から出して

あんたの部屋に置いといたからね」

「ありがと」

俺は振り向かず、感謝の気持ちだけ伝えた。





風呂を洗い終え、自室に戻ると、段ボールが3箱、置かれていた。

段ボールの側面には、マジックで書かれた洋平という文字の後ろに、

それぞれ1、2、3という番号が振られていた。

とりあえず、1から順に見ていくことにし、段ボールを開けていった。

「あっ、写真あったわ」

1つ目の段ボールを開いて、およそ2分弱で目的のものを見つけてしまったため、

正直、見つかったぁぁぁ!!みたいな反応が出来ない俺がいた。


「てか、めっちゃ落書きしてんじゃん……」

写真の状態は、公園で見たものより格段に良い。問題は、そこじゃない。

左から河江、シキ、俺が横並びで座り、それぞれピースをしている全員の

体に、赤色の丸が二つ、上下に落書きされていた。

俺たち全員、赤い雪だるまかよ。

さらに、その丸を結ぶように、線が引かれており、左から順に、河江の頭の丸、

シキの体の丸、そして俺の頭の丸につながっていた。見た目は完全にVサインだ。



「なんじゃこりゃ」

暗号と河江が言うくらいだから、何かしらの意味はあるのだと信じたいが、

今の俺には、ただの落書きにしか見えなかった。実際、当時の俺が、ただ

落書きしただけって可能性も十分考えられた。

「今度、河江にちょっと聞いてみるか」

暗号って言ってる以上、わからなくても問題ない。なので、それに関しては、

質問しやすい。


とりあえずこの件は、一旦保留にすることを決めた直後、床に置いていた

携帯が震えた。

その携帯を確認すると、シキから『明日来るの?』というチャットメッセージが

届いていた。『河江に強引に誘われた。二人っきりのほうがいいか?』と俺なりの

気遣いを入れて返信すると『来て』と言う、二文字が返ってきた。


案外、嫌われてないらしい。それに、中学のクラス会やら卒業パーティーやらに

一度も誘われたことのない人間にとっては、来てほしい、と言われるだけで、

結構嬉しかったりする。あとやっぱ、女の子からってのもいいよな。

俺が有頂天になっていたところ、またもや、携帯が震えた。

シキからの追加メッセージだ。


『お昼おごり。スイーツも。荷物持ち。疲れたらお姫様抱っこ。洋ちゃんモテモテ』

あっ、クッソムカつく顔文字も最後についてるわ。

「とりあえず風呂入るかー」

俺は、既読スルーをして、明日会った時にいう文句を考えるため、風呂場に

向かった。明日、覚えてろよ!と思いつつ、心が浮ついてるのが、自分自身でも

はっきりと認識できた。

























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