第6話 映画研究部へようこそ

ホームルームが終わり放課後になると、教室内はクラスメイトの様々な声と表情で

満たされ、俺の思考は交通渋滞を起こしつつあった。いつもはさっさと教室を

後にする俺にとっては、この情報量はあまりにも多すぎる――帰りたい~帰りたい~あったかハウスが待っている~。

それでも、必死にこの場に居続けているのには一つ理由があった。


「丸山先生フリーになったよー、いこいこっ!」

声とともに、後ろから背中を数回突かれた。犯人はすでに分かっているので、

あえて振り向くようなことはせず、俺は無言で席を立った。

べ、別にあんたの周りのクラスメイトの視線が気になるからじゃないんだからね?!

「待ってよー!」

後ろの席からガタっと音がし、タタタッという足音が後ろをついてきた。


「丸山先生」

女子生徒との会話が終わり、扉に向かって歩き始めた担任の丸山を俺は呼び止めた。

「どうした、なんか質問か~?」

間延びした話し方は癖なんだろうが、どうにもやる気がないように見えてしまう。

それが30代後半と思しき担任丸山の評価である。評価がだらしないにならないのは、短めな黒髪や顔自体は清潔感があり、スーツもパリッと着こなしているからだ。まぁ、授業中にもよく欠伸をしてるので、どっちの評価でも問題はないのかもしれないが。


「先生、先生~。洋っ、じゃなくって、高桐くんの部活って何部なんですか?」

河江は詰まりながらも丸山に質問を投じた。どうやらこちらは、自分の癖に気づいたらしい。

「高桐~?映画研究部で入部届を出しといたぞ。なんかまずかったか~?」

質問をしたのは河江だったが、丸山は不思議そうな顔をしつつも、俺に返答した。

「いえ、問題とかはないです。何部か聞いてなかっただけなんで」

俺の返答に丸山は合点がいったのか、数回控えめに頷いて見せた。

興味が湧いたなら部室に言ってみろ。総合文化棟4階の一番奥にあるから。じゃあ先生行くなぁ~?」

別れの挨拶とともに右手を数回振った後、丸山はその場を去っていった。


「じゃあ、いっちょ見学に行きますかー!」

河江はレッツゴーと言わんばかりに右手を天に突き出した。この女ノリノリである。

「はぁっ?何で?」

昨日河江に言われて何部か気になっただけで、別に本格入部したいわけじゃない。

今の人付き合いで十分すぎるほど満足しているし、これ以上交友関係を広げる気は

毛頭ない。


「行かないの……?」

拾ってくださいの箱に入った猫のような顔をするな……俺感動ものに弱いんだよ……

「……見学だけ」

「それじゃあ、出発シンコー!」

表情が哀から喜に一瞬で変わるのを見て、女ってホント怖いと思いました、まる。


「おおっ、キヨちゃん発見~!どりゃあああ――!」

教室を出ると、河江は廊下でシキを発見し、そのまま全速力で追尾し、ターゲットに命中した。効果音はドカァンッ!!ではなくユリンッ~だったが。

「苦しい」

どこが?って言いたくなるほどシキの表情は無のままだが、少し掠れた声から

判断するに、嘘ではないのだろう。


「二人して、どこ行くの?」

なおも抱きつかれたまま、シキが俺に問いかけた。

「洋くんの部活見学。映研なんだって」

俺が答える前に、河江がシキに頬ずりしながら返答した。

「……私も行く」

河江の返答から少し間を置き、シキがいつもより早口ぎみに、パーティーへの

参加申し込みをしてきた。シキがなかまになりたそうにこっちをみている。


「じゃあ三人で行きましょー!ふふっ、昔を思い出すね」

なかまにしてあげますか?に河江は、はい。を選択し、抱きついていたシキを

解放すると、左右の手でシキと俺それぞれの手を優しく握った。

「……うん」

「……ああ」

俺とシキの返事が重なった。ただ、頂いた思いはズレていると思った。





「ハァッ、あと1階」

俺は、若干息切れを起こしながらも階段を一生懸命上っていた。

なぜ山に登るのか。そこに山があるからだ。頭ではこの名言がエンドレスに流れ、

俺を鼓舞してくれている。

体育の授業以外で、よもやここまでの疲労を学校で味わうことになろうとは。

「洋くんあとちょっと!頑張れ、頑張れー!」

先を行く河江から励ましのエールが届く。嬉しくも、男としては若干、複雑だ。

3日で挫折したリングでフィットするものを明日からまた頑張ろう。今日は無理。

明日から本気出す。


「……お荷物」

せっかくのやる気スイッチをOFFにする言葉が後方より浴びせられた。

忘れかけていた疲労感を再認識しながら振り返ると、シキが階段で足を止め、

疲れた顔で俺を見ていた。呼吸は浅く、頬も若干赤みを帯びていた。

「おっ、ふぅ……お前が言うな」

疲れたら表情も変わるんだなと思いつつ、

「ほら、あとちょっとだ。お互い、頑張るぞ」

俺は、シキに右手を差し出した。


「……」

シキは数秒間、差し出された手をジッとー見つめると、スカートで手を軽く拭い、

俺の手を取った。拭いてもなお感じるシキの右手の湿りは不快ではなく、むしろ特に

意識をせずに差し出してしまった自分の手汗のほうが、どうしようもなく気になってしまった。


「おーい、お二人さーん。まだですかー?」

シキの右手を握りつつ上を見上げると、ムスッとした表情の河江が、仁王立ちで

俺をジッと睨みつけていた。河江さん、お待たせして大変申し訳ございません。

後、角度的に割と見えそうです。チラッと見えても俺悪くないよね。ねぇ?ねぇ!?


「エッチ」

右手ごと後方にグイっと引っ張られ、軽くバランスを崩すと、隣にシキが

並んでおり、俺を不機嫌そうに睨みつけながら、そうささやいた。

いやいやいやー、パっ、パンツなんて見てねーし!冤罪、冤罪、冤罪!と

昨日、飯田が発したのと同じようなセリフが頭の中を駆け巡った。

オレウソツイテナイヨ。ハミテナイヨ。


「もうー、はやくいこーよー!」

どうやら河江には気づかれていない。セーフ、セーフ。だからって、その場で

地団太を踏むのは止めなさい!!ほんとにピンクっぽいものが見えちゃってるから!!見えた喜びと見てしまった罪悪感の両方を抱えながら、残った階段をシキとともに急いで登り切った。





俺たちの通う 豊倉とよくら高校には、総合文化棟と呼ばれる4階建ての建物があり、文化系の部室はそこに全てが集約されている。部活動紹介オリエンテーションで

校長がそんな話をしていた時には、へぇーそうなんだーという感想しか抱かなかったが、今は自分なりの意見を持っている。


「遠い……」

普段授業を行っている教室棟からはかなり距離があり、文化系なのにウォームアップがあるのかよっ!!と一人ツッコミを心の中で思わず入れてしまった。

だが、なんとか目的にはたどり着けた。映画研究部――部屋の表札にそう書いてある

ので間違いなさそうだ。ただ、問題が一つある。


「入らないの?」

河江が後ろから声をかけてきた。ここで気にせず扉を開けるだけの度胸があるなら、そもそも人間関係でここまで苦労はしてないわ。

「いくじなし」

しきの こうげき!つうこんの いちげき!!ようへいは しんでしまった!

おお ようへい しんでしまうとはなさけない……。というテロップまで脳内で再生されたところで、シキが扉を開いた。アバカムっ!!


扉を開けると、目の前にはカーテンのような布が一面に張られており、それ以上、

部室の中を見ることも入ることもできなくなっていた。部屋全体の電気は消されているみたいだが、視界を遮るカーテンの隙間から僅かな光と物音がするので、どうやら部屋に誰かはいるみたいだ。何してんだろ?


「すみませ~ん」

声をかけたのは河江だった。中にいるであろう人に気を使ったのか、いつもより

声のボリュームは随分抑え気味だった。数秒間待つが、聞こえてくるのはカーテンの

奥からの話し声だけで、それ以上の反応はない。

{すみませ~ん!」

先ほどよりも声のボリュームを上げ、河江がもう一度、暗闇に呼びかけた。

次の瞬間、カーテンがシャーッ!!と勢いよく引かれ、外からの太陽光と後ろからの不気味な光源によって、目の前に立つ人間の姿が照らし出された。


「何?今すごくいいところなの、邪魔しないでくれる?」

黒髪ポニーテールのつり目な女子生徒が、そのつり目をさらにキツくさせながら、

氷のようなトーンで俺たちに声を発した。思わず、雪女のイメージが頭の中を

よぎった。

「用がないなら帰ってもらえる?」

俺たちが立ち尽くしていると、追撃と言わんばかりに、なおも冷たい言葉が続いた。


「見学……です」

この窮地を救ったのはシキだった。たしかにこおりタイプにこおり技は、効果いまひとつだもんな。そう思いつつシキを見ると、少し体が震えているのが分かった。

……ありがとな。

「見学なら早くそう言いなさいよ。歓迎するわ」

目の前の雪女さんは不敵な笑みを浮かべると、体を横向きにしながら、両手を

大きく左右に広げた。先ほどまでの、氷のような冷たさは今はもう感じない。

「ようこそ、映画研究部へ」

彼女はそう言って、俺たちを部室に歓迎してくれた。





































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