第5話 シキという幼馴染

「全員コップ持ったー?じゃあ鈴ちゃんの歓迎会始めまーす、カンパーイ!」

「「カンパーイ!」」

飯田が乾杯の音頭を取ると、他の連中も各々のテンションで乾杯を言い合い、コップ同士の触れ合う音が、何度も耳に響いてきた。


放課後、俺たち6人は高校の最寄駅から5つほど離れた駅前のファミレスにいた。

歓迎会の参加メンバーがちょうど男女半々なので、男子3人と女子3人でそれぞれ

向かい合って座っている状態だ。

ちなみに、乾杯の音頭の前に飯田が披露した「合コン~ぞっこん~マジサイコん」というラップは、全員が華麗にスルーした。俺なら半年寝込むわ。


「てかガッコでも散々話したけど~改めて鈴と高桐がキヨと幼馴染とか

マジウケるんですけど」

竹宮は独特なイントネーションでそう言いながら、ストローをコップの中で

円を描くようにゆっくりと回した。


「ホントだよー。私もまさかキヨちゃんとも高校が一緒だなんて思って

なかったよ。でも会えて嬉しい!」

河江はテンション高めに隣の倉石に抱きついた。ゆりゆりしてますね~。

「私も会えて嬉しい……お帰り、鈴ちゃん」

「嬉しいなら笑えよなぁ~?」


壁側に座る竹宮は、身を乗り出し通路側の倉石へ顔を向けると、自分の口角に

両人差し指を当て、ぐいっと上に持ち上げた。

倉石は数秒間それを見つめた後、なぜか正面に座る俺に対して同じポーズを

披露した。ネットで『無口 キャラ かわいい』と検索する程度には、二次元の

無表情系キャラをたしなんでいるので、純粋にご褒美だと思ってしまった。


「それよりも、今年の1年の新入生代表である倉石さんと竹宮さんが、お友達

だったことのほうが僕には驚きでしたよ」

近藤はそう言うと、優等生キャラの期待を裏切らず、左手で眼鏡をクイッとさせた。

「俺も成希なるきとまったく同じ意見だわ、何つながりなわけ?」

「キヨ頭いいからベンキョ見てもらってた。おかげでこの高校に入れました~」

竹宮はそう言いながら、ウインクした右目の横でピースをする。どうでもいいが、

俺はこのポーズを見ると、どうしても超時空シンデレラを思い出す。

あっちはピースじゃなくて、ぐわしだけど。


「……でもクラスが別」

指で笑顔をつくるのを継続したまま、倉石は一言ぼやいた。

「恵奈に言ってもしょうがないじゃん、それ~」

「にしてもよぉー、世の中マジ不公平だよな~?なんで一人の男に二人も

幼馴染つけちゃうわけ?しかも両方女の子よ?神様マジで頭がバグってるわぁー」

飯田が頭を抱えつつ、恨めしそうに俺を睨みつけると、自然と全員の目線が俺に

集中した。


「俺に言ってもしょうがないだろ、それ」

「セリフパクられた~!使用料は飲み物で許す」

竹宮はそう言ってファミレスのテーブルに突っ伏すと、空のコップを

ゆらゆら揺らした。その姿はさながら、BARでウイスキー片手に「マスター、私フラれちゃった……」と愚痴る独身女性(35)という雰囲気を如実にょじつかもし出していた。

「他に飲み物欲しい奴いるか?」

竹宮の将来を勝手に心配しながら、俺は黙ってコップを竹宮の手から抜き取り、

そう言いながら腰を上げた。


「おっ、サンキュー!カルピスのコーラ割りで頼むわ。カルピス2の

コーラが8な」

「僕はまだあるので大丈夫ですよ。後、幸喜こうきのドリンクはのトマトジュースに変更してください。泣いて喜びますから」

「成希、てめぇ!」

「河江は?」

俺は飯田と近藤の無駄な言い争いを無視しつつ、唯一返答のなかった河江に、

コップを渡すようにと手を差し出しながら注文を尋ねた。


「洋くん一人だと大変だし、私も付き合うよ」

河江がそう言ってソファ席から立ち上がろうとするのを、倉石が彼女の袖を

引っ張りながら制した。

「鈴ちゃんが主役……私が行く」

「うーん、そう言われちゃしょうがない。お言葉に甘えます!

ルートビアがないから、ジンジャエールでお願い」

河江は深々と頭を下げながら倉石にコップを手渡した。

「隊長も、キヨちゃんのエスコートお願いします!」

河江がそう言いながら笑顔で敬礼をすると、俺と倉石以外の連中が一斉に

同じポーズを決めた。真面目にやった近藤はパス。竹宮はニヤついてるが

女子だし怖いからパス。ただしニヤついた男子の飯田、テメーはダメだ。


「行くか」

ステータスオープン!って叫んで、こいつらに俺の統率力の値を一度見せて

やりたいと思いつつ、倉石に声をかけた。

そうすると、頷くなどのリアクション一切なく、倉石は無言でソファ席から

立ち上がり、俺を待たずにそのまま歩き出していった。

嫌われてるのか?っと内心思いつつ、俺は黙ってその後を追った。

去っていく席では、ルートビアって何?という会話が盛り上がりを見せていた。





ドリンクバーはカオスだった。

20歳ぐらいの陽キャ軍団が一帯を占拠しており、オリジナルドリンクの開発に

勤しんでいた。当然のように俺たちのことには気づいていない。世紀末ヒャッハー!!達に給水所を占拠される村人Aの気持ちが今なら痛いほど理解ができた。

「ちょっと離れて待つか」

どうやら世紀末救世主は現れないようなので、奴らに気づかれぬよう小声でそう呟くと、ドリンクバーを見張っておける店内の壁際へ歩を進めた。

倉石も何も言わずに後ろをトコトコついてきた。

注意するのは無理にしても、ここで「すみませ~ん」と愛想笑いを浮かべながら

声の一つもかけられない自分自身が正直嫌になる。


「……」

「……」


壁に寄りかかる俺と倉石は、お互い無言でドリンクバーをぼーっと眺めていた。

頭の中で会話デッキをひたすらドローするが、そもそも引くカード全部が白紙のため、まったく意味がなかった。ただ、本来であれば手札には『過去話カード』という

エースカードが複数あるはずなのだが、もう一人の僕がどうやら知らぬ間に墓地に

捨ててしまったらしい。

そんなくだらないことを真剣に考えながらも、とうとう沈黙に耐えかねた俺は、

脳内手札の天気カードに手を掛けた。


「変わった」

倉石がそうささやいた。目線はドリンクバーに残したままで、表情に変化は

一切なく、無表情なままだ。

何が?――喉まで出かかったその言葉をのみ込む。理由は簡単だ。その返答から

過去の思い出話になる可能性を少しでも減らしたかったからだ。

「そりゃ、もう高校生だしな。色々あったし変わらないほうが難しいだろ」

過去を覚えているフリをしつつも、嘘にならない程度での返答をした自分自身の

卑劣さを感じた。


「注意してた……昔の洋ちゃんなら」

俺があの陰キャ軍団に文句を言う?何、言っちゃってんの、この子?

倉石の語る俺は、今の自分とはかけ離れすぎており、正直倉石の思い出も

嘘なんじゃないかと疑ってしまった。

「買いかぶりすぎだ」

「ううん、絶対した」

倉石の表情は相変わらず無表情のままだが、今までとは明らかに声のトーンが

違っていた。


「覚えてない?……昔のこと?」

「そんなことない」

「じゃあ……昔みたいに呼んで」

気づくと倉石の視線は俺に向けられていた。今までとは違い、しっかりと悲しげな表情が見て取れた。この顔をさせたのはいったい何度目だろうか――記憶ではなく感覚が俺にそう感じさせる一瞬があった。


「『シキ』」

倉石の問いかけの答えは自然と口から出てきた。

「嬉しい……覚えてた」

悲しげな表情は残したままだが、シキは少し微笑んで見せた。

倉石くらいしの『し』と澄音きよねの『き』で『シキ』、俺がつけたあだ名だった。

ただ、思い出せたのはたったこれぽっちの情報だけ――シキの「覚えてた」

というセリフが耳にこびりつき、俺の心を何度もえぐってきた。

その罪悪感から逃げるようにシキから目線を逸らすと、ドリンクバーの

人だかりはすでになかった。


「空いた」

シキもそれに気づいたのか、ドリンクバーに向かって歩き出した。

前を歩くシキの背中は、昨日の公園で見た河江の背中とダブって見えた。

嘘を嘘のままにはしたくない。必ず二人のことを思い出そう。

俺は心の中でそう決意を新たにした。





ドリンクサーバーにコップをセットし、飲み物選択画面が表示された時に

ハッとした。

「そういえば竹宮が何を飲むのか聞いてなかったわ」

しょうがないなっと思いつつ、コップをいったん取り出し、聞きに戻ろうと

きびすを返すと、シキのつぶやきが聞こえた。


「ダイエットコーラ」

「あっ、ああ」

突然すぎて『会話冒頭あをつけ症候群』を再発しながらドリンクサーバーに

体を向けなおすと、左ほおにシキの指がムニュっと突き刺さる。

「つい」

シキはそのまま俺の左頬をツンツン突きながら、だが感情の抑揚よくようは一切なく、そう言い放った。いや、せめてそこはリアクションを取ってくれないと、

俺もどう反応するばいいのか分からないんだが。結構恥ずかしいんだよ、この状況。


「飽きた」

言葉通りにシキは指を引っ込めると、ドリンクサーバーに向きなおり、

画面に表示されたジンジャエールのボタンをタッチした。あんた自由すぎるわ……

「ふたりとも、遅いぞー」

シキに教えてもらったダイエットコーラのボタンをタッチしようとした瞬間、後ろから声を掛けられた。振り向くと、河江が両手を天高く突き上げながら仁王立ちしていた。全世界の人々からちょっとずつ元気を分けてもらうつもりか?


「悪い、混んでた」

「混んでた」

俺が言った言葉をシキが低めの声でオウム返しする。おそらく俺の真似をしている

つもりなのだろうが、本人に寄せる気は皆無みたいだ。

「じゃあーしょうがない。コップ持ってくの手伝うよ!」

河江はそう言いながら、俺とシキの間にピョンっと入り込んだ。


「助かる」

実際、5人分の飲み物を入れに来たことに今更ながら気づき、往復することを覚悟していたので、河江の登場はまさに渡りに船だった。俺はダイエットコーラのボタンをタッチし、注がれたコップを河江に手渡した。

「助かる」

シキのものまねがなおも続く。表情に変化はほとんどないが……いや、完全に

ドヤッ!!って顔したね、今。

色々あったが、ようやく飲み物を入れ終わった俺たちはドリンクバーを後にした。





席に戻った俺には「遅い!」という壮大なバッシングが待っていた。非難は甘んじて受け入れるが、シキはお咎めなしなどが、若干納得いかなかった。

「でさぁ、結局鈴は何部にするん~?」

テーブルの中央に置かれたフライドポテトに手を伸ばしながら、竹宮は河江に

顔を向けた。

「うーん?何にしようかなー?」

腕を組んだ河江は軽く唸り声をあげながら、ソファ席の後ろに体を預けた。


「水泳部どうよ!俺と成希もいるし楽しいぜ。夏なんてサイコー!」

飯田はバンッ!とテーブルに両手を置きながら前のめりになって、目の前の河江に熱弁を振るった。水泳部かぁ、と今聞いたフレーズを頭に思い浮かべながら

河江に目線を移すと、組まれた腕に支えられた大きな双丘そうきゅうに、自然と目線が吸い寄せられた。スク水姿の河江を一瞬だけ想像しながら、サッと目線を河江の顔に戻すと、腕を組み、なおも、うーんっと唸っていた。セーフ。


「見すぎっしょ~」

当然発せられた心臓を掴む一言に、体が思わずビクッとなった。

一拍いっぱくの間を置き、恐る恐る声の主をチラ見すると、竹宮は頬杖をつきながら、鼻息の荒い飯田をじとーっとした目つきで睨んでいた。

「いやいやいやー、むっ、胸なんて見てねーし!冤罪、冤罪、冤罪!」

飯田は顔の前で手をブルブル振りながら、自らの身の潔白を訴えた。


「恵奈、胸とは言ってないよぉ~?」

ギルティ。語るに落ちた飯田が、勢いよくソファ席に倒れこみ、天井を見上げた。

さながら2時間サスペンスドラマのラストシーンのような展開に、刑事役の竹宮に

心の中で拍手を送ろうと顔を向けると、俺の視線に気づいた彼女は頬杖をついた姿勢のまま、ニヤリと俺にほくそ笑んだ。どうやら竹宮は、刑事役などではなく、この

ドラマの脚本家らしい……二段オチなんて聞いてない。


「成長期」

次は正面から言葉が飛んできた。目をやると、シキが無表情のまま、自分の体に

ついた二つの小ぶりなお椀を、制服の上から、それはもうガッツリと揉んでいる

のが分かった。

「シキ……やめとけ」

見せられないよ!って看板が出てくるような状況になっていたので、子供を

叱りつける母親のような口調でシキに注意をした。


まったくっ、と心の中で思いつつ、消費しきったカロリーを補充すべくフライドポテトに手を伸ばすと、誰かの視線の圧を感じた。とっさに伸ばした手を一度引っ込め、視線の跡を辿ると、驚きの表情を浮かべた河江が瞬き一切せずに俺を見つめていた。

「……」

河江から言葉はない、いや、もしかしたら俺が、聞き取れなかっただけかも

しれない。本来なら周りの音にかき消されているはずの彼女の呼吸音が、なぜだか

今は聞こえる気がした。


「……何?」

恐る恐る河江の真意を探るため彼女に質問を投げかけると、ハッと我に返った顔を

した後、すぐに微笑んで見せた。ただ、その表情には陰りがあるのが、俺にはすぐ読み取れた――俺もよく同じ顔をするから。

「ごめん、ごめん。考え事してて、変な顔してましたよ!恥ずかしいなーもう!」

河江はそう言って軽く両頬りょうほおを手で叩くと、表情はいつもの明るい印象に戻っていた。


「ちなみに、洋くんは何部なの?」

河江が先ほど見せた表情の真意を何だったのか?それを頭の中で考えている最中に

質問をされたため、思考が返答をするための作業に書き換えられる。

ただ、答えをいかに導き出そうとしても、それは無駄な作業だった。

「分からない」

俺は、担任の丸山に何の部活に入部させてもらったのかを問いかけたことが

一度もなかった。




































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