第3話 嘘と思い出と決意と

「ここが近所のコンビニ。スーパーだったらこの道を真っ直ぐ行った駅前にある」

「へぇー」

「駅前にある『雷風軒』ってラーメン屋はなかなかイケる」

「ほうほうー、なるほどねー」

「こっから3駅先の駅前にはショッピングモールがある」

「そうなんだー」

「……」


家から出ておよそ5分。近所のコンビニ前についた段階で、俺の会話はすでに

デッキ切れを起こしていた。

突然人に抱きついてくるようなキャラのため、てっきり会話をリードしてしてくれることを期待したのだが、隣を歩く河江鈴かわえすずからは、雑な相づちのみが

返ってくる。

時折俺の顔を見つめては、ニコッと笑顔を返してくるあたり、嫌われてはいない

と思うが……今の彼女を一言で表すとすれば、心ここにあらずといった表現が、

一番しっくりくる。


近しい年齢の存在とまともに会話をすることさえ久しぶりであり、ましてやそれが

かわいい女の子ともなれば、この状況は本来喜ぶべきことなのだと思う。

俺だってアニメやゲームでこういうシチュを見るたびに、主人公にリア充爆発しろと殺意を湧く程度にはあこがれを抱いていた。ただ、二次元とリアルは違う。

実際、この状況は俺をたまらなく不安にさせる。


会話の中でうまれる沈黙ほど、怖いものはない。

相手から『つまらない人間』だと思われることにたまらなく恐怖を感じるからだ。

だから必死に愛想笑いを浮かべ、相手の顔色をうかがい、自分の本音は心の奥底に封印する。その行為がいつしか面倒になり、人と話すことをやめてしまった。

結果として、中学から今に至るまでずっとぼっちだが、割とこの生き方のほうが気楽でいいと心の底から思っている。でも、やはり心のどこかで誰かとつながっていたと感じるのは何でなのだろうか?

一人は好きだが、孤独は寂しい――こんな矛盾だらけの性格が、時折たまらなく

嫌になる。


「……おーいっ、きいてますかー?もしもーし?」

ハッと我に返ると、少し不安げな表情の河江が覗き込むように俺を見上げていた。

いかん、いかん。またもやネガティブ思考のどつぼにハマるところだった。

「ごめん、何に?」

ネガティブ思考を拭い去るためブルブルっと首を振り、何食わぬ顔で聞き返すと、

河江の温かく柔らかな両手が俺の右手を人のぬくもりで包み込んだ。

心臓が強く脈打つのを感じながら、河江の顔に目線をやると、日差しのような

笑顔を浮かべながら、薄ピンクの唇が動いているのが分かった。

「行きたいところがあるの」





子供のころに行った公園を見つけたい――。

河江のお願いを聞き入れるかたちで、彼女の思い出の公園を探す手伝いを

することになったわけだが、スマホのマップ機能で『公園』と検索すると、

徒歩圏内で少なくとも5つあることが分かった。多くない!?


当然河江にスマホ画面を見せ、どの公園なのかを尋ねたわけだが、

「名前は覚えてない。でも緑多めなとこ!」という答えが返ってきた。

いや、公園のイメージ全部そうだろ……

結局近場から順々に回る羽目になっているわけだが、先ほどまでとは違い、

河江が喋って俺が聞くという理想の状態のため、河江鈴かわえすずという

人物のことをそこそこ知ることが出来た。


俺と同じ高校1年であり、小学3年生までこの町に住んでいたらしい。

彼女が語る思い出のエピソードから判断するに、通っていた小学校も同じで

家も近かったことから、昔はよく一緒に遊んでいたらしい――全く記憶に

ございません。

その後、親の海外赴任に付き添い外国で暮らしていたが、この度日本に

戻ってきたらしい。


「間違いない。ここですよ、隊長ー!」

俺の数歩先を歩いていた河江はくるっと振り返り、ピシッと敬礼をする。

「本当に?」

おそらく今の俺は、残業続きで生気のなくなったサラリーマンのような

顔をしていることだろう。無理もない……このやり取り、もう3回目だぞ?


「ぜっったい、ここ!なんか、こうビビッときた!」

「そのセリフ、3回目」

「だって……ほら!ブランコがあるもん」

「さっき行ったどっちの公園にもブランコはあったでしょ」

「ぐぬぬ……絶対ここであってるもーん!」

河江はそう言い残すと、猛ダッシュで公園内に突入していった。無茶しやがって……


「ここも違った場合は……そこそこ距離あるな」

空振りだった場合に備え、スマホで次の目的地を確認していると、

「あったぁぁぁぁーーー!」

河江の雄たけびが公園内から聞こえてきた。不審者通報されちゃうからやめて……


公園の入り口前まで歩を進め、ぐるりとあたりを見渡すと、屋根付きの休憩所に

河江の姿を見つけた。それまでも公園に着くたびに、辺りをキョロキョロしながら

駆けずり回っていたので、何かを探していることには気づいていたが、それが何か

までは聞いていなかった。


「じゃーん!隊長殿、目標物を確保いたしましたー!」

近づいてきた俺に気づいたのか、河江はバッと振り返ると、大事そうに銀色の箱を

両手で掲げて見せた。

「これは?」

「宝物――」

今まで見せきたどの笑顔とも違う、優しい微笑みと甘い声色に胸の高鳴りを感じた。


「向こうでお引越しの準備をしてたときにね、小学校のころに書いてた日記を

見つけたの。懐かしくて読み返してたら、『宝物を公園に隠した』ことが

書いてあって――」

河江はそう言いながら、銀色の箱のふたを開けようと試みるが、

蓋が固いのか、うまく開けられないでいた。

「……貸してみて」

 見かねて俺は手を差し出した。俺だって一応は男だ。

「お願いします、隊長!」

河江が深々と頭を下げながら、仰々しく箱を俺に差し出した。

さっきから隊長って俺を呼ぶけど、マイブームなの、それ?


「――っん!!」

引きこもり体質のひょろ体系のため不安ではあったが、どうにか箱の

開封には成功した。いや、マジでギリギリな感じがしたわ……手がいてぇ。

「やっぱ男の子さんだね。さっすが!」

「……はい」

気恥ずかしくさを感じながら、開いた箱を河江に手渡した。


「さぁ、箱の中身はなんだろなっと」

河江は箱の中を覗き込むと、ぱぁーっ!!と目を輝かせながら、中に入っているものを大事そうに一つ一つ手で持ち上げてみせた。

ビー玉、組みひも、キラキラシールといった、おそらく河江の思い出の品であろう数々が発掘されていき、その一つ一つを彼女は優しい瞳で眺めていた。

「あっっ!洋くん、見て見てー!」

チャック付きの透明な袋から河江が取り出したのは――1枚の色あせた写真だった。


「懐かしいー!私とキヨちゃんと洋くん!みんな、ちっちゃーい!」

河江が見せてきた写真は全体的に色あせてはいたものの、何が写っているのかは識別可能だった。写真の左側には、今の河江をそのまま縮小したような少女が満面の笑みで写っており、写真の右側には、はにかみながら控えめにピースをした過去の自分がいた。真ん中で笑わずにピースするこの子は誰だろ?


「キヨちゃんにも会いたいなー。今でも連絡とってたりする?」

「……いや、知らない」

「そっかー。でもしょうがないよね、男の子と女の子だもん。変に意識しちゃって

話さなくなっちゃうことってあるよね」

違う、そうじゃない。キヨちゃん自体が分からないんだ。

写真の真ん中でピースをする無表情な少女が、キヨちゃんという名であることは

話の流れから理解はできる。ただ俺はその子を覚えていない――君と同じように。


「ねぇ……同じ写真、洋くんもまだ持ってる?」

不安と期待と恥じらいが入り混じったような顔で、河江は真っ直ぐ俺の目を

見つめた。彼女が今何を考えているのかなんて、到底俺には理解できない。

ただ、この質問が特別な意味を持つということだけは、こんな俺でも察する

ことはできた。


昔のことはよく覚えていないんだ。

この一言を伝えた時に、俺と河江の関係はこの先どうなるのだろうか?

今みたいに笑顔を見せてくれるのか――会話をしてくれるのか――

もう一人でいるのは寂しい――誰かと一緒にいたい――


「持ってるよ」

俺はとっさに嘘をついた。俺にとっては数時間だが、本来はもっと長い期間を

過ごしたであろう相手との、つながりが消えるのが怖かった。

「私が書いた暗号は解けた?」

「まだ分かってない」

暗号の意味さえ分かっていないのに、それでもなお嘘をつく。そこまで人間関係に

飢えていたのだと、今さながらに自覚する。

「そっか……じゃあ分かった時には伝えに来てね――」

河江の顔にいつもの笑顔が戻り、「帰ろっか」と静かに呟いた。


俺は嘘をついた。誰のためでもなく、自分のために。

ただ、これを嘘にしなければいい。

『思い出せばいい……彼女との記憶も暗号ってやつも全部。そうすれば、また

誰かと一緒にいられる』

俺は心の中でそう決意すると、すでに歩き出した河江の背中を必死に追いかけた。








































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