第2話 幼馴染の帰還

 「それじゃあ、また明日なぁ~」


担任の丸山のその一言で、帰りのホームルームは終わりをつげた。

とうに帰り支度などすましてある俺は、鞄を片手に、さっさとクラスを後にした。

他のクラスはまだホームルーム中なのだろう、1年の廊下に人の姿はまだなく、

背にした教室から聞こえてくるクラスメイトの笑い声が、いつもより数倍うるさく

感じた。


俺のクラスの異常なまでに短いホームルームは、担任である丸山の

いい加減さが要因であるのは間違いないが、授業後はさっさと学校を後にしたい

ので、担任ガチャの当たりを引けてラッキーだった。

実際、担任の丸山にはかなりお世話になっており、俺がこの時間で早々に帰宅できるのも、全部彼のおかげだ。


俺の通う私立 豊倉とよくら高校は、全生徒が何かしらの部活に参加しなければ

ならない。入学後に行われた部活動紹介オリエンテーションでその事実を知った際には、何時間も『部活 入部 逃げ方』というワードでネット検索してしまった。

まぁ大した情報は手に入らず、単に寝不足になっただけだったが。


結局、入部届を期限内に提出せずに、丸山に生徒指導室へ呼び出されることに

なるわけだが、そこで告げられたのは意外な一言であった。

「部活に興味ないならな、先生が顧問をしてる部に形だけ入部しとくか~?」

先生が幽霊部員の勧誘をするのはどうなのかとは思いつつも、

断る理由などあるはずもなく、俺はこの提案に飛びついた。

こうして俺は今、誰よりも早く校門を出ることができているわけである。





自宅から豊倉高校までは、バスと電車を乗り継いで約2時間の距離にある。

もっと近い距離に他にも高校はいくつかあったが、そこそこの進学校でありつつ

同じ中学の連中が受験しなさそうなところを俺はあえて選んだ。

今更ながら、中学の同学年の名前と顔を大して覚えていない時点で、

どこに入学してても同じだったんじゃないかと、薄々気づいてはいる。


そんなこんなで自宅についた俺は、取り出した合鍵で家のドアを開けた。

ただいまと言いつつ、家の中へ入ると、見慣れない靴が玄関に並んでいた。

母さんの知り合いか?と思いつつ、靴を脱いでいると、リビングから母さんが

姿を見せた。


「おかえりなさい、洋平。いいタイミングに帰ってきたわね!ちょうど

あんたの話をしてたところなのよ、ちょっとこっち来て挨拶しなさい!」

よく『子は親に似る』というが、性格やコミュ力は全く関係ないみたいだと

母さんをみるたびに、つくづくそう思ってしまう。

できれば断って自室に逃げたいところではあるが、

しかし まわりこまれてしまった!という状況になるのが明白なので、

渋々母親の手招きに応じて、リビングへと向かった。





リビングに置かれたダイニングテーブルには女性が二人座っていた。

部屋に入った瞬間、俺に気づいた二人が笑顔で会釈をしてきたので、

俺はキョドりながらも会釈をし返えした。キモッ……って思われてたら、どうしよ。

母親が自分の隣の席の椅子をポンポン叩き、ここに座れと命じているようなので、

黙ってそれに従った。てか、このきれいな人たち誰よ?


「大きくなったわね~洋ちゃん。前に会ったのが小学3年生のころだから...6年ぐらい

ぶりかしらね」

奥ゆかしさを感じさせる上品な笑顔を浮かべながら、長い黒髪でちょっぴりタレた目が印象的な女性が、俺にそう話しかけてきた。

母さんと同い年ぐらいだとは思うが、ふわふわした雰囲気と

おっとりした口調から、年上にも関わらず、単純にかわいいと思ってしまった。


6年前?……全く覚えてない。

口ぶりからするに、6年前に会ったことがあるみたいだが、1年前ぐらいの記憶さえ忘れかかってるのに、それよりもずっと前の記憶なんて、とうの昔に忘れてる。

俺が返答に戸惑っているのが分かったのか、母さんが会話をつなげてくれた。


「覚えてないの、洋平?ほら、昔近所に住んでた河江かわえさんよ!

娘さんのすずちゃんとはよく遊んでたじゃない!」

オッケー母親よ、ちょっと落ち着こうか。あなたの息子は情報量の多さ

についていけてないよ。あなたの息子、記憶力に関しては、かなりヤバいほうよ?


えっと……会話から読み解くに、今俺に話しかけてきたのが、河江(母)だとすると

その隣に座ってるのがおそらく娘の鈴って子という認識でいいんだよな?

そんなことを考えながら、その子に目線を動かすと、人懐っこい笑顔をした

女の子が俺をジッと見つめていた。


年齢は俺と同じぐらいだろうか、少し茶色ががった髪は肩につくかつかない

程度に伸び、彼女も母親と同じ特徴の、ちょっぴりタレた目をしている。

母親がおしとやか系だとするなら、こっちは元気っ子といったイメージだろうか。

まぁどちらも美人であることは間違いない――なのでこれ以上を見つめ続けるのは

やめてくれ……緊張で死ぬ。

「ただいま、洋くん。めっちゃ久しぶり!」


彼女はそう言って突然席を立つと、早足で俺の席の前まで来るや否や、そのまま

勢いよく俺に抱きついてきた――その瞬間、俺の思考は完全に停止した。

ごめんなさい、嘘です。

めっちゃいい香りとともに、ひたい辺りに伝わる柔らかな二つの感触を

しっかりと感じ取れております、はい。実況は以上です。


「あらやだー!やっぱり海外生活が長いとスキンシップも大胆ねー!

あっ、そうだ、洋平。せっかくだから、鈴ちゃんにご近所の案内をして

あげなさいよ!」

「ホントですか!ママー行ってきていい?」

「いいけど、洋ちゃんに迷惑かけちゃダメよ?」


あっヤバい。人生で幾度となく経験した、俺以外で話が進行していくやつだ、これ。抱きしめられたままの状態に息苦しさを感じ始めた俺は、とりあえず首を

2~3回左右に捻りつつ気道を確保するために顔をあげると、笑顔で見下ろす

彼女の顔がそこにはあった。

目が合うのはこれで3回目だが、それでも彼女との記憶を思い出すことはなかった。

マジで誰なんだこの子は?























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