九九九年と十三日の弾丸

@ZEP

第1話



「感情がないとか、笑えないロボットとかが結構劇に出てくるじゃん」

「まぁ確かに、子供との一夏の友情からロボッ娘モノまで思い当たりますが」

「私思うんだよな、アレ、存在そのものが前フリじゃんって。出て来た瞬間に“あ、これ最後に笑って泣かせにくる奴じゃん”とか思うじゃん。

 見え見えなんだよなぁ、キャラクター自体があざといというか、ロボのペーソスとか、同じテーマ何回繰り返すねんというか」

「朱音は嫌いなんですか? そういうの?」

「嫌いじゃねーよ! 毎回泣いちゃうんだよ! わかってても茶化しても泣いちゃうんだよ!だから悔しいんだよ」


幻想時間空域エレベータ、あらゆる過去が猛然と未来へと流れていく中で、二人は気の抜けた会話をしていた。

過去というものは赤色をしているが、未来は青色をしている。

猛然と色彩が切り替わっていく濁流の狭間、あやふやな時間座標に二人はいるのだった。


本来、時の流れに逆らうには翅が必要であるが、朱音にそんなものはない。

くすんだモッズコートと妙に明るい色をしたマフラー、それに翅代わりとなる人形妖精だけだった。


「おい、人形妖精ミューリィ・カーター・ヴィル参号」

「なんでしょう改まって。そろそろターゲットがこの時間軸にくるはずなので集中したほうが」

「今の話はお前への皮肉だってわかった?」

「はて?」


人形妖精ミューリィが後ろで首を傾げたのがわかった。

朱音はミューリィに抱きかかえられる形で飛んでいるため、こちらからはその表情が見えない。

が、おそらくは眉をひそめて、何を言っているんだこのアホは、と所有者に対してひどく失礼なことを考えているのがミエミエの表情を浮かべているに違いない。


「だーかーら! お前って奴は、そういうロボとか人形娘的な侘び寂びがないって言ってるの!

 お前!最初から表情が豊かすぎるじゃん!私と最初に会った時にすでにニッコリ笑ってたじゃん!

 そん時の相棒が死んで悲しんでる時に、なんか妙に晴れ晴れしい笑顔浮かべてたじゃん!」

「そうでしたっけ。客観時間時軸にして九九九年と十三日、あるいは三重幻想時間前のこととか全く覚えてません」

「覚えてんじゃん!クッソ正確な時間まで覚えてんじゃん!なんでそういうとこだけロボッ娘アピールするんだよ」


朱音は、きいいいい、と声を荒げて言った。

時間流刑が始まって以来の仲であるが、ずっと前から言いたいセリフだった。

なんで最初に笑うんだよ。それはクライマックスまで取っておけよ。

正直ファーストコンタクトが笑顔だったせいで、お前と打ち解けるまで三三三年もかかったわ。

そんな言いたい言葉が出るわ出るわ。朱音は少し気分が昂ぶっていた。


「ほら、バディ物って結局最後は仲がよくなるじゃありませんか。

 それこそミエミエなので、私は人形らしく最適化しました。最初からクライマックスです」

「こっちはそのバディと思いっきり別離した直後だったんだよ! もうちょっと余韻をくれよ!

 いや、逆に突き放す態度でもよかったよ! そしたらまだ落ち着けたよ」

「えぇ……でも、私、そういう細かい演じ分け面倒で」

「本当に面倒くさそうに言うな! ようやく築いたお前への友愛も崩れそうになるだろう!」


はぁはぁ、と朱音は声を荒げる。

これが最後の任務だから、ととりあえず言葉を投げつけるだげ投げつけてしまった。


そう、時と幻想の流刑者、朱音にとってこれが最後の任務となるはずだった


人形妖精との旅もこれで最後である。

これからここにくる、最後の大罪人を撃ち落としさえ、幻想時間空域エレベータという意味不明・理解不能・因果逆転の世界ともおさらばである。


「……朱音。そろそろ来ます」

「りょーかい。それじゃあちゃんと“青”を充填しておけ」


朱音はそう言ってミューリィと手を重ねる。

冷たい、だが何度も掴んで来た人形の腕。それは思いの外小さくて、よくみると結構傷が残ってしまっていることを朱音は知っている。

そしてその手を握りしめた瞬間──その手は展開される。


「架空神聖領域固定、“青”の循環は安定しています。逆転順率により時の更新を穿ちます」


淡々と紡がれる人形の声。

これ聞いたの何回目だっけ、と朱音はミューリィと手を繋ぎながら思う。

その腕は、展開され、分解され、収束していく、巨大なる銃口と化している。

装填されるのは純粋なる“青”。対象を過去へと封印する唯一無二、絶対の弾丸である。

これで朱音は今まで何度も、この色彩を乱した罪人を屠ってきた。


「来ます」


──そうして最後の罪人はやってきた。


猛然と流れゆく時間の濁流に逆らうように、罪人が姿を捕捉する。

その罪人はこちらに気づいていない。脱出に成功したと思っているのだろう。

二人で抱き合い、何か言葉を囁きあっている。


このまま気づかれないように、アレを撃ち落とす。

それが朱音とミューリィの最後の任務だった。


「さて、と」


その背中を捕捉しながら朱音はミューリィに声をかける。

もう少し、もう少し時間距離が縮まれば、確実あれを落とせるだろう。


「……お前さ、この任務が終わったらどこにいくの?」


だから最後になる前に尋ねておいた。


「このあと……ですか? さぁ、多分また仕事だと思いますけど」

「お前はこのエレベータにずっと囚われているんだもんなぁ。お気の毒に」

「まぁ意外と就労条件悪くないので」

「人形にもあるんだなそういうの……」


九九九年一緒にいた筈が初めて聞く概念だった。


「まぁ私はこれでお役目ごめんだろうけどさ、今後私と時間座標が合えば会いにきてくれよ。それくらいはできるだろう」

「うーん、それは……」

「どうした?」

「あ、いや、ちょっと、一つだけ」


そこでミューリィは言葉を噤んだのち、


「いえ……そうですね。きっと私は、これからも朱音に会うことになります」


そう言うのみだった。

その表情はわからない。すでに標的の時間距離は詰まっていたし、確認するほどの余裕はなかった。

だからもう朱音はミューリィの顔を見ることはできなかったし、でも、その言葉は嘘ではないと信じたのだ。


「──信じるよ、じゃあ撃つからな」


そう言って朱音はミューリィと指を絡めた。

引き金はここにある。この弾丸を放てば、朱音の罪は許される。


標的確認。

その背中はよく知っているものだったが、しかし、初めて見るものでもあった。

くすんだモッズコートに、嫌に明るいマフラー、栗色の髪。

名前は朱音。柊朱音と、彼女が愛するただ一つの命である。


──それは、九九九年前の自分であった。


かつて時間の濁流から逃げ出そうとした朱音は、“青”の弾丸によって撃ち落とされ、悠久の時を罪と共に漂流することになった。

彼女の背中こそ、朱音の罪の象徴であり、最後の贖罪であった。

自分で自分を撃ち落とすこと。そうして罪と罰の輪は完成され、朱音は赦しを得ることができるのだ。


「じゃあね、私。結構キツイけど、まぁなんとかなるでしょ」


というか、なった。

そんな自虐を述べながら、朱音は引き金を引いた。

“未来”から“過去”へ向けた至高の弾丸。正しくあるべきものに還りなさい。


──“青”が、その少女を撃ち落とし、そしてどこかに消えて言った。






撃った瞬間に、朱音は元の場所に帰っていく。

“過去”でも“未来”でもない、“現在”というあやふやな時に戻ってこれたのだ。


「あー……、なるほど、そうか」


その最後の瞬間、朱音は一つ気づいたことがあった。

刑期を終え、ミューリィと手を離した瞬間に、彼女が浮かべていた表情。

それは笑顔であった。

人形のくせに、ロボッ娘属性のくせに、やたらと感情豊かでクライマックスにしか許されような晴れ晴れしい笑顔。


最後にミューリィはそれを浮かべて、朱音の前から消えていった。

次の任務へと向かったのだ。

それはどこ? 

答えは一つである。


「──撃ち落とした私と、再会したのか、アイツは」


ミューリィが最後に浮かべていた笑顔を、朱音はかつて見たことがあった。

それは最初の時である。

最初に、朱音がミューリィと出会った時に、彼女が浮かべていたのが、あの笑顔だった。


愛する人を誰かに撃ち落とされ、失意に沈む朱音に対してあの人形はやたら馴れ馴れしく近づいて来た。

罪だとか、罰だとか、九九九年の刑期だとか、説明を何故か揚々としてきたことを覚えている。


最初は──本当にそれが憎かった。


自分は■■■■■を殺されたのに、■■■■■の名さえ喪ったのに、何故代わりにこんな奴がいるのだと、ひどく憎んだ。

殺してやりたいとも思った。その弾丸で何度も人形を壊してしまおうとしたかわからない。

そしてそのたびにミューリィは優しくしてくれ、その態度がまた憎らしくて──そんなことを三百年ほど繰り返した。


だから先ほど皮肉で言ったのだ。

なんで最初から仲良くしてきたんだお前は、と。

あれさえなければ、もう百年ほどは仲良くできたかもしれないのに。

当てこすりのようなものだったが──


「──なるほど、アイツにしてみれば、クライマックスだったのか。本当に」


だからあの時、ミューリィは笑っていたのだ。

朱音とまた会えて、会ってしまって、会うことができて──だからこそ笑ってみせた。

なんとも合点のいく話だった。


「……やっぱり、嫌いだな」


ロボのペーソスなんて、嫌いだ。

最初からオチなんてわかっているのに、それでも泣いちゃうなんて悔しい。


“今”に帰って来た朱音はそう思って頰に流れた冷たい何かを拭った。



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