エピローグ

「イツキよ、一ついいか」

「なんですか」




 『勇者』と『聖女』とその他大勢を殺して、フェイタス神聖国の城を崩壊させた俺達はサンティア帝国に戻ってきていた。



 転移の魔法陣を至る所に設置していたため、帰国するのにはそんなに時間はかからなかった。睦月は『向井光一を探しに行く』と言い張って仕方ないが、ひとまず宥めて此処にとどまってもらっている。



 あの日、睦月の中で『勇者』と向井光一は切り離された。

 自分が排除した存在は向井光一の偽物なのだと睦月は思いこんでる。寧ろそう信じなければ自分を保てなかったのだろうと思う。




 俺は今『皇帝』の部屋に居た。

 睦月ではうまく説明できない『勇者』と『聖女』の殺害について、正確な情報を『皇帝』に話していたのだ。




「お前なら、睦月と『勇者』が共にいられるように出来ただろ? お前は狂った睦月も、『勇者』の性格も、理解していた唯一の人間だったんだから」



 椅子に偉そうに腰かけたまま、『皇帝』はそう口にした。そんな内容を言葉にしているというのに『皇帝』の口元は緩んでいる。

 やはり、『皇帝』は良い性格をしていると思う。




「そうですね。やろうと思えば出来たかもしれない」




 俺は『皇帝』の問いかけにただ、そういって頷く。『皇帝』に嘘を吐いても仕方がない。




 実際に俺は狂った睦月を宥める事も、向井光一と矢上菜々美に睦月がどうしてああなっているかを説明することはできただろう。



 それに実はというと、俺は地球にいた頃向井光一に矢上奈々美について相談された事がある。それが恋愛感情だと敢えて答えたのは俺だ。なんでって、単純な向井光一は友人がそれを恋愛感情だと言えば、それを恋愛感情だと思い込み、本当に矢上奈々美好きになるだろうと想像できたから。



 その時にもし、俺が恋愛感情だと答えなければ向井光一は矢上奈々美を愛さなかったかもしれない。例えば、俺がその時睦月の事を意識するように向井光一を誘導したとすれば、睦月はここまで壊れずに幸せになれたかもしれない。

 でも、俺はそんな睦月は嫌だった。だから、敢えて睦月が幸せにならないように動いた。




「『勇者』が例えば『聖女』を守るではなく、睦月の傍に近づいたならば――、睦月に優しく笑いかけたならば睦月はそれだけで満足したと思います。『勇者』が自分の味方でいてくれる。ずっと傍にいてくれる。それが実感出来れば睦月はあそこまで壊れなかったでしょう。睦月をあそこまで壊したのは『勇者』です。そして『勇者』は睦月が壊れるとしっていたならきっとそんな言動をしなかった。少なくとも『勇者』にとって睦月は恋愛対象ではなかったけれど、大切な幼馴染だったから」




 そうだ。睦月を壊したのは向井光一だ。ただでさえ、二年も向井光一に会えなかった事に疲弊して、壊れかけていた睦月が壊したのは向井光一だ。




「『勇者』に会いにいくなら役目が終えてからがいい、なんていって俺が言いくるめなきゃそもそも睦月は此処まで壊れなかったでしょうね」




 そもそも睦月は二年も待たずにでも、向井光一を迎えにいくだけの力は手に入れていた。

 今すぐにでも『勇者』に会いに行こうとしていた睦月を止めたのは俺と『皇帝』だった。




『勇者』と『聖女』は仮にも『魔王』を倒し、瘴気を浄化する存在だ。『皇帝』が幾ら『勇者』と『聖女』への敬意を欠片も感じてないとはいえ、『勇者』と『聖女』が役目を終える前に死ぬなんて事があれば困るのだ。何故かって、サンティア帝国にも『魔王』と瘴気の影響があるからだ。




「ムツキが壊れる事わかっていて、お前は先延ばしたんだろ?」

「まぁ。そうです。俺は睦月が『勇者』に会えない期間が広がれば広がるほど壊れていく事をしってました。だってあいつ、三日間とかそれだけでも『勇者』に会えないってだけで、昔も情緒不安定になってましたから」




 そう、知っていた。




 壊れていった睦月をずっと見てた。そして狂った睦月を傍で感じてきた。

 俺は睦月が向井光一に会えない事に壊れて行く事を知っていて、俺を友人として信用している睦月を言いくるめて会いに行かせなかった。




 睦月の異常性は、不安が故に溢れ出したものだ。それだけ睦月にとって、向井光一は特別で、向井光一にだけ傍にいて欲しいと願ってた。それを睦月が素直に言えたならば、それを向井光一が知ったならば、睦月は救われただろう。それを知ってる。向井光一も睦月も驚く程に単純だからそれが理解出来る。



 一般的に見て酷い事をした自覚はある。

 でも罪悪感は欠片もない。




 こんな話をしながら笑っている俺と『皇帝』は明らかに同類だった。



「それはわかってる。予想はしていた。ただ気になるのは、お前がどうしてそんな行動をしたかだ」




 そう言いながらも『皇帝』は相変わらず食えない笑みを浮かべていた。

 それに対して、俺はただ正直に言った。










「睦月が好きだからですよ」





 それは本心だ。俺は睦月が好きなのだ。二年前にあの狂ったような目を見た瞬間から、俺はずっと睦月に惹かれ続けていた。

 だけどそれは決して純粋で、真っすぐな思いなんかじゃない。俺はそれを自覚してる。でも、それでいいのだ。



「俺は狂っている睦月が好きなんです。狂っていない普通の女の子な睦月なんて俺は好きじゃない。俺が好きなのは向井光一に狂っている睦月なんですよ」



 そう、俺は狂っている睦月が好きなのだ。



 あの綺麗な黒目を狂気に染めている睦月が。

 口元を歪に歪めて笑う睦月が。

 異常な執着心故に楽しそうに物を破壊する睦月が。

 向井光一の言葉一つで表情をころころかえる睦月が。

 向井光一に近づく女に本気で殺してしまいそうなほどに嫉妬する睦月が。

 そう、そんな風に異常な睦月が好きだった。




「睦月は狂っていて、歪んでる。でもそれでも馬鹿みたいに真っすぐで、純粋で。俺はそんな睦月を見るのが楽しくて嬉しくて仕方がないんです」


 狂っていて、歪んでる睦月が好きなのだ。

 狂っている癖に馬鹿みたいにあいつは真っすぐで、純粋で。そんな所も見ていて飽きないのだ。



「俺はもっと狂った睦月が見たかった。それだけのために俺は『勇者』に睦月を壊してもらったんです。『勇者』が睦月を正常に戻すのは俺が嫌だった。だから、二度と睦月に近づけないように死んでもらったんですよ」




 見たかった。もっと狂って、歪んだ睦月が。


 そして俺の好きな狂った目を、歪んだ表情をもっと浮かべてほしかった。





 俺は睦月が向井光一の言葉で正常に戻るかもしれない可能性を知っていた。それは嫌だった。だから、向井光一に睦月を壊させた。



 睦月がどうすれば幸せになれるか。向井光一がどうすれば睦月の傍にくるか。

 それを知っていて俺は敢えてそれをしなかった。したくなかった。

 都合が良いから、向井光一を睦月に殺してもらった。睦月が受け入れられなくて向井光一を排除する事はなんとなく想像できたからだ。




「それがばれたらどうするんだ?」



 『皇帝』が聞いた。




「それはそれで面白いですよ。俺を友人だと信用している睦月が、俺が睦月が幸せにならないように動いたと知ったとき、睦月はどれだけ壊れるんだろうって想像しただけでも楽しいですから」



 睦月は俺が敢えて睦月が幸せにならないように動いたのを知ったときどうするだろうか?



 俺の事をすぐ殺すかもしれない。

 でも睦月にとって俺は唯一、地球での事を共有出来る、自分の狂った部分を見ても変わらない友人なのだ。



 なんだかんだで友人思いな睦月は、どうするのだろうか。



 考えるだけで楽しい。想像してみればそれはそれでいいかもしれないとさえ思う。だって睦月が俺を憎むということは、あの俺の大好きな目が、狂った目が、俺をまっすぐに射抜くっていうそういうことだから。




「はっ、そうか」



 俺の返答に『皇帝』は楽し気に笑って、ただそういうだけだった。






 睦月は本物の向井光一を殺した事を認めずに、この世界で向井光一を探しに出かけるだろう。俺はそれについていく。

 向井光一の手によって益々壊れた睦月がこれからどうなるか。それを考えるだけで俺はどうしようもなく楽しみで仕方ないのであった。

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異世界で俺とあいつは××を殺す。 池中 織奈 @orinaikenaka

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