第6話 話が違うんだけど……

「パーティー?」


 聞き慣れない言葉にクロイスは首を傾げる。


「うん。ソロだと結構ヤバいみたいだから、大抵の人はパーティーを組んでるよ。ほら、あそことか」


 彼女が指さす先には四人組の男が集まっていた。ごつい武器を担いだ彼らはいかにも強そうで、それが四人も固まっているとかなり迫力がある。


「確かに、あれに一人で挑むのは骨が折れそうだ」


 手練れっぽく言ってみたけれど、挑めば間違いなく死ぬ。即死だ。肉塊になる未来まで見えた。


「でしょ? だから、パーティー組も?」


 もし自分が参加するつもりだったなら、それはとても魅力的な提案だっただろう。可愛くてスタイルがいい上に気さくな女の子。この場に一人でいるくらいだから、かなり強いはず。


 正直なところ、クロイスは頷きそうになっていた。だが、開会式と同時に姿を消さなければならない以上、彼女とパーティーを組むわけにはいかない。下心で大金をパーにするつもりはなかっし、彼女にも申し訳ない。


「悪いけど、君とパーティーは組めない」


「あれ? 一人じゃなかったの?」


 どう答えるか迷ったけれど、最も無難な回答にする。


「ああ、後から仲間が来るんだ」


「ふーん。そうなんだ?」


 彼女はつまらなそうに口をすぼめて反転したかと思うと、クロイスに背中から寄りかかった。甘い香りが漂い、柔らかい感触から体温が伝わってくる。胸から飛び出しそうなほど激しく鳴る心臓がうるさくてたまらない。


 そのまま見上げてきた彼女の綺麗な桃色の瞳と視線が繋がって、またしても運命めいた何かを感じた。時が止まり、世界に二人だけしかいないような錯覚。


 けれど、彼女が放った言葉はロマンティックの欠片もない、糾弾だった。


「私、嘘は嫌いだな」


「え――」


 真っ直ぐ見つめてくる彼女の目の奥に、怒りが垣間見えた。


「わかるよ? クロイスは私に嘘を吐いた。仲間なんて来ない。そうでしょ?」


 今度は別の意味で心臓が跳ねた。体温が一気に下がり、身体中から冷や汗が流れ落ちる。


「ねえ、どうなの? 当たりでしょ?」


「ひっ――」


 プラムの指がクロイスの太股をなぞる。思わず漏れ出た情けない声を気に入ったのか、彼女は執拗に指を動かし続ける。その感触が徐々に上に移動していき、連動するように言い知れない高揚感が身体を支配する。


 理性が逃げろと叫ぶが、その声は本能によって遮断された。


 彼女の指がもう少しで到達する――刹那、入り口にある重厚な鋼の扉が閉じられた。続けて、厳かな声が響く。


「皆の者、よく集まってくれた。余はユーデルフィリア王国の現国王、アンタークテッド・ウィル・ユーデルフィリアである」


 会場の視線が一斉にそちらを向いた。さすがのプランもクロイスを解放し、そちらへ目を向ける。


 クロイスはほっと胸をなで下ろして、嬉しいような悲しいような複雑な表情で国王の方へ顔を向ける。目にするのは初めてだった。遠い世界の人間だと思っていた相手がこうして目の前にいることが不思議でならない。


「無駄な話はすまい。ここに集いしは勇者たる資格を持つ者たち。魔王の復活は間近。古くからのしきたりに従い、一〇〇人の中から真の勇者を選別する」


 魔王。それは太古より世界を征服せんと暴虐の限りを振るう悪しき存在。その力は絶大で、普通の人間が勝てる相手ではない。だからこそ、人類は勇者という対抗戦力を生み出した。


「ルールは簡単だ。これから全員を地下迷宮へ飛ばす。凶暴な魔物が巣くい、トラップも仕掛けられている危険な場所だ。スタート地点は最端で、そこから中心に向かって進む。迷宮は時間の経過とともに収縮を始めるため、恐怖に身をすくませ足を止めた者に待つのは死のみ」


 自分が参加するわけでもないのに、クロイスは緊張で歯を噛みしめていた。中心にたどり着くことができなければ、どれだけ強い者でも死んでしまう。その理不尽さに、この戦いの苛烈さがうかがえる。


「もちろん、勇者候補同士での戦いは自由だ。そうして最終収縮を終え、最後まで残った四人が真の勇者として認められる。その四人には魔王と倒すための強力な武器――神器が与えられる」


 国王の話に、ざわめきが起こった。


「国王様、よろしいですか」


 勇者候補の一人が声を上げた。


「構わん」


「最後に残ったのが五人以上だった場合はどうなるのでしょう」


 それはこの場のほとんどの者が抱いた疑問だった。


 国王はさも当然という顔で、残酷な言葉を放つ。


「もちろん、四人になるまで終わることはない」


「それはつまり……」


「殺し合うしかあるまい。それがルールだ。過去に五人残った例があるが、そのときは神器が目覚めなかったという」


 場の雰囲気が変わった。皆、そこまでの詳細を知らなかったのだろう。クロイス自身、強さを競い合うために戦うだけで、殺し合いではないと思い込んでいた。


 しかも、四人しか生き残れない。九六人は必ず死ぬ。そうでなければ終わらない。


 勇者という華やかな言葉とは相反した、血みどろの座。


 ここには五人以上のパーティーを組んでいる勇者候補がいた。互いに気まずい視線を交わしており、仲の軋む音が聞こえてきそうだった。


 殺伐とした雰囲気で満ちた空間に、国王は告げる。


「魔王は圧倒的な力を持っている。この選別は前哨戦に過ぎない。勇者としての旅路はさらに苛烈を極めるだろう。ここで生き残れないようでは、勇者たり得るにあたわない」


 国王の言葉が切れたのを見計らって、別の者が問う。


「棄権することは可能ですか?」


 同調する声が各所から聞こえた。当然だ。死ぬ確率の方が高いと初めから知っていたなら、参加しなかった者もいるはず。


 言ってしまえば、ここにいる全員が騙されて集められたことになる。であれば、ここで棄権する選択は認められるべきだ。


 しかし、国王は剣呑な目つきで質問した女を見下した。怒声が響き渡る。


「ならん。すでに扉は閉ざされた。帰路はない。道は前にしか残されていない。どうしても戦いたくない臆病者は、ここで死ぬがよい」


 静まりかえる部屋。これから訪れる死と隣り合わせの、まさしく死闘に誰もが息をのんだ。


 その中で、最も重厚な鎧を着た巨漢が行儀の悪い笑い声を上げ、吠えた。


「要は殺しあやいんだろ? 命もかけれねえ臆病者は魔物に食われて死んどけ」


「貴様! 国王の御前でその言葉遣いは無礼であるぞ!」


 巨漢の近くにいた兵士が槍を向けて怒号を上げる。だが、巨漢が一睨みしただけで彼は竦み上がり、足を後退させた。


「そんなんでよく兵なんかやってられんな? おら! 俺を殺すつもりで来いや!」


 背負う巨大なハルバードの柄に手をかける男。兵士など一振りで両断できそうな獲物だ。


「よせ。余とて、無駄な血を流すことは避けたいのだ。しかし、この選別――勇者バトルロワイヤルを避けることはできない。皆にはどうか、この国の礎となって貰いたい」


「はっ、大層な御託なんざいらねえ。とっととやろうぜ!」


 獲物から手を放した巨漢は拳を握り、表情を歓喜に染める。


「いいだろう。では、みなの健闘を祈る」


 国王の言葉とともに、開会式は終わった。


 ようやく仕事を達成できる。そう思い、扉の方へ視線を向けるが、開く気配はない。


 兵士たちが勇者候補の一人一人にバックパックを配っていく。中には食料と回復薬があり、一瞬で致命傷を回復する生命の秘薬は一つだけ配られた。食料が少ないという不満が漏れたが、現地調達も選別の一環だと告げられた。


 クロイスは受けた説明の何もかもが頭に入らなかった。開始準備は着々と整っていく。焦りばかりが募り、額から汗が流れる。


「どうしたの? 顔色が悪いよ?」


「そ、そうか? ははは……」


 頬が引きつって上手く笑うことができなかった。


 ――ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。


 どこを探してもメイドの姿はない。サングラスの男もいない。


「あれ? 本当に仲間いたの?」


 プランの言葉に反応する余裕など今のクロイスにはなかった。


 床が微かな光を発する。それは徐々に幾何学的な模様を浮かび上がらせ、陣を形成する。円の中に全員の勇者候補が収まった状態。兵士たちは光の外側にいる。


 クロイスはちょうど円の端にいた。外へ出ようと試みるが叶わなかった。透明な壁が空間を遮っているようだ。


「嘘だろ……」


 光量が増し、視界が白で埋め尽くされていく。


 クロイスにとって、それは絶望の光だった。

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