エピローグ

それからは緩やかに年月が過ぎて行った。

子供は成人して自立し、俺は歳をとった。

自分の銀婚式だの金婚式だの、他人の結婚式だの、葬式だの、冠婚葬祭のオンパレードだ。

いろんな式に出たさ。


仕事も社畜の時期があったおかげで順調に出世させて貰って無事に定年退職した。

我が子から「面倒見るから安心していい」なんて言われてよ。

嫁と二人して何だかこちょばい思いをしてな。

割と平和な人生じゃねえかな。



もちろん、母さんのことは思い出すよ。

でも頻度は歳を取るごとに減ったし夢は見なくなったし無性に悲しくなることはなくなった。

同時に、母さんたちに近づいてる感覚が出てきた。

恐怖はない。

ただ近づいていってるだけだ。



今でも思い出すのは火葬場で母さんが骨になっちまったときのことだ。

あんなに無機質になっちまったら、もう終わりだと死が現実になった。

目を背けるな、自分を騙すなってな。

おっかなかった。



どうして俺に「二度目」があったのかは今でも謎のままだ。

だがわかったことはある。

何度やり直しても満足なんてしない。

たらればな考えは永遠に脳裏をよぎり続ける。

だから、やり直しなんて意味がないんだ。

それなら今回の人生を思い切り生きるだけだ。


俺は自分の人生に満足している。

俺に生まれついてよかったと思っている。

平凡で、庶民で、決して社会のトップじゃないけど、それでいい。

これが俺だ。これでいい。



そんなことを考えながら俺はまだ生きてる。

父さんと母さんの歳も越した。

まあ平凡に死ぬんだろう。


大それたことなんていらない。



ただ誇りに思うことがある。

これは歳を取るごとに強くなっていってる。


両親と同じ道を歩いてるってことだ。

両親だけじゃない。

先祖代々みんな寄り道したり道草食ったりしながら、だいたい同じ道を歩いてきた。

多分、立場や地位は関係ないだろう。

どんなやつだって人間に変わりはないからな。


俺は道を逸れなかった。

みんなと同じ道を歩いて、その道を固めて、次のやつが歩きやすいように自分の足跡で標をつけてきた。

もし俺の子供が道に迷ったら、俺の足跡を見つけて前に進める。



最近、夢の中でやってることがあってな。

それは消しゴムで余計な線を消すみたいな感じで、やっちゃいけなかったことを夢の中で無くしてるっつーか修正してる。

例えば、学生の頃に言っちゃいけない一言のせいで喧嘩別れした奴に夢の中で謝る。

例えば、俺が寝坊して上司や先方にすげー迷惑かけてケショった仕事の朝に目覚まし時計の時間を早める。

謝ったまま。

早めに時間を設定したまま。

で、そのあとがどうなったかは見ない。

最初は寝る前にぼんやり考えてたことでさ。

そしたらそのまま夢に見るようになった。

でも最後までは見ない。

続きを見そうになったら起きるんだ。

その先に興味がないんだよな。

謝ってもやっぱり喧嘩別れかもしれないし、どんなに目覚ましかけても寝坊しちまうかもしれない。

そしたらそれでいい。

ただの自己満足だな。


そしたらさ、目の前にいる人間には謝ったり態度を改めたりできるって気付いたのさ。

嫁や友達には今からでも修正できるってな。

思いついたときに言い方を変える。

やっちまったら素直に謝る。

まあ、急に変貌するから気味悪がられるが。



母さんのアルバムがさ、ずっとあったんだよ。

遺品整理のとき出てきてさ。

アルバムだけずっと見れなかった。

最初は隠してて、それが本棚に置くようになって、この前、酒飲みながら気付いたら手に取って開いてた。

そしたらすげー若いセピア色の母さんがいたんだよ。

全部輝いててさ、この人こんなに細かったんだと驚いたり結構可愛い顔してたんだと我が母親ながら自慢に思ったり。

その輝いてる顔が、死顔に重なったんだ。

そのときに「母さんは死ぬときに一番輝いてたときの顔になったんだ」って思った。

「俺もそうなるといいな」って。

どうしてそうなるのかはわからない。

けど、なんかやり残したことないかって考えてたら、頭に残ってる気持ちの悪いのを消したいと思って、それで消しゴムだ。


別に今から善人になるつもりはない。

ただ、やることないしな、時間が有り余ってるからやってるだけだ。



これだってそうだよ。

こんなして書いたりしないわな、普通はな。

ただ時間が余ってるし、珍しい体験させて貰ったしな。

ちっと書いとくかってわけだ。

まあ、誰に見せる予定もないがな。



あと何年生きられるかわからない。

気持ちよく生きたいし、気持ちよく死にたい。

父さんは仕事のできる男だったし、母さんは横になるとトドのような立派な女だった。

俺もあとに続く。

以上。

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タイム 丸 子 @mal-co

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