最終話「遮蔽」

 前回の騒動そうどうからなんだかんだで半年以上がった。

 今、月着陸船のそばに二人、宇宙服を着た部長とスパイ女が無線で会話をしている。

「いやー、やっと着いたね、月。社員旅行でまさか月に行けるとは思わなかったよ」

 部長はげん良く笑って「益々ますますなんの会社なのか分からなくなってきたね」と付けくわえた。

「ホントなんの会社なんですかね」

 女が笑顔で相槌あいづちを打つ。

 外ポケットから、宇宙空間で使えるように開発されたスマートフォンを取り出した部長は、間違って連写したりしつつも月面の写真をり、スマートフォンの操作を続ける。

 部長が「ハッシュタグ、『月面で月見』っと」とつぶやいた。

「うわ、部長のインスタ全然面白くないですね! これ月見って言えるんですか? んじゃってますよ、月。どうせなら地球りましょうよ、地球」

 女の提案を部長は「いや、らないね。地球は宇宙船からきるほど見たからねー」と退しりぞけた。

「そうですか? ……それじゃあ私も『月なう』でツイート」

「うわ、君のツイート全然面白くないね」部長はニヤニヤしている。

「何同じこと言い合ってるんですか」

 上司と部下とは思えないむつまじさである。

「スマートフォンなんて見てないで、他にしたいことないんですか? 月なんて滅多めったに来られませんよ」

 荒々あらあらしく部長は「いやもういよもう、二度と来るかァ月なんて!」と言いはなつ。

「急にどうしたんですか。海外でスられた人の反応ですよ、それ」

 女は少し笑いながら言った。

「今ぐ帰ろうよ、俺月に向いてないよ。君は? 何かしたいことでもあるのかい?」

「そうですね、私がやりたいのはこれですよ」

 女がかくし持っていたお約束の銃をかまえた。

「部長にいきえてもらいます」

「えぇ、やだなぁ。人生最後の1ページがインスタの更新になるの?」

 ため息をいた部長がおもむろに手を上げながら続ける。

「そうか、着陸船が君と俺の二人だったからあやしいなとは思っていたけど、君もそこまでおろかかじゃないだろうと――」

「もっとしっかり手を上げてください」

 部長はこまり顔になって、うでばした。しかし、うでえんちょく線のなす角度が四十五度になったところできょじょうをやめてしまった。

「あれ、どうしたんですか? なんでスローイン終わった時のモノマネしてるんですか?」

「してないよ! これ以上上がらないの。あのねー、船内トレーニングで肩痛めちゃってね、さっきゅう接骨院せっこついんかりたいんだよ」

 女は心配を声色こわいろぜて「もぅ部長、中年なんですからごあいなさってください」と言った。

 部長は少し笑った後、ぐに真顔になって「銃向けながらよくそんなこと言えるね」と女をたしなめる。

 女が部長の命をねらうのは運命や因縁いんねんからんでいるように思えてしまい、部長は「どうにか俺を殺さずに済む世界線を見つけられないものかね?」という言い回しをもちいた。

「一回考え直してみたんです」

「考えあらためたのね?」

 部長はいらちを覚えつつも、女の話に耳をかたむける。

「はい、その結果、場所って重要だなぁと思いまして、暗殺のはつたいには宇宙空間こそ相応ふさわしい、という結論にいたりました」

「いや何をあらためた!? 俺は、『人類史上初、月面殺人事件』の被害者になりたくないの! 分かる!?」

「私は加害者になりたいです」

「加害者になりたいって何!? そんな文章存在するの!?」

「つべこべってもキリがないですよ、部長! いい大人なんですから我儘わがままばっか言ってないで、いさぎよく私の栄光のためせいになってください」

「よく俺が悪いみたいに言えるね」

 不満をらす部長を他所よそに、女はいきよい良くトリガーを引いた。実際目には見えないが、α線が部長のひたいをめがけて銃口から飛び出す。しかし、部長は女の策略のはるか上をゆく強固なたてを取り出し、α線を受け止めた。

「そ、それは紙じゃないですかぁ!」

「紙だね」

 部長はコピー用紙を右手でつまみ上げながら、淡白たんぱくに話す。

「教科書とかでよく見るやつだよ。α線は紙一枚で遮蔽しゃへいできるよーってやつ」

「α線が、紙に負けるだなんて……。紙に勝てないのはグーだけだって決まってるはずじゃないんですか……?」

 そう言って銃を片手に座り込んだ女は気付く。

「つまり、α線はグーである可能性があると。チョキには勝てるということなんでしょうか?」

「月にまで来て何を言ってんの、君」

 部長はため息をらした。

「本当はこんなことしたくなかったんだけど、君は全くりないようだから」

 部長は先程さきほどたてにしたコピー用紙を女にわたして「はい、これかい通知書。次俺をねらったら投げつけてやろうと思ってねぇ、ずっと持ってたんだよ。それじゃ君、今日でクビね」とげた。

「君はもう社員じゃないから宇宙船には乗らなくていよ。まあ精々せいぜいせいを月で楽しんでね」

 そう言いおいて、部長は梯子はしごを登って乗船した。しかし、無線での会話はまだ続く。

「あーそうだ、最後だから言っとくけど、紙がなくてもα線は服で遮蔽しゃへいできるからね」

「え」

「それに、服がなくても上皮組織で止まって内部までとうしないし」

「え?」

「だから、α線の外部ばくで人は基本的に死なないんだよ」

「えぇ!? 放射線なのに!?」

 混乱こんらんかくしきれないおもちの女はゆっくりと立ち上がり、さわやかに「大変分かりやすいご説明、ありがとうございました」とこうべれる。

「この状況でも礼儀正しいのはすごいね! やっぱ君ただ者じゃないよ」

 部長はあきれと感心かんしんじった感情を覚えた。

「それじゃあ。良い月面ライフを」

 部長の捨て台詞せりふを最後に、無線の切れる音がまくふるわせる。月着陸船は月の重力けんからのがれようとじょうし、月の周囲を旋回せんかいしている司令船とのランデブーに向かった。宇宙船が女を月に置いて、地球に帰ってゆく。月には、銃とクレーターと女だけが残された。

 手からこぼれ落ちた銃は地面でゆっくりとねたが、なんの音も聞こえない。

 女はかんする船を茫然ぼうぜんながめた。

「どうやって帰りましょうかね……」

 女のつぶやきは宇宙にひびかなかった。何故なぜなら宇宙の大部分は真空なのだから。


 完

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届け、α線 宮瀧トモ菌 @Tomkin2525

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