中編



    3



 それから私は猟奇犯罪の動画編集をするようになった。

 先ほどの、女が瞼を針で縫われる一部始終を編集するのが、私の最初の仕事となった。無論、それは私が行った猟奇的行為である。とても良い気分で終わった撮影であったが、行うのと動画編集で見るのでは全く違った印象を受けた――正直、グロテスクな映画を見ているようで現実味が無かった。私は映像の中の『身を縮こませながら女の顔に覆いかぶさる私の動画』をどこか他人行儀な気分で眺めていた。まるでフィクションを見ているようだった。だがそれは確かに私が行った事なのだ。その目玉から光を奪いたいと思った一心で行った事だった。そして、その後の彼女の行方を私は知らない。興味もない。光を失った女など何の魅力も無いからだ。

 職場の、いわゆる同僚は、田沢のほかに二人いた。一人はごくつまらない、長髪の男性だった。年は三十代で、無口でほとんど喋らない、たまに鼻毛が出ているのが不快な男だった。名前は堂本と言った。彼の仕事はほとんど動画の編集や、映像媒体の梱包といった仕事だった。彼は仕事のほとんどを仕事場の、あの薄暗いマンションで行っていて、外には出たがらないようだった。私は、彼を不愉快に思った。彼の行動やしぐさが一々癪にさわった。それは、彼が私に似ているからだった。私と同じく人見知りで面白い話も出来ない、つまらない人間。そういう彼を見ていると私は逐一鏡を見せられているようで、苦虫を噛み潰すような苦しく、うざったい気分になった。

 もう一人は三輪という女だった。堂本と違って、彼女はとても魅力的な人間だった。髪が長く、健康的な肌をした三十歳の女性だった。目がくりくりと大きく、愛嬌のある笑顔が特徴的だった。彼女はよく茶目っ気に笑い、時折真剣な目つきでモニタに向かっていた。

 いつも女っけのない地味なセーターを着ていて、ふくよかに膨らんだ尻は、それを包むジーンズ生地が弾けて飛んでいきそうなくらい豊満だった。

 彼女の人柄に反して、三輪の素性についてはあまりいい噂を聞かなかった。なんでも暴力団関係とコネがあるだの、風俗で借金を追って逃げ回っているだの、根も葉もない事ばかりだった。だがそんな事はないと私は思った。

 告白しよう、私は恋をしていた。

 彼女の事が好きだった。

「三輪さん、DVDのプリント作業について終わりました」

「えぇ。そうですか。意外と早く終わりましたね」

「そうですね」

「じゃあ金田さんにはそのままデータの複製に移ってもらおうかな」

「了解です」

 少しの間だけでも一緒に喋っていたい。二人っきりで何時間も何か――どうでもいい事とかについて語り合いたい。その柔らかな唇に触れたい。そして最後は至高のひと時を……。違うだろう? そこで私の中から、声がした。違うだろう? お前がしたい事はもっと複雑なんだ。もっと具体的なんだ。ああそうか。私は合点が利く。

「三輪さんって、趣味は何をなされているんですか?」

「あ、ええ。唐突ですね。でもいいですよ。

 趣味といっても、ゲームくらいしかないんですよ。休日は引きこもりして家でゲーム三昧。女らしくないですよね」

「そんな事ないですよ。どんなゲーム遊ぶんですか?」

「それは、最近で言うと――」

 ――私は、その女をめちゃくちゃに犯したいと思った。

 絶望を与え、ぐちゃぐちゃに膣をかき回し、首を絞めその命の全てを私の中に内包したいと思った。彼女の命を私が支配する事で、私は彼女の胎内に入り込む事が出来るのだ。ああ、そうして、私は美しい女の中で胎児のように眠る事が出来る。

 だが現実問題そんな事はできない。結局私はその女に対しては、へらへらと笑いながら時折雑談を交わす、一般的な同僚として接した。当然の事だった。私が性欲をまき散らしてしまっては、あの時の間違いを再び繰り返してしまうのだから。[星哉3]

 


 ある日、田沢が、現場に行ってみないかと誘いを出してきてくれた。

「人員も少なくなる事だし、貴方にも現場でビデオを撮る訓練をしてもらおうと思いましてね」

「別にいいですが私はカメラの知識はほとんどありませんよ」

「何もカメラマンレベルの映像を撮ってほしいというわけではないんです」

 田沢は例のにやにや顔で言った。「そこまで綺麗な映像を求めているというわけでもないでしょう?」

 確かに。顧客はまあ、見れればいいだけでしょう、と私はそう返した。田沢は、当日の集合場所と撮影場所、それから撮る動画の話をしてくれた。

 殺人、どうやら相手はヤクザの組員が飼っている女である。依頼をしてきたのはもう一方のヤクザ組織だ。女自体に恨みはないが、報復と脅しの為に敵の女を殺すとの事らしい。 

 それ以上の情報はないのかと聞いたら、聞く必要はありません、私も知りませんから、と田沢は何食わぬ顔で言った。どうやらこちらとしてはスナッフフィルムさえ撮れれば別にいいらしい。

  仕事は先にも書いたが拷問映像――いわゆるスナッフフィルムの編集が主だった。動画編集は簡単であった。難しい編集は要求されない。スナッフフィルムの体を成してくれていればそれでいいというのが要件だった。時折個人名が出てくるからその音声だけをカットして、私は無編集の映像をDVDやBDにコピーし、簡素なディスクケースに梱包をした。簡単なアルバイトの仕事だった。

 ちなみにスナッフフィルムは某ビデオ会社や裏組織の要人、金持ちのコレクターにそこそこの金額で売っているらしい。昔と違って今はインターネットで何でも手に入るから、スナッフフィルムの価値は地の底まで落ちているのだとか。この会社がどう運営をしているのか甚だ疑問である。

 

 

 4


 それから数日後の冬の日、午後七時に私と田沢は会社で待ち合わせをし、彼の運転で大田区のとある町工場まで向かった。

 夜の第二京浜道路はオレンジ色の街灯が柔らかに夜の闇を照らし、人気も――行き交う車の量も多かった。車窓から外の様子を眺め眺め、私は実のところ、これから見られる拷問の光景というものに密かに胸を高鳴らせていた。パソコンのモニタでしか見られなかったあの光景が、ようやく目の前で見られるんだ、あの血しぶきが、音割れを気にしなくてもいい悲鳴が、そして贓物の臭い……単純に、私はわくわくしていた、まるで遠足の前日に眠れない小学生のように。

 午後八時ごろ、我々は多摩川沿いの小さな工場へと辿り着いた。町は夜だから人気がなく、叫び声が上がっても誰も助けに来てくれなさそうだった。それは即ち激しい拷問を行っても誰も来てくれない事を意味する。

 車をわきに停め、入り口に向かうと黒いスーツを来た若い男がいた。ほっそりとした鼻立ちで髪を金色に染め上げている。その金髪をヘアジェルできっちりと七三に分けているのが、何となくシュールだった。

「田沢さん。お疲れ様です」

 我々が近づくと男はぴしりとお辞儀をして言った。その挨拶のあまりの美しさに、私はどきりと心臓を掴まれた感覚を覚えた。彼は私の顔を見るとにっこりと笑った。整った面長の美形だ。

「家永です。金田さんですね。どうぞよろしく」

 そう言って彼は手を差し出した。私はぎくしゃくした握手をして「こちらこそよろしく」と口の中でもごもごと言った。

「機材、持ち込み手伝いましょうか?」

「いえ、我々二人だけで大丈夫です」

「それでは早速向かいましょう」

 彼に案内され、我々は機材を持って、工場の内部へと入っていった。迷路のような入り口を通って、事務所を通り抜けて広場のような場所に出た。

 ……さっぱりとしたコンクリートの地面が広がっているだけで、重機械のようなものは一切見られなかった。一つのバンを除いては。だだっ広い空間にバン一台がぽつんと中央に置かれている。不思議だ、あの金髪の家永が乗ってきたものであろうか? あるいは中に人でもいるのだろうか? 

 ともかく我々は早速機材の設置に勤しんだ。とはいっても私は何をすればいいかさっぱりだから見ているだけである。「取り敢えず見ているだけでいいですから説明だけを聞いてください」そう言って田沢はてきぱきと三脚を組み立て、二つ、定点カメラを設置し、その間その組み立て方を私に簡潔に教えてくれた。正直最初は三脚など立てればいいだけだろうと高を括っていたが、どうやらカメラの台座のねじ回しなど細かい作業が幾つかあるらしい、さっぱり分からなかった。カメラを設置した後は、田沢は私に電気の明りを調節してくれなど指示を出しながら、自身は電源ケーブルを通すなど細かい作業を行った。最後にX字の、人を括りつけるSMプレイに出てきそうな磔台を置いて、そうして、四十分ほどで簡易的なスタジオが出来上がった。

 撮影前、田沢は簡易スタジオの様々な微調整に勤しんでいた。

 それを私が立ち尽くして眺めていると、例の礼儀正しいヤクザの家永が話しかけてきた。

「どうです。仕事は慣れましたか」

「いえ、毎日戸惑うことばかりです」

 家永は心地のいい香水を身に着けており、彼が近づくといい匂いがした。彼は、相変わらずの過度な礼儀正しさだった。年齢は二十代後半だろうか、肌がきれいで顔立ちも整っている。背筋はピンと伸びてまるで体操選手のようだった。どこかのホストと言われても信じてしまいそうだ。本当に彼はヤクザなのだろうか? 何となくやわ男のような気がするし、仁義の世界で生きているにはあまりにも綺麗すぎる。

「こちらも同じようなものですよ」

 家永は言った。

「私も毎日毎日、分からない事だらけです。必死にやっても報われない事ばかり、血と汚物に囲まれ、来る日も来る日も雑用ばかり」

「そういう仕事をなさっているのですか? いえ、イメージとは違ったので」

 私がそういうと、家永は首を振って苦い笑顔で答えた。「……あまり、公には言えないような仕事なのです。説明が複雑というか、話すのにものすごく時間がかかるような事なので」

 それから、家永はスタジオを指さした。「それに貴方だって本当は仕事以外の目的で、ここにきている節もあるでしょう?」

「それは……」

 私は言い淀んだ。家永は目を細めて、まるで一言一言が苦痛にまみれているみたいに口を開いた。

「貴方も好きなんでしょう? 女が苦しみ、そしてその尊い命が失われていく瞬間を見つめるのが。私はね、苦しいんです。ここにいるのが。生きているのが、という意味です。受け入れられない世界の痛み、何もでもない自分が許容できず、かといって死ぬ事もできない。残りの人生は糞にまみれ、そして俺の意識は無になる。死ぬ。死ぬ。でもこういう仕事をしていると少しはすかっとするものです。女が血を流すのはいい。激しく勃起してしまう」

「……私は、私はひどく俗物な人間です。くだらない事で人生をふいにし、何もかもを駄目にしてしまった。私は、これまでの人生で本当に生きているという感じがしなかったんです。それが、ここに来て少しは変われた。人間の瞼を糸で縫い合わせた時、私は本当に幸せだと思ったのです。私はそれまで、本当に自分が存在しているとは理解していなかった。それを、あの女は許容してくれた気がする」

 家永は私の意見に賛同するように頷いた。

「許容は良い。許されるという事がどれほどに心温まるか」

「金田さん、家永さん、撮影を始めます」

 準備を終えた田沢がこちらへと話しかけてきた。それから私に向かって「取り敢えず今日は見ているだけでいいですから。彼女を運ぶのだけ手伝ってください」と忠告するみたいに言った。

 そして彼は離れに留まっている一台の車へと向かう。

 私も彼についていく。

 彼はバンのトランク側へと周りこむ。

 そしてドアを勢いよく開けた。

 もごもごと、誰かが叫ぶような声が聞こえた。私は、嫌な予感がした。口の中が酸っぱくなるような、嘔吐感を覚える眩暈だ。

 私はトランクを覗き込む。

 そこには血の気を失くした裸の女がいた。

 その女は三輪だった。

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【短編小説】種【R15】 月山 馨瑞 @k_tsukiyama

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