第11話

 午後の予定が全て終わり、三人は生徒会室に向かった。部屋をノックするや、恵庭が勢いよくドアを開け、ほっとした様子を見せた。

「ありがとう。これで話し相手ができた」

 予想外の反応に、三人は頭にハテナマークを掲げたまま、ソファーに腰を下ろした。またしても三人で横に並ぶ。アリスと体が密着する。窮屈で、その細い体が潰れないか心配になる。


「三月まで恵庭先輩ひとりだったんですか?」アリスが身を乗り出し、向かい側に座った恵庭に問いかける。

「話し相手ができたっていうのは冗談だけど、残念ながら」

「組織っていうからには、構成員もそれなりにいると思ったのに」


「『ヴォーウェル』にようこそ、と言いたいところだけど、この学校だけで組織されているわけじゃないしな。ここはいわば、緑ヶ丘支部ってところだ」

「『ヴォーウェル』って、一体何をする組織なんですか?」

 机を挟んで反対側に座る恵庭に、真紀はまっすぐ尋ねた。


「まあ色々あるんだけど、能力者の権利拡大っていうのが大きいのかな。『ヴォーウェル』を含む《特機》、ああ《日本特能研究開発機構》の略なんだけどね。その最大の役割は、能力者への就学・就労支援なんだ。入学式で僕が言ったのは、結局綺麗事でさ、実際には差別やら偏見やらは根強くて、僕の親の世代はみんな苦労したらしい」


「世界と対峙って言ってましたけど、なんだか大変そうですね」

「まあね。大人になれば嫌でもぶつかる壁を、少しでも低くしようっていうのが目的だから。それに、僕たちはまだそれに庇護される側だ」

「それじゃあ、私たちは何をするんですか?」

 庇護される側としてやらなければいけないことというのは何を差すのか、アリスでなくても疑問を覚えた。恵庭はそうだな、っと考えてから、短く言った。


「生徒の悩みやトラブルを解決するのが仕事だ」

「それって、生徒会じゃダメなんですか?」恵庭の回答にアリスが噛み付いた。「〈タルタロス〉が試験っていうくらいだから、どれだけ危険なことがあるのかって心配してましたけど」

「まあ、結果的に生徒会と支部はほとんどイコールだけどな。生徒会役員は規約上一年後期から三年生前期までの任期制だ。二年は俺だけだし、三年生は会長だけ。一年生の君たちは、『ヴォーウェル』として所属してもらって、ゆくゆくは生徒会の役員もやって欲しいと思っている」


「生徒会って、そんな選び方でいいんですか?」

「まあ、実績がないとなかなか選びにくいし、実際、やりたい人っていうのはあんまりいないからな。こういうのは、お互いそれらしい人だっていう共通認識が必要なんだ」

「そのためのプロパガンダとして、私たちはここにいるってことですか」


「そういう見方もある。とはいえ、さっきも言った通り、やることはほとんど変わらない。ただ、悩みやトラブルといっても、普通と違って、当然魔法が関わってくる。〈タルタロス〉のような、使役する魔物が暴走する事件なんかトラブルの典型だな」

「大丈夫なのかな」

 アリスの不安そうな声は、そのまま真紀の不安でもあった。


「君たちなら問題ない、僕がそう思ったから来てもらったんだ。もちろんフォローはするし、何と言っても事態への対処能力が上がればそれだけ君たちの能力も上がり、株も上がる」

 恵庭の言葉は、空疎な気配を漂わせてテーブルの上を漂った。実感が湧かなかった。昼休みにあれだけ決意を固めたと思っていたのに、この場所に来た途端、再び不安に押しつぶされそうになる。


 恵庭はその空気を敏感に察したようで、じっと押し黙り、真紀とアリスの間にある空間を見つめているようだった。

「先輩、ひとつだけ、約束してください」

 実際には、沈黙は長くは続かなかった。夏希がひとつ息を吐き、背中をまっすぐに伸ばして恵庭に問いかけた。横目に覗くその瞳の光沢に、心を掴まれる思いがした。


「……なんだ?」

 恵庭が鷹揚と返事をし、夏希の言葉を待つ。ドアの向こうで時折聞こえていた校庭の喧騒も、この時を図ったように静かになる。

「私たちは、自分の能力のことはわかっても、魔法世界のことはほとんど知りません。危険が伴う活動と聞いて、『そうですか』なんて無責任なことは言いたくありません。できることは全力でやります。でも、できないことはできません。それをわかってください」


「わかってる。君たちの意見は尊重する。僕も同じだ。できることしかできない。できることを精一杯やる。それだけは約束する」

 夏希の言葉は、本当に力強く、対峙する恵庭もぐっと体を強張らせるほどだった。けれど、恵庭も引かなかった。実際に何ができるかは、その時にならないとわからない。それでも、できることをやる。それだけでいい。それは崩れかけた決意を寄り戻すには十分だった。


「……じゃあ、私がいても平気ですか?」気づけば、真紀はそう尋ねていた。

「大丈夫だ。できることを考える力を、五十嵐は持っている。五十嵐がいてくれれば、僕たちも心強い」

「ドラゴンのことなら、任せてください。私も、できることを頑張ります」


 アリスが言い、三人の意志が固まった。恵庭は満足そうに頷く。

「よし、決まったな。早速で悪いんだけど」恵庭が一度立ち上がり、生徒会長の机の上からタブレット端末を持ってきた。「今から、この子に会ってきてくれないか?」

 それは、それこそこういう時にドラマやアニメで見るような、生徒の顔写真と氏名、住所や家族構成の書かれたリストだった。


「鳥飼美鈴さん、二年三組。この人に何かあったんですか」

 夏希がリストをさらりと読み上げる。真紀も覗き込んだ。学生証の写真を拡大したと思われる、のっぺりとした写真だったが、それでも切れ長の目と薄い瞼が静謐で凛とした印象を与えていた。

「最近、夢の中で黒い靄が何かを彼女に語りかけるらしい。何かよくないものに取り憑かれたんじゃないかと不安がってる」


「悪霊、とかかな?」真紀は隣のアリスに聞いた。取り憑かれるというのは穏やかではない。これも魔法の範疇なのか、それさえもわからない。

「かもしれないけど、それを退治するんですか?」真紀の言葉を受け、アリスが恵庭に問いかけた。

「場合によってはな。でも、原因がわからないことには、対処のしようもない。幸い、今日も普通に学校に来ている。教室で待つように言っているから、三人で話を聞いてきてほしい」


「恵庭先輩は行かないんですか?」真紀が尋ねる。

「俺は、今日中に先週の始末書を書かないといけないんだ。ちょっと気合を入れすぎて、教頭にきつく怒られた」


「まずは恵庭先輩のやる気を駆除する方が先かもしれませんね」夏希がいたずらっぽく笑い、立ち上がった。

「冗談はいいから、さっさと仕事にかかれ」

 恵庭は不機嫌そうにそう言ってタブレット端末を手元に引き寄せた。真紀とアリスも立ち上がり、「わかりました」と三人の声が揃った。

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