五年生

十月

俺は、燃えていた。

18日にある、市の音楽会に向けて。

俺は、吹奏楽部だ。

部員、34人のうち、男子は5人。

5人の中でも、五年は2人。

その、もう1人。

の相棒。みたいなもん

5年4組、同じクラスの、佐藤さとう佳和よしかず。愛称、ヨシ。これは俺専用。

そして、担当パートは、トランペット。

そう、まさに、花形楽器。

さぁ、それに対して、俺はトロンボーン。

まあ、チューバとかユーフォニアムとかよりかは、全然、花形寄り何だろうけど、やっぱり、トランペットとかサックスの方が桁違いに格好良い。

いやいや、俺よりヨシの方がルックス良いのに、楽器も俺より格好良かったら堪んないよ。

俺、どうすりゃいいんだ。

ヨシは、良い相棒だが、最高のライバルでもある。

切磋琢磨。まさに、俺たちの為に作られたような言葉だ。

そんな、ヨシ。実は、友達が居ない。

ルックスは子役も出来る位に良い。

それでも、友達と言えるのは、俺1人。

まあ、独占欲の強い俺は、それで満足だ。

俺も、友達が多い方ではないから。

悲しい2人だ。でも、楽しく居られる友達がたった一人というのもそれはそれで悪くはないな。

俺も、友達が少ない。

ヨシとは違って、ヨシ以外にも一応友達と言える人がいる。

低学年の時は例の「友達100人できるかな」というフレーズに従順に、懸命に、友達作りに専念していた。

学校に行くのは、友達を作るためと言っても過言ではなかった。

ただ、しばらく経つと、友達の居る意味を失った訳ではないが、友達作りに疲れてしまった。

今も、その名残の友達が居るが、最近、嫌われ始めているような気がする。

何でかなぁ。ヨシとしかあまり話さないからかなぁ。

いや、別に話してもいいんだよ?

話し掛けるのが苦手なだけなんだよ?

声かけてくれれば、全然話すよ?むしろ話したいわ!声掛けてぇ

そんな中、唯一話し掛けてくれて、俺も、落ち着いて話せる人が居る。

それが、吹部のみんなだ。

吹部では、俺は俺ではない人になれる。

それが嬉しくて、楽しくて、だから、燃える。

面白く、格好良く(普段より)なれてる(はず)。

トロンボーンだって格好良いんだぜ!っていうのを伝えたいんだ。

ヨシのトランペットよりかは、見た目は劣るかもだけど、音は、どこまでも無限に格好良く出来る!

俺の努力次第で、トロンボーンを輝かせることが出来るんだ。

それだったら、努力する以外の選択肢は無い。

だから、俺はどこまでも、頑張れる。

音楽会に向けて、誰よりも、上手くなりたい、格好良くなりたいから。

部活の中では、吹部が一番格好付けやすい部活だと思う。

自由に伸び伸びと、吹ける。

それが、らくで、たのしくて堪らない。

だから、どんなに変な目で見られても、吹部を続けられる。二年も続けてきたんだ。

その年月は、明らかに音となって、俺を輝かせている。

額に滲む汗が輝き続けるように。

ヨシも俺も確実に上手くなってる。

同じレベル位になっている。

一緒に河川敷で練習したり、先生に質問したはずが、詰問みたいになっていたり、そんな些細で、ぼんやりとした思い出も、良い思い出と言えてしまうのは何故だろう。

実際、何の曲を河川敷で練習したのか、何の質問が詰問になったのかなんて、覚えていない。

でもそれが、にやけてしまうほど自慢出来る思い出なのは、何でなんだろう。


「ん?マツ、何か悩み事?」

「え?いやいや別に?大丈夫。だと思う…よ?」

「ん、そっか」


完全に忘れてた、ヨシと一緒に下校中だった。

っていうか、何でバレたんだろ。悩んでるって。

ヨシ、超能力使えたのか!?

凄いなぁ。ヨシ。成長したなぁ。


「マツ?どした?俺の顔何かついてる?」


そう言ってヨシが、自分の顔を触る。


「ごめん、ごめん。何もついてない大丈夫」


気抜けてた。ポカンとしてたわ。俺、大丈夫か。口開いてなかったかなぁ。あぁ、心配だ。

まぁいや、昔のこと振り返って、感傷に浸んのやめとこ。卒祝会卒業を祝う会で泣こ。せめて。

卒業式で泣いても良いしな。あぁ、でも、自分が卒業する訳でもないのに泣くのは変かな。卒業生より泣いてるとヤバいしな。今年は当分泣けないね。

そう、ぼんやり考えていると、ヨシの声がふわふわ聞こえてきた。

あぁ、ヨシ話してた。危ね。

その後、十字路で「また、明日」って、いつものやって、また、ぼんやり歩いた。


「いつもの」って何かって?

やっぱ、男だからさ、カッコつけたいじゃん?

そんな、話をヨシとしてたら、ヨシが「ハンドシェイク」って知ってる?って言い出して、俺、そん時ハンドシェイク知らなかったから、ヨシに教えて貰って、二人で作った。

ヨシも俺もお気に入りだ。

何も見ずに作ったから、かっこいいか分かんないけど、俺は二人でやってて楽しい。

ちょっと長いけど、二人とも大好きなので、休み時間会う度にやる。

ずっと続けられたらいいなと思う。

これだけじゃなく、最近、色んな事を続けたいと思うようになって来た。このクラスメート、この教室、この関係で卒業出来たらどんなに楽しいかな。

楽しい六年間だったなと思えるかな。

それくらい、今の生活が大好きだ。

幸せで、楽しくて、充実している。

細かい所、節々で幸せを感じる。


そんな事を思いながら、日々、楽器を吹き、ヨシ達と話し、授業を受けていると、いつの間にか市内音楽会の日に。

朝、母さんに言われ、いつもより少し早めの五時半に起きて、学校で決められた衣装を着て、昨日の夜、汚れた部屋の角で見つけたリュックに荷物を詰め込む。

今日の弁当は、お楽しみらしい。

ただ、小さいゼリーが入ってるよとだけ言われた。

そんな事にも、心が踊る。弾む。やる気が出る。

頭の中お花畑なのか?

最近、喜び過ぎで、いつか、相当悪い事が起こりそうで怖い時もある。

まあ、今は今だけ見てりゃいっか!


市民会館までのバス。

ヨシの隣で俺はケラケラ笑ってた。

一個前の女子が座席の間から顔を出てきた。

「マツ、もっと緊張感持ちなよ」

その言葉を聞いて、俺は座席に座り直した。

俺は、今回の音楽会でソロ(独奏)を担当している。

でも、良いものではない。

俺は補欠として選ばれた。

吹部の本番はこの音楽会じゃない。

これからではなく、もう、三ヶ月前に終わっている。

この音楽会でその時にやった、曲を演奏するのだが、そこにトロンボーンのソロがある。

でも、本番は六年の先輩が吹いた。

そして俺は、補欠として一応、五年の中から選ばれた訳だが…

本番は先輩がガッツリ吹いた。

何のミスもなく、最高の演奏だった。

俺は本番であれを出来る自信がなかった。

だから、先輩が吹いて良かったと思う。

俺なんかが吹いてたら、金賞は取れなかったから。

そう思っているのに、いつもそう思ってるに変わってしまう。

心の中にある、言葉では表せないモヤモヤがこびり付いて取れない。

それをキレイさっぱり取り除く為にこの音楽会、ソロがある。

ここをしっかり決めて、俺は気持ちよく来年へ行きたい。

選ばれたんだ、実力は五年の中では誰よりもあるはず。

そんな事を考えているうちに、音楽会が終わっていた。あっさりしていた。


……あれ?俺、ソロ吹いた?

いや、ソロ吹いてたらあっさりしてた訳ないよな。

でも、思い出せない…

仮に吹いていたとして、上手くいったのか?


失敗していたら、どうしよう。反省してないみたいに思われたら嫌だな。

でも、成功してるのに悔やんでいたら、それはそれで、目標を馬鹿みたいに高く設定してるみたいに思われるのも嫌だ。俺は、そんなのを見れるほど上手くないから。

帰りのバスは静かだった。

現地解散の人もいて、人数は減ったし、残ってるやつも元気がない。みんな、疲れたんだな。

…ん?みんな俺の事見てない?

様子を伺う様に俺を見ている。みんなだ。

先生までも、俺を見ている。

俺…なんかした?やっぱ…ソロ、ミスった?

ヨシは現地解散でいないし、気軽に聞けるやつが一人もいない。

しょうがないから、家に帰ったらヨシに連絡しよう。


「マツ、大丈夫か?」

「え?大丈夫ですけど…」

「そうか、それならいいんだけど

具合悪くなったら、すぐ言えよ?」

「あ…はい。」


先生が俺を心配?

俺はそんなにやらかしたのか?

怖い。

明日学校行ったら、退部届を向こうから渡されるなんて事ないよな。


ずっと周りの目を気にして、怯えながら、家まで辿り着いた。

母の手洗ってねの声を生返事で通り過ぎ、リュックを投げ、スマホを取る。

すぐにメールを開いて、ヨシに連絡する。

「なぁ、ヨシ。俺、今日何かやらかした?」

そんなに待たずに既読が付いた。

ヨシは、いつもあまり、携帯を見ないから、そのすぐ付いた既読にさえ、俺は怯えた。

「いや、」

「ソロは」

「問題なかった」

「と、思う」

「ぞ、俺は」

なぜか、五つに分けて、一文を送ってきた。

怖い怖い。ヨシの行動一つ一つが俺の恐怖を更に掻き立てる。

っていうか、「思う」「俺は」って、絶対やったじゃん。俺。何かよくわからんけど、何かやらかしてるよな。

「正直に言ってくれー!頼むー!俺の為だ!」

今度はやけに、既読が付かない。

早く、早くしろ!何で、見てないんだ!電話かけるぞ!

それも、怖いんだって!

何で、問いただすと無視するんだ!?


もう、いいや。忘れよう。今回の事は。

……って、忘れられるか!

あ、既読付いた。

「いいのか?ホントに言って」

「いいよ、いいから、早く言え!」

「いいのな、言うぞ」

「うん」

「………」

俺は、緊張して舞台裏で倒れたらしい。

それが、会場全体に伝わってしまって、音楽会は中止になった。

俺は、すぐに目を覚ましたが、頭から倒れたらしく、記憶が少し飛んでたらしい。

それから、学校から連絡が来て、全員を解散させる様にさせた。

会場に保護者が来てる人は保護者と合流し、すぐに帰った。そこで、ヨシは帰ったそうだ。

でも、俺は保護者が来ていなかったので、とりあえず、同じく会場に保護者が居ない人達とバスで学校まで行くことが先生同士の話し合いで決まったらしい。

そして、俺はバスが会場に到着する前に記憶を取り戻した。多少の。音楽会自体は覚えていたのだが、自分が倒れたこと、音楽会が中止になったことは、分かってなかったそうだ。

ヨシが帰ったあとの話は、ヨシが別の友達に聞いた話だそうだ。


「教えてくれて、サンキュな!」

「全然。もう元気か?」

「あぁ!大丈夫だ!

そっかぁー。音楽会、終わったのかぁ。」


俺の目から零れた雫が、スマホに弾かれる。


「先輩達に悪かったな!最後の音楽会だったのに

なぁ」


あぁ!悔しいぃ!吹きたかった!トロンボーンを!

あの、人で埋まった客席の前で!一人立ち上がって!

俺のせいで、俺のソロが無くなった。のか…?

スマホをベッドに投げつけ、拳を握る。

しばらく、悔しい気持ちを込めた右掌には、紅く、くっきり、爪痕が残っていた。

その爪痕と痛みが俺の俺への怒りを発散させていく。

だから、ずっともっと長く強く拳を握り直し、力を込める。

足りない、まだ足りない!

俺の力はこんなもんじゃ無い!

ベッドに飛び込み、枕を叩く。

潰したい!俺の想いと共に!もう、ソロの事を考えたくない!あんな、悔しい想い、もう二度としたくない!

枕が凹み、俺の怒りが多少晴れる。

窓を開け、外の空気と夜空を楽しむ。

俺の心が冷たい空気に当たって落ち着いてきた。


そうだ。

来年、また、ソロを任されるように

オーディションも無く、「マツ、よろしくな!」って言って貰えるように。みんなに、笑って拍手して貰えるように。

また、頑張ろ。


「おい!ヨシ!!」

「どした?」

「俺は、お前に勝つからな!」

「俺も、ぜってぇ負けねぇよ!」

「お前がソロ吹くんなら、俺も吹く!

お前より、最高のパフォーマンスを見せてや

る!」

「ったく、その自信はどっから来てんだ!

俺に勝てる訳ねぇだろ!

市の音楽会程度で倒れてる奴がよぉ!

悪いがなぁ、俺の方が良い音で、良い演奏をしてや

るわ!」

「そん時は、俺もお前も」



「「泣いて卒業出来る時よ!」」


俺の涙は、冷えた外気に触れ、頬を伝って流れたように、つうっと乾いていった。

母さんの夕飯に俺を呼ぶ声に、いつの間にか、寝転がっていた俺は、ぐんと立ち上がった。

涙のせいで引きつった顔を精一杯、笑顔にして胸を張り、俺ははーいと返事をした。

そして、戦いに出る勇者になりきり、部屋を一歩出た。


次の日、

俺は朝早く家を出て、一番に音楽室に着いた。

椅子が並べられておらず、電気も付いていない音楽室が新鮮でしばらく電気を付けずに居た。

音楽室ってこんなに広かったんだなぁ。

いつも、人が詰まった音楽室しか見てきていなかった。

こんなに、活気が無く、静かな音楽室は初めてだ。

その珍しさに浸っていると、

ドアが音と共に開けられた。

驚いて、振り返ると、そこに居たのは、息を切らした、部長と副部長だった。

どちらも俺を見て、驚いた顔をしていた。

まぁ、そうなるよね。

いつも遅刻気味だもんね。

そんな俺が誰よりも早く来てたら驚くよね。

俺は、そんな事を思って、先輩達に小さく頭を下げた。

すると、先輩達も俺に頭を下げた。


先輩達の顔を見て、思い出した。

そして俺は、さっきの三倍深く、三倍長く頭を下げた。


「す、すいませんしたー!」

「マ、マツ?」

「俺のせいで先輩達の大事な舞台が無くなってしま

った。

最後の音楽会だったのに、演奏さえ出来なかっ

た。

……全て…俺のせいです。」


先輩達の表情は見えない。


「マツ、顔上げや。」

「先生…」


口を開いたのは、部長でも副部長でもなく、いつの間にか来ていた、顧問だった。

ゆっくりと顔を上げると。

優しく微笑む先輩達が居た。


「ねぇ、マツ。

マツは、何か悪い事したの?

倒れただけじゃん。

そんなんで謝っちゃうの?今更?

マツは今まで何してきたよ。

倒れただけで謝ってるなら、今頃、マツはすみま

せんで声枯らしてるよ。」

「昨日、泣いたんだろ?夜、頬濡らして目、瞑ったん

だろ?

それでいい。俺らはそれで充分だぜ。」


優しい声の部長。

暖かい声の副部長。

今まで、俺らを支えてくれた、柱。

大黒柱の顧問。

六年生、11人全員が俺らを支えてくれた。

みんなが柱だった。

一つでも壊れたら、全てが崩れる。

俺も、柱になりたい。

来年、かけがえのない部員になりたい。

吹奏楽部として、六年生として、

この大好きな場所で、大好きな仲間と共に、


かがやいていたい ――



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