答え合わせ

 グレイスは夜の帝都をひた走った。目指すは宮殿――謁見の間だ。


 随行する六人の騎士の中で、何故謁見の間に向かうのかなのかと尋ねる者はいない。戦女神に理由を問うことそのものが不忠であると考えるからだ。


 ――マリアは必ず謁見の間にいる。否、


 グレイスが確信を胸に抱いて宮殿に足を踏み入れる。既に帝都の各所で戦闘が始まっているが、宮殿内は不気味なくらいにひっそりと静まりかえっていた。


 大広間を通り抜け、階段を一気に駆け上がって重いドアを勢いよく開けると、そこは謁見の間。奥の玉座に従者も置かずたった一人で佇んでいたのは誰であろうマリア・ゴールデンフリースだった。


「待ってましたよ。グレイス・ブルーローズ」


 かつてはゴールデンフリースの繚花と親しまれ、いつしか狂乱の女帝と恐れられるようになった彼女はしかし、寄宿学校時代と少しも変わらぬ柔らかな笑みを浮かべて、言った。


  ――マリア様!


 グレイスは思わずそう叫びそうになるのをぐっとこらえ、旧友をまっすぐに見据える。


「今更挨拶は不要でしょう。わたしがここに来たのは答え合わせのためなのですから」


「答え合わせ、ですか」


 柔らかな笑みを崩さずに言う。わかっているくせに。良いだろう。そちらがそう来るなら、こちらも全てを語るまでだ。


「いつかの夜、マリア様はトール皇子に始祖帝と同じ力が微弱ながら備わっていると打ち明けてくれましたね。わたしは友人としてそれを信じました――今でも信じています。ですがその打ち明け話には裏があった」


「というと?」


 笑みを浮かべたまま、マリアはグレイスのことを試すように小首を傾げた。


「マリア様にも未来を見通す力が備わっているという事実です」


「……どうしてそう思ったのです?」


「トール皇子に未来視の力があると心の底から信じ、その力がゆくゆく皇子自身を危険に晒すことになると考え、先帝の後継者を巡る争いが血みどろの争いに発展するよりも前に隠遁させる――そんなことができるのはトール皇子と同じ、いえ、トール皇子よりもさらに強力な未来視の力を有する者だけだからです」


 その結論に至ったきっかけは、収穫祭の夜にトール皇子が発した言葉だった。


『一つ確実に言えるのは、サカトゥムに居続ければぼくは死ぬということです。ぼくにだってそれくらいは見通せます』


 はじめグレイスはその発言を幼い皇子なりに帝都の情勢を分析した結果なのだと捉えた。その後、マリアから理杖と皇子の秘密を打ち明けられ、『見通す』というのが文字通り未来を視た結果なのだということ知った。さらにずっと後になって、皇子が『ぼくにだってそれくらいは』と言ったのは、始祖帝よりもずっと身近な存在を念頭においてのことだったのではないかと考えたのだ。


「マリア様にわたしの想像通りの力が備わっているのであれば、オウルモッフでの敗北を回避する方法などいくらでもあったはずです。にも拘わらず、マリア様はわたしに負けた。何故か。マリア様がそう望んだからです」


 先の会戦だけではない。圧倒的な戦力差にも関わらず、グレイス率いる反乱軍は――グレイス率いる反乱軍だけが、ただの一度も敗北を友とすることがなかったのだ。故に人はグレイスを戦女神と称えたが、真実は違う。全てはマリアによって与えられた虚構の勝利だったのだ。


「貴女の采配、貴女の育てた軍勢なくして勝利を得ることは難しかったはずですよ。それはわたくしが断言しましょう」


 グレイスの心の内を見透かしたようにそう言って、マリアはぱちぱちと手を叩く。


「お褒めいただきありがとうございます。しかし、そう仰るからにはお認めになるんですね。マリア様に未来視の力があるということを」


「そう取ってもらっても構いません……これが貴女の言う答え合わせですか?」


「まさか。これからが本番ですよ」


 グレイスが言うと、マリアはそれまでとは異なる質の笑みを浮かべたようだった。


「聞きましょう」


「ともに悪竜を討つならば、再び相まみえん。それを望まぬなら、その地で平和に過ごすべし――マリア様から送られてきた手紙にはそのように書かれていました。父の家臣たちは帝国に牙を剥くものを悪竜になぞらえたのだろうと考え、あの手紙を降伏勧告だと解釈しましたがマリア様の真意は違う。あの手紙は字義通り解すべきものだったのでしょう」


 マリアはグレイスの問いには答えず、その笑みの性質だけで肯定の意を示した。


「すなわち――マリア様は未来を視た。伝説の悪竜が復活し、この大陸に攻め込んでくるという最悪の未来を」

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