夜を駆ける

 百合之峡谷騎士団の男たちは、服をすべて脱ぎ捨てて互いの体に墨を塗りたくった。夜の闇に身を隠すための知恵だ。グレイスも(さすがに全裸になるつもりはなかったが)それに倣おうとすると「戦女神の御肌を敵に晒すなどとんでもない!」と制止され、結局いつもの軍装の上から黒いマントを羽織ることにした。


「戦女神は我らにこの戦を終わらせるよう命じられた。戦女神は我らに十死一生の戦場を与えたもうた。戦女神は我らとともに歩むことを選ばれた。命、捨てるは今ぞ! 命、奪うは今ぞ! 命、守るは今ぞ!」


 百合之峡谷騎士団の団長はそう叫び、団員の一人一人と剣を打ち合った。


「今よりサカトゥムの門が開くまで魔術詠唱を除き一切の会話を禁ずる。各員は小隊長の行動に倣って動け。我々は今宵、死を運ぶ闇となるのだ!」


 野戦において無類の強さを示してきた男たちは、潜入作戦においても優れた手腕を発揮した。あらかじめ調べておいた帝国軍の警戒網の穴をつき、古くからある城壁に接近。石壁の隙間にナイフを差し込んで作った小さな足場を軽々と上り、城壁を乗り越える。近くにいた見張りの兵を気づかれるよりも早く斬り殺し、大手門へと雪崩れ込む。


「ファイアボール!」


 夜を徹して門を守る兵たちのためにたかれた篝火に、それよりも遙かにまばゆい火炎の塊が襲いかかった。爆音。篝火は台座ごと吹き飛び、辺りは闇に包まれた。


「何だ! 何だ起こった!」「ぐわっ! 敵襲! 敵襲ー!」


 大混乱のさなかにあって、衛兵たちはよく戦ったが、全身くまなく墨を塗った裸形の男たちを捉えることは難しく、次々と討ち取られていった。


 門を守る衛兵が最後の一人まで討ち死にしたのと、門を固く閉ざしていた鉄鎖が緩められたのは同時だった。


「本陣に合図を!」


 団長が命じると、騎士の一人が火球を天空高くに打ち上げる。魔術花火のように発色を調整して打ち出されたそれは、夜の闇にひとときの青薔薇を咲かせた。


「「「おおおおおお」」」


「「「ぁぁぁぁぁぁぁぁ」」


 遠くから聞こえてくる味方の軍勢の歓声と近くから聞こえてくるのは敵の軍勢の悲憤に耳を澄ませながら、グレイスは百合之峡谷騎士団の団長を呼んだ。


「どうやら成功したようですね」


「戦女神がいればこそであります」


「ありがとうございます。百合之峡谷騎士団はこの後、味方の本隊と合流して戦ってください」


「それはもちろんですが、戦女神はどうされるのですか?」


「女帝に――マリア・ゴールデンフリースに会ってこようと思います」


「……恐れながら」


「危険だと言いたいのはわかります。しかし、この戦争をより良い形で終わらせるためには、わたしとマリアが直接会って話す必要があるのです」


 グレイスが重ねて言うと、団長は翻意させるのを諦めたようだった。その代わりに、自身と五人の副団長も護衛のため同行したいと申し出てきた。


「……良いでしょう。我々の会話を邪魔しないと誓うなら、同行を認めます」


 渋々そう言ってから、グレイスはもう一つだけ条件を付け加えた。


「すぐに何かを着るように。今、この時に限ってだけ、死んだ兵からの服の略奪を認めます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る