第五幕


リリーは小瓶を箱に詰めていく。その数は二十をくだらない。これだけあればどれか一つぐらい当たりがあるだろう。その小瓶の中にはリリーが作り出した薬が入っている。これは今から王都アルヴェルトへと思って行き、王に飲ませるのだ。


「まま、おでかけ?」


「そうじゃ。リンドウは家でお留守番じゃな。良い子にしておるのだぞ」


「僕もいきたーい」


 この罪悪感はなんだろうかとリリーは自分の胸に手をあてた。連れて行きたいのはやまやまであるが、これは遊びではなく、仕事だ。さすがに連れて行けない。


「リンドウよ。儂は仕事で今から王都に行くのじゃよ。つまらんつまらん仕事じゃ。じゃから今度は仕事じゃない時に二人で王都へ遊びに行こう」


「う~ん、は~い」


 納得は出来ていないが、納得するしかない。母の顔を見れば自分が困らせていると簡単にわかるからだ。


「そうじゃ。何か土産を買ってきてやろう。リンドウよ、何か欲しい物はないか?」


 せっかく王都へと行くのだから土産の一つぐらい買ってこよう。王都ならば色々な物がある。本当はリンドウと一緒に行って二人で店を見て回りたかったが、それは次の機会だ。


「ほしいもの? う~ん、欲しいものねぇ。友達はアルビノで間に合ってるし。特にないかな~。ままに任せるよ」


「任せるなど……くっ、リンドウ大人になって」


 手で顔を覆い隠した。我が子が成長してしまった事実に目頭が熱くなってしまった。


「あ~でも出来るなら、長くもつものがいいかなぁ。初めてもらうプレゼントだし」


「!!」


 そうだ。これがリンドウに贈る初めてのものになるのだ。そう思ったらリリーは一気に緊張してきた。これは一生の思い出になるかもしれない。変なものは選べない。


 まさか軽く聞いたものがこんなにも重くなるとは先ほどの自分に教えてやりたいと思った。


 もう言ってしまったので取り返しはつかない。だったら最高のものを用意するしかないだろう。金は王から出してもらえばいいだけの話だ。これぐらいの料金は請求してもいいだろう。


「まかされよリンドウ。儂が思い出に残るものを買ってきてやろう」


「うん、お願いね」


 そうと決まれば早く行かねばなるまい。日が落ちるまでに帰って来なければいけないし、買い物をする時間がなくなってしまう。さっさと王に薬を渡して金をぶんどって買い物に行こう。


 リリーは薬の入った箱をせっせと馬車に詰め込んだ。どれも小さな小瓶だが、量が量だけにそれなりの重さになる。


「どっせい~」


 ふぅー、と腕で額の汗をぬぐう。


「では行ってくるぞ。昼飯は適当に何か食うのじゃぞ」


「うん、わかったよまま。気をつけていってらっしゃい」


「うむ、行ってくる」


 まだ出発をしていないのにもう帰りたいと思ってしまった自分がいたのだった。








 意気揚々と出発したはいいが何を買って帰るべきかリリーは悩んでいた。


「プレゼント、プレゼント、プレゼントなぁ……う~む……」


 この長い人生の中で自分は誰かにプレゼントを渡した事があっただろうか。きっとあったとしても忘れているだろう。記憶にはない。


 金の心配はしなくていい。それは全部報酬として請求すればいいだけの話だ。だったらあとは自分のセンスが問われることになる。


「長持ちするもの、か……」


 そう言われて一番先に思いついたのは宝石の類だった。宝石ならば半永久的にもつだろう。しかし子供に宝石となると少し違う気もする。


 普通の宝石ではない、何か特別な宝石があればそれもいいかもしれない。リンドウを守ってくれるような特別な力のある宝石。


「ま、ちと探してみるか」


 とりあえずは第一候補として頭の片隅に入れておく。だが、候補が一つは少し心配だ。リリーは馬車の窓から身を乗り出して、骨の馬二頭に聞いてみた。


「おい、馬! お前ら何かほしいものあるか!?」


 そう聞かれて骨の馬同士は振り返る事もなく、視線を合わせる事なくカルシウムと答えた。


「…………」


 聞いた自分が馬鹿だったとリリーは後悔した。


「普通はニンジンとかじゃないのか……」


 まぁもう死んでいるし、肉体はない。骨だけだからその骨を維持するのにカルシウムということなのだろうとリリーは無理矢理納得した。


 ガタガタと道を走っていると森がひらけた。その向かう先には王都アルヴェルトが見える。中心部にはそびえ立つ王の城が見え、この国のどの建物よりも高くて大きい。城を中心として街が作られている。ひしめき合う建物を避けるようにして馬車は城壁に沿って走る。すると馬が城壁を少し離れて今度は九十度方向を変えた。そのまま城壁へと突っ込んでいく。


 普通ならば壁に激突するが、馬車はするりと壁をすり抜けて城壁の中へと這入ってしまった。光はなく暗闇の中、馬の蹄と車輪の回る音だけが聞こえる。


 しばらく走っていると急に視界がひらけた。突然の光にリリーは目を瞑って、腕で顔を隠す。強烈な光に慣れたころ、気が付けばリリーは城の屋外にいた。さしてそのことに驚きもせずに馬車からおりる。


「よっ、こらっせー」


 両手で箱を抱えながら歩くとガチャガチャと小瓶同士が悲鳴をあげる。せっかくここまで内密に這入って来たのに、こんなに音を立てては元も子もない気がするがその心配はなかった。


 この塔には誰一人としていないのである。


 石畳みの階段をおりていく。するとほどなくして一つの扉が目の前に現れた。いや、扉しかなかった。


「お~い、儂じゃ~。あけてくれ~」


 リリーは両手が塞がっているので扉の向こうに呼びかける。この塔には誰もいないはずなのに扉は音を立ててゆっくりと開かれた。


「ようこそリリー殿」


 この塔の扉と王の部屋の扉とが異次元で繋がっているのだろう。


「ようこそじゃのうて、はよ箱を受け取らんか」


 相手は王だが、こちらは女だ。どちらが重い箱を持つべきなのかと顔で問いかける。王は、やれやれと溜息をついて箱を持った。


「なんじゃ。今日は調子がいいのか?」


「毎日がベッドの上ではないのだよ。して、これが薬か」


「いかにも。まぁ数撃ちゃ当たる作戦と名付けておこう」


「いかにも魔女らしい」


 箱を小さな机の上において、王はその中の一つの小瓶を手に取り、迷う事なく飲み干した。「味はよいな」


「よくもまぁ躊躇わずに飲めたもんじゃな」


「然り。いずれ死ぬのだ。少しでも可能性の高い方に私はかける」


「ほぅ」


 リリーは感心をしたようだ。ここまで肝が据わっている人間は珍しい。さすが人間の王といったところか。


「それを三時間程度の間隔で飲め。その後の体調がどうなったかを紙に事細かに書くのじゃ」


「御意」


「よし、帰る」


 リリーはそそくさと帰り支度を始めた。それを見て王はあっけにとられる。


「……いささか早すぎやしませんか魔女殿」


「用は終わった。これ以上この場にいる理由がないじゃろ」


「私では話相手にならぬか」


「ならんな。小僧と話してもなんも面白くないわ。そういうのはネルとやっておけ」


「ネルは……小言と説教ばかりだ」


「歳じゃからな」


 違いないと二人は笑った。


 笑っていた顔を素に戻してリリーは言った。


「何よりも優先するもんがあるんじゃよ王よ。お前とは必要最低限な事以外は話す気もなければ、この場所にいる意味もない」


「うむ、承知したリリー殿。それでこそ魔女だ」


 リリーは鬱陶しそうに手をひらひらと振った。


 用事は終わった。さて帰るかと踵を返した時だった。重要な事を思い出した。


「王よ。金をくれ」


「……また随分と率直に言うものだな」


「魔女は己の欲に忠実じゃからな」


 ふふんと鼻をならした。王は一度深く目を閉じた後に部屋の奥へと行ってしまった。リリーはそれを金を取って来る行動だとわかっているから、そこで大人しく待つ事にした。


 待っている間に考える事はリンドウへのプレゼントだろう。


「これだけあれば足りるだろうか?」


 王は袋に入った金をどさりと机の上に置いた。かなりの量が入っているのは開けて見るまでもない。


「ま、今回は足りるじゃろな」


「今回は?」


 当然とばかりに袋から取り出した金貨を手の上で弄んだ。王の命と引き換えだ。どんな大金でも釣り合わないだろう。しかしリリーもそこまで強欲ではない。


「さすがに一人でこれを持っては歩けぬ。一掴み、といったところかのう」


 無造作に金貨を鷲掴みにした。はてさて、これで何を買うべきか。何か良いものはないだろうかと部屋を見渡してみるとあるものに目が留まった。


「毛皮、か」


 そこにあったのは狐の毛皮だった。


「これか。よろしければ持って帰られるか?」


「いや、いい。なんか違う」


 リリーは考える。毛皮なら長くもつだろう。しかし、狐の毛皮ではない。


「王よ。もっとこう、でっかい毛皮はないのか?」


 手をいっぱいに広げて表現してみせるが、リリーの見た目は十四・五歳なのでそんなに大きく見えない。


「ふむ、大きな毛皮か」


 王は顎髭を触りながらどうやら記憶の糸を探っているようだ。


「何日か前に近くの森で大きな狼が怪我をして動けなくなっていたそうだ。そしてそのまま死んだ。運がよければそれを毛皮にしているだろう。街の毛皮屋に使いを出そう」


「ふむ、狼か。狼は誇り高く賢い。狼の毛皮なら良いじゃろ。ここに持ってくるように言うのじゃ」


「仰せのままに」


 王である自分がそんな言葉を使うとは思ってなかったが、命の恩人になる人物だ。生きているうちに借りを返さなくてはと思い、王は使いの者を毛皮屋に走らせたのだった。








 一時間ほどして先ほどの使いが戻ってきたようだった。一時間経っているが、その費やした時間はとてつもなく早い方だろう。見つけ出し、手に入れた。


「ほう、これは立派じゃな」


 そこにあったのは紛れもなく狼の毛皮だ。しかも聞いていた通りかなりデカイ。リリーが羽織ればその姿はすっぽりと隠れる。大人の男ほどもある大きさだった。


「たしかにこれは素晴らしい。こんな大きな狼は見たことがないな」


「こんなのがその辺ウロウロしとったらさすがに怖いの」


 毛ざわりもかなり良い。大きさも申し分ない。すべてが完璧だ。


「よし、これを貰っていくとしようかの」


 リリーはご満悦だ。今のリンドウよりは遥かに大きいだろうが、先を見越してのプレゼントである。大人になってこの毛皮を身に纏っていれば、さぞかしいい男に見えるだろう。今から笑みが止まらない。


「満足の品でなりよりだ」


 リリーは帰りの馬車の中でまるで生きているものに話しかけるように口を動かした。


「お前、生きているときはどんな奴じゃったんじゃ? さぞかし畏れられていたのじゃろうな。その誇りも敬意もすべて受け取ってやろう。じゃから力を貸せ。我が息子の助けになれ」


 返事は当然ない。


「お前は今からリンドウのもんじゃ。主を見事に守ってみせよ」


 返事は、ない。


 当たり前だ。既に毛皮だけで死んでいるのだから。しかしリリーはまるで契約を読み上げるかのように口を動かした。狼から見れば、人間よりも魔女の方が話がわかる存在だろう。意思疎通を行うのなら魔女の方が良い。狼を従える魔女だっているぐらいだ。


 この狼が生きていればと思う。死んだ狼には何もできない。


 だがリリーにとってそんなものは理由にならなかった。


 日が傾く頃、ようやく我が家にたどり着いた。はたしてリンドウは喜んでくれるのだろうか。期待と不安を抱いてリリーは声をあげた。


「帰ったぞ!」


 家のドアをあけて開口一番そう言った。すると二階の階段をドタドタと走って来る音が聞こえた。そんなに急いで落ちたらどうするんだという心配と、それでも急いで来てくれていると喜びがせめぎ合っている。


「おかえりまま~!」


 リンドウはリリーに飛んで抱き着いた。


「良い子にしておったか?」


「うん」


 抱きしめて頭を撫でてやる。この瞬間、やっと家に帰ってきたのだと実感できた。


「リンドウよ。ほれ、プレゼントじゃ」


 リリーはリンドウに狼の毛皮を渡した。


「わ~、すっごい大きい! ふかふか~」


 毛皮に顔をうずめてきゃっきゃっとはしゃいでいる。どうやら気にいってもらえたようだった。


「ままー、これなんの毛?」


「これは狼じゃよ」


「狼!」


「この狼は気高く誇り高く畏ろしく、死してなおそれを感じさせる素晴らしい狼じゃ。お前もこのような狼のように立派な人間になるのじゃ」


「うん、わかった!」


 きっとよくは分かっていないだろうがそれでいい。わかる日は必ず来るし、その時にわかればそれでいい。


「これから毎日肌身離さずにその毛皮を持っているのじゃ。主だと認められるようにな」


「?」


 首をかしげるリンドウ。どうやら最後の言葉の意味はわからなかったようだ。


 それからリンドウはリリーの言うことを聞いて、毎日肌身離さず毛皮と生活を共にした。それで何が変わるものでもないが、単純にこの毛皮が気に入ったようだった。初めて貰ったプレゼントだ。何よりも大事に出来る自信があった。


 その狼の毛皮はリンドウにとってのトレードマークとなった。








「何よ、あれ」


「何って、見て場わかるじゃろ。毛皮じゃ」


「そうじゃなくって、大きすぎない?」


 ペストはリンドウの羽織っている毛皮に眉をひそめた。


「今はでかくとも、いつか似合ういい大人の男になるじゃろ」


「気が早すぎるわよ」


 それでもリリーは気にしない。もちろんリンドウもだ。


「お前も何かアルビノにやればいいじゃろ。まだ何も与えてないんじゃろ?」


「まぁそうね」


「今のうちから“身を守るもの”を与えた方がいいと思うがの。“成長すればその分成長する”」


「あぁなるほどね」


 含みのあるリリーの言い方にペストは何かを察したようだった。


 つまるところ、あれはただの毛皮ではないという事。


「この辺では見かけんが、魔獣と出くわす事もあるかもしれん。そうなったときに身を守るものが必要じゃろ」


「まぁ、たしかに。あんなもの造り出す魔女ってなんなのかしらね」


「探求心、の失敗作、じゃろな」


 その言葉にペストは納得した。


「そうねぇ。あたしも何かしてみようかしら。でも受け取ってくれるとは思えないんだけど」


 アルビノはペストを恨んでいる。そんな人物から渡されたものを使うかと言われたら、厳しいものがあるだろう。


「お前は頭が固いの。その与えたものが自分を殺せる武器となるとか言えばいいじゃろうが」


「自分を殺せるものを渡せって? なるほど面白い発想ね」


 ペストはシニカルに笑った。それはそれで面白いかもしれない。しかしなるほどとペストは腕を組んで考えた。リンドウはリリーにプレゼント貰ってそれをいつも身につけている。まだアルビノも子供だ。純粋に羨ましいと少しは思っているかもしれない。


「あたしも王都へ行ってみようかしら」


「お前、行くのはいいが少しは隠れていけよ?」


「いやよ。めんどくさい」


「じゃろうな。そういうと思ったわ」


 王都アルヴェルトには立派な教会が存在する。さすがに捕まって殺されはしないがいい顔はされないだろう。それにもし戦闘になれば死ぬのは教会の人間だ。身の危険などペストにとっては心配する事すら無駄だろう。


「何がいいかしらねぇ」


「ま、考えるな感じろじゃな」


「何よそれ」


「行けばわかるじゃろ。ピンときたものを買えばよい」


「明日にでも行ってくるわよ。あの毛皮に負けないものを見つけてくるわ」


「あれには勝てん。むりむり」


 ペストは王都へと向かうことを決意した。何を買うのかはまだまったく決まっていないが、毛皮に負けないぐらいの代物がいい。そしてアルビノが気に入ってくれるもの。


 今日の夕食の時にでもこそっと何かほしいものはないか、何が好きなのかを聞いてみようとペストは思った。






 次の日、ペストは王都アルヴェルトにいた。


 昨日の夜にアルビノに何かほしい物はあるかと聞いたところ、お前の命という想像通りの答えが返ってきた。こっそり聞く予定だったが結局こっそりのやり方がわからなかったのでストレートに聞いた結果がこれだ。


 さすがにそれは無理があるのでペストは諦めて、自分が選んだものをあげることにしたのだった。


「何がいいかしらねぇ」


 色々な店がある。服に靴に毛皮。とりあえずリンドウのように身につけられるものがいいだろう。


「宝石……はまだ早いし男の子だし」


 娘ならそれもよかった。宝石や髪留め。使い道はかなりある。


「ナイフ……武器屋ねぇ」


 目に飛び込んできたのは武器屋だった。剣に盾や鎧などが見て取れる。店主はペストの来店に驚いていた。普通、女が来る場所ではないしペストの見た目が美しすぎる。その場に似つかわしくない者は目立つものだ。


「お嬢ちゃん。さすがにお嬢ちゃんに似合うものはここにはないと思うが……」


 申し訳なさそうに店主がそう言ったが、ペストはお構いなしに物色していく。正直なところ、どれも自分を殺すには十分な代物だ。


「やっぱダメね」


 自分を殺す品物を選ぶのは変な感じがしたので店をあとにする。しばらく歩くと声をかけられた。


「お姉さんお姉さん。そこに綺麗なお姉さん」


 また十代であろう少女だった。


「お姉さんの美しさをもっとあげる為に毛皮はどう!? ほら見てよこのテンの毛皮! 大きくて毛艶も最高の品だよ!」


「まぁたしかにいいと思うわ」


「だったら――」


 と少女はノリにノッて毛皮を進めてくる。毛皮はすでにリンドウが持っているし、あの狼の毛皮に勝てるとは思えない。あれと同等かそれ以上の毛皮があるのだろうか。


「ねぇ、あなた。そのテンの毛皮もいいけど、もっと大きな毛皮ないの?」


「大きな毛皮? う~ん、うちは小物の毛皮しか扱ってないんだよねぇ。大きな毛皮ってどのくらいの大きさ?」


「そうねぇ。大人の男ぐらいかしら」


「そんな毛皮ないよー」


 笑いながら言ったが、でも、と言葉をつづけた。


「そこまで大きな毛皮となるとクマとかじゃないかな。なんか最近森に大きなクマが出るっていうし、お姉さん美人だから男の人にとってきてもらえば?」


「クマねぇ」


 クマならたしかに大きい。大きさだけでいったら狼をも凌ぐだろう。しかし毛はゴワゴワしているし匂いがキツイ。毛皮としてはただ大きいだけの代物だ。


 さらにまた町を散策しているとふとある店の前で足が止まった。なぜ自分はここで止まっているのだろうかと疑問に思った。それはリリーがいっていた魔女としての直感なのかもしれない。


 その店は服屋だった。中に這入るとすぐにそれは見つかった。これが自分が見る前から気になったものだ。


「……ローブ?」


 真っ黒の外套のローブだった。なぜこんなものに惹かれたのだろうか。そんな事を考えていると店主がやってきた。


「おやおやそれが気になりますかな? それは昔々、魔女が着ていたというローブですよ」


「魔女が?」


「えぇ、えぇ」


 なるほどと納得できた。同族の匂いを感じ取ったのだろう。でもそれだけではないとペストは感じていた。


「これを頂くわ」


 即決で言った。


「よいのですかな? 魔女の持ち物と言われたものですぞ? まぁ本当か嘘かはわかりませんが」


 きっと本当だ。魔女のペストにはそれがわかる。だからこそ、それを選ぶのだ。


「これを、頂くわ」


 ペストは同じ言葉を繰り返したのだった。








 ペストがローブを買って帰って、まず初めにしたことは自分の髪を切ることだった。腰まであった黒い滝のような綺麗な髪を無造作に肩ぐらいからバッサリと切った。


 そして次にやったことは買ってきたローブを解体すること。


 すべて一度ばらして数枚の生地にする。そしてそれももう一度組みなおす。そこに自分の切った髪を混ぜ込んだ。


 いったい何本あるかわからない自分の髪を丁寧に一本一本生地に入れ込んでいった。その作業はかなりの時間がかかる。さすがに四六時中して早く完成させたかったが、できないのは当然なので仕方がない。


 ペストが自分の髪を切って、アルビノがそれを見たときのアルビノの驚きの表情は見物だった。この子も驚く事があるのかとペストは少し笑ってしまったほどだ。


「……なんで髪切ったんだよ」


 よほど気になったのかアルビノからそんな事を聞かれた。


「ちょっと必要だったのよ」


 ペストはそう答えたが、それがあまり答えになっていないし意味もわからなかったが、アルビノはそれ以上聞かなかった。もしかしてこの子は髪が長い方が好きなのかとペストは内心少し思ったが聞かなかった。だからこう答える。


「どうせすぐに伸びるしね。一か月もすれば元通りよ」


 一か月であれほどの長さになると言われたら、逆に気持ち悪いと思うかもしれないが本当のことなのでしょうがない。


 ペストは毎日毎日自分の髪を生地に入れ込む。もちろんアルビノに気づかれないように作業をした。そしてようやく全ての髪を入れ終わったら次は新しいローブ作りだ。


 どんな形が似合うのだろうか。リンドウの毛皮みたいに大人になっても使えるように大きめに作った方がいいのだろうか。


 そんな事を考える。


 作りながらアルビノがこれを着た時の事を想像すると自然と顔がにやけてしまう。喜んでくれるだろうか。着てくれるだろうか。似合うだろうか。ずっと大切にしてくれるだろうか。


 そしてペストの髪が元に戻る頃、それはようやく完成した。


「できた……」


 我ながらいい出来だと思う。自分と同じで真っ黒な袖のあるローブだ。羽織るのではなく着るという表現の方が近いのかもしれない。きっと真っ白なアルビノの白をさらに引き立ててくれるに違いない。


 すぐに着ているところが見たい。ペストはそんな衝動にかられた。


 ドタドタと階段を上がってアルビノの部屋へとノックもせずに這入っていく。


「アルビノ、アルビノ!」


 しかし時刻はすでに深夜だ。当然アルビノは眠っている。それでもペストはお構いなしだった。


「起きなさいアルビノ! あなたにプレゼントよ!」


 目が開かない。何かペストが言っているのは聞こえるが言葉の内容まで理解できないし、なんだかどうでもよかった。


 ガクンガクンと身体を揺らされるが、それでも睡魔には勝てない。


「ほら、これを着なさい!」


 ペストはされるがままのアルビノにローブを無理矢理着せた。


「うん! うんうん! やっぱりよく似合ってるわね! あたしの予想通り、白と黒が丁度いい感じよ!」


 テンションが上がりっぱなしのペストさんであった。


 翌日、アルビノが目覚めると身に覚えのないローブを着ていて、頭が『?』になったのは言うまでもなかった。








 アルビノは正直困っていた。


 この黒いローブのことだ。なぜ朝起きたらこれを着ていたのか意味がわからなったし、なぜこんなものがあるのかもわからなかった。ただ、これを誰が用意したのかは簡単にわかった。


 簡単に。


 ペストを見ればそれはすぐにわかった。


 このローブを自分が着ている時、ペストはかなりの上機嫌だ。いつも冷めた表情をしていた魔女がいつもニコニコしているし、スキップまでしているところを目撃している。反対にこのローブを着ていない時、まるでこの世の終わりかのように肩を落として、家の裏で膝を折って地面とにらめっこ。いつまでもいじけていた。


「……なんだっていうんだ」


 わざわざ自分の敵を喜ばせることはない。むしろ殺すチャンスなのではないかとアルビノは思った。落ち込んでいるところを後ろから刺せば簡単にケリがつきそうだ。だが懸念もある。


 ペストが逆上した場合だ。


 悲しみが怒りへと変換される。そうなった時、きっと自分は簡単に殺されるだろう。だったら喜んでいる時に殺した方がチャンスなのではないかと思った。


 だが、それもうまくいくとは思えなかった。このローブを利用して殺せるチャンスはない。それがアルビノの出した答えだったが、そうかと思って諦める訳はない。何としてでも突破口を見つけ出そうとする。


「……これ、お前が用意したのか?」


 アルビノは思い切ってペストに聞いてみた。するとペストの反応はすごかった。


「そうよ! 素晴らしい出来でしょう! 苦労したんだからね!」


 苦労したというのは買うときに苦労したのだろうか。それならこのローブはよほど高かったのだろうか。とてもそうは見えないが。


 それか一から作りあげたのか。と思ったが、ペストにそこまでの事が出来るイメージが湧かなかった。


「そのローブはね、あなたの事を守ってくれるわ」


 比喩的な表現かと思った。


「きっとあなたの力になってくれる」


 魔女の力が込められているのか。


「それにそのローブはあなたと共に成長する。あなたが成長して背が伸びればそのローブもあなたに合わせて大きくなる。だからずっと着れるわよ!」


「…………」


 ずっと着ないといけないのかコレ、とアルビノは愕然とした。


「……いや、まぁ、うん……はい」


 まともに取り合ったら負けだとなんとなく思った。しかしこれはこれで良いものかもしれない。魔女の力が宿ったものだ。どんな力かはわからないが、それなりの力があるという事だし、言い換えれば人間には真似できない類のものだろう。当然それは魔女自身にも効く力だ。


 これを使いこなす事が出来ればあるいは――。


 これがどんなものなのか知る必要がある。


「これにはどんな力があるんだ?」


「さぁ?」


「…………」


 惚けているようには見えなかった。つまりペスト自身も知らないのだ。つまりアルビノ本人によってその力は形成される。


 なるほど、簡単ではないらしい。


 魔女の力を人間が扱えるのかどうか。扱えた時、きっと何者にも負けない力が手にはいる。当然魔女をも殺せる力だ。


 自然とアルビノの拳は強く握られていたのだった。

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