第25話 親子丼【2】


「お、おぉ〜」


 お皿に分けて、差し出された割箸を借りてテーブルに持っていく。

 最後に長谷部さんが三つ葉を載せて出来上がり。

 すごい、普通にお店で出てきそう。


「まあ、親子丼は簡単だし作り方は人それぞれだから自分のやりやすいように作るといいと思うよ。それじゃあ食べようか」

「はい、いただきます」


 艶々の卵。

 ほかほかと湯気とほんのりとした甘い香り。

 三つ葉の鮮やかさが、黄色と茶色しかない皿の中で際立つ。

 喉が鳴る。

 なんだかんだお腹が空いていたからだ。美味しそう。


「ほあ……」


 箸をご飯の下に差し込み、持ち上げれば湯気がほくぅと倍増する。

 熱そう。まだ熱いかな?

 すごいな、卵が本当にぷるぷるしてる。

 まさに硬いのと半熟の中間……!

 俺もこれ好きかも。いや、多分絶対好き。

 鶏肉とふかふかプルプルの卵、汁の染みたご飯!

 もちろん食べ方は──口の中へ欲望と勢いのままかき込む!


「あふっ……」

「お茶いる?」

「は、はひ」


 あっつ!

 やっぱりまだ熱々だった……!

 でもやっぱり一気にかき込むと全部が合体してめっちゃ美味い!

 鶏肉、胸肉ってあまり食べた記憶がないけどこんなに筋ばってるのか。

 でも、その筋の一本一本からタレが溢れてくる。

 そのこぼれたタレが卵の味に折り重なり、ご飯と絡ませていくからすごい。

 まさに卵とじ。

 卵が鶏胸肉とご飯、そしてタレを調和していく!

 え、うま……意外と胸肉って美味いんだな……?

 なんかこう、染み込む感じではなく、さぱっとしててほろほろっとするんだけど肉がしっかりしてる。

 食感はゴムっぽいけど漬け込んであるのと卵のおかげで、しっかりした味わい。

 鳥もものような噛むとじわり、みたいな感じではなく本当にこう、ガッツりくる!

 でも、さっぱり! 脂味が、ない!


「お、おいひいです……あ、っつ……ほふ……」

「良かった〜」

「? 長谷部さん、なにかけてるのんですか?」

「一味唐辛子。俺は辛いの割と好きでね〜」

「い、一味唐辛子? 牛丼じゃなくて、親子丼にもかけるんですか?」

「平気なら試してみる?」

「……」


 小さな容器に入っているのはいつも使っている七味唐辛子よりも辛い、一味唐辛子。

 七味より一味の方が辛いのは、姉が辛党なので知っている。

 長谷部さんも辛党なのか……良かったな、姉さん……食の好みに関しては問題なさそうだぞ。

 いや、それよりも俺か。

 牛丼以外でも七味や一味をかけるとは思わなかった。

 ええ、どうしよう?

 辛いのはそこまで苦手なわけではないし、チェーン店の牛丼についてくる少量の七味は使ったりするけど……。


「じゃ、じゃあ試してみます」

「うん、どうぞどうぞ」


 しっかり蓋の閉められた一味唐辛子を受け取る。

 それを開けて、少しだけ……かけてみた。

 なんとなくお茶を一口飲んでから、改めて一味唐辛子のかかったところを口の中にかき込む。


「むっ」


 つん、と辛味がきた。

 すぐにではない。


「うぅっ」

「あれ、ダメだった?」

「あ、いや、あの……い、一味唐辛子って本当に七味より辛いんですね……!」

「え? そう?」

「そうですよ!」


 牛丼にかける七味より確実に辛味がくる!

 口の中がピリッとして……ああ、でもその分卵やタレやご飯の甘味は強く感じたかもしれない。

 だがしかし! やはり口の中がピリピリする!

 本当にちょっぴりなのに、一味唐辛子、強い……!

 これを三回も四回も振る姉や長谷部さんの舌やばくねぇ?


「熱いと余計そう感じるかもね」

「はふぅ……!」

「お茶お代わりいる?」

「い、いただきます!」


 冷たいお茶が口の中のピリピリを少し緩和する。

 だがそれは一瞬だけ。

 冷たいが次の瞬間にはピリピリした熱に変わる。

 うう、これだから辛いのは……!


「マカロン食べる?」

「え」

「いやー、まさかそんなに苦手だとは思わなかったから……」

「だ、大丈夫です! かけたところは食べ終わりましたから」


 そう、もう一味唐辛子をかけたところは全部食べた。

 だからあとは残りをかき込むだけ!

 味変してみて分かったけれど、普通が一番でした!


「あ、そうだ。あの、もしかして牛丼とか豚丼もさっきみたいな作り方なんですか?」

「ん? そうだね、大体同じかな。豚丼は甘味を強めにするのと、俺は蜂蜜や目玉焼きを入れたりするかな。牛丼は部位によって火の回りが早いから注意は必要だと思うけど……あと、卵とじはお好みで?」

「あ、そ、そうですね」


 牛丼も豚丼もそういえば卵とじされてないや。

 卵とじされるのはカツ丼とかか、そうか。


「あ、でもそれならカツ丼も同じ要領で作れるって事か……!」

「そうそう。カツ丼の時は玉ねぎをもう少し大きめに切ると、衣のかわりにしゃきしゃき感を出せていいと思う。あ、まあ、これもお好みで、だけど」

「なるほど」

「あとはやっぱり紅生姜入れるといいよね。ほんのりとした酸味と赤い色味が加わって綺麗で」

「そうですね」


 牛丼屋さんのやつはついてるもんな。

 まあ、あんまり得意じゃないからちょっとだけ、だけど……。


「……結構応用が効くんですね、親子丼の作り方って」

「丼ものはお腹いっぱいになるし、作り方も簡単でいいよね」

「はい、それに……美味しかったです! ごちそうさまでした!」


 両手を合わせる。

 たくさんかき込んだのであっという間だったな。

 ……まあ、辛いのごまかすのにバクバク食べてしまったのだが。


「はい、お粗末様。じゃあ午後もマカロン作りをがんばろうか」

「は、はい」


 そうだった……。

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