淫乱女神の世直し講座

てすたー001

第1話 テツヤの命日

三月一日。一年を通して最も自殺者が多い日。

月曜日。一週間で最も自殺者が多い曜日。

そして、今年の三月一日は月曜日だ。


なぜこんなに陰鬱いんうつな書き出しになってしまったかというと、この俺が自殺志願者だからだ。

自殺をすれば、地獄へ落ちるだとか、来世で禿げるだとか、様々な憶測おくそくがあるというが所詮しょせんはどれも妄言だ。

一度も死んだことのない人間が語る死後の世界ほどバカらしい話はないだろう。昨日見た夢の話と同レベルと思う。

これらの話はどれも「現世至上主義げんせしじょうしゅぎ」的な発想だ。今ある命や出会いこそ掛け替えがないものだと信じる者のワンマンショーだ。


俺にとってはこの現世こそが地獄なのだ。


今日は二月二十八日。明日は一年を通して最も自殺者が多い日だという。

しかし俺が死ぬ日は明日ではない。


今日だ。


俺が今日死にたいと思う理由はいくつかあるが、そのうちの一つ紹介しよう。


●テツヤの自殺日和のコーナー●

まず前提として、明日は沢山の人が死ぬだろう。

もし死後の世界に受け付けがあったとして、死後の世界の初日に受け付けの行列に並ぶのは出鼻を挫かれる思いだろう。

それに、他の死者と長時間居合わすのは気まずいことが想像される。

きっと列の前後の人も同じ日に死んだ人だろう。

初対面の死者同士の会話はおそらく弾まないだろう。

しかも死者初日では「死者あるある」みたいな物も全然分からない。一体どんな話題が適切なのか想像もつくまい。

現実世界なら季節や天気の話が妥当だが、死後の世界に季節や天気はあるのかさえ不明だ。

共通の話題でいうと自殺の理由か?

いやいや、隣合わせた人が自殺ではなく、たまたま三月一日に死んでしまった場合、めちゃくちゃ気まずいぞ。

方や死にたくて死んだ人間、もう方や生きたくて死んだ人間。全く価値観が違う人間だ。二人の間に友情が芽生える可能性は低いだろう。


とこの通り、俺が二月二十八日を自殺することにした理由、それは、死んだ後まで人に気を使いたくない!!というなんとも、人間らしい悩みに嫌気がさしたからだ。


そういうわけで俺は、今日死ぬことにしたのだ。


明日には沢山の人が死ぬだろう。

あわよくば俺はそいつらを導く者になろう。

一日先に死んだ先輩として、デカい顔をしてやろう。


さぁ死ぬぞ。死ぬぞ。



自死を決心した時から、死ぬときは自宅のベッドでと決めていた。寝室は俺の楽園だ。きっと良い旅立ちができるに違いない。一人暮らしのワンルームの部屋だ。この部屋に、このベッド以上の居心地を求めることなかれ。

安楽死が法律で認められるようになってから、死体回収業者という職業ができた。死ぬ前に事前に業者に連絡しておけば、死後、迅速に体を回収してもらえる。回収のコースは一体で二万八千円の簡易的なものから、五百五十万円のその場でお葬式フルオーダーコースのようなものまである。

お金さえ積めば「添い寝」や「介助」、「死友(一緒に死んでくれるサービス)」と大変バラエティに富んだサービスを受けることができる。

死を直前にして気がついたのだが、俺は根っからの貧乏症のようで、死ぬ為に大金をかけるのはバカらしいと思ってしまい「最安値のささっと回収コース」を選んだ。


さあ、ベッドメイクは済んだ。掛け布団のシーツがベッドの下敷きになり身動きが取りにくい状態が嫌いなので、掛け布団のシーツはあえて適当にかけている。ベッドの中へ入ろうとした時、ふとある考えがよぎった。幽霊には足がないと言うけれど、もし死後の世界でもこの足で歩く必要がある場合、靴がなければ不便だ。死ぬ為にお気に入りのスニーカーを履いておくのは悪くない。


玄関でNBのスニーカーを履いて、そのまま土足で部屋へ戻った。フローリングを進み、カーペットを踏み進み、ベッドに座り込んだ。部屋の中を土足で踏み入るのは、どこか少し快感だった。


俺はこの日の為に手に入れた、安楽死用のチョコレート「逝きチョコ」の封を開ける。「逝きチョコ」はピンクと茶色を基調とした非常にポップなパッケージのせいか、死ぬためのチョコレート感が無い。

そもそも「死ぬためのチョコレート感」の正解も分からないのだが…。

「逝きチョコ」購入時に、事前にネットで調べた情報によると、このパッケージはかなり開きにくいらしい。噂では、少しでも自殺する気をなくす為にわざと開けにくい構造をしているという説がまことしやかにささやかれているが、俺はこの説を信じていない。

俺の意見では、子どもや「逝きチョコ」を知らない人の誤食を防ぐためのものだという見立てだ。

この意見には100%の自信があったのだが、しかし、「逝きチョコ」の包装は思ったよりも簡単に開けることができた。

一瞬、これでは本当に子どもが誤食してしまうのではないかとハッとしたが、俺はどうせ死ぬ身だ。もはや人の死には興味がない。


ポップなパッケージを破り捨てると、これぞ「チョコレート・オブ・ザ・チョコレート」と言った、見覚えのある銀ガミに包まれた板チョコが正体を現した。


縦3×横3。9マスの板チョコだ。この全てを食べると約30分後には死ぬことができるらしい。

「全てを食べると死ぬ」といううたい文句から、過激なコンビYoutuberが半分こずつ食べるという企画が流行っていた。アホくさっ、と思いながらも、近いうちに「逝きチョコ」を食べる身としては気になってしまい同様の企画の動画を何本か見てしまった。

その時はどの動画でも、パッケージはとても開きにくそうだったが、いざ自分で開けてみるとあっさり開いてしまったことを考えるとやはりこういった動画には演出というか、脚色があるのだろう。Youtuberの闇を見た。


俺は銀紙を破りながらベッドへ潜り込んだ。靴を履いたままベッドに入るのは少し抵抗があったがすぐに慣れた。

目を瞑り、深呼吸をして、逝きチョコを一列食べると、体の中が少しずつ暖かくなるような気がした。甘い香りの奥にほんのりと苦味を感じながら二列目を食べ進む。これが安楽死の成分なのだろうか。

最後の一列を持つ手が震える。別に怖くない。嬉しいんだ。俺の世界が終わる。

ベッドの脇に置いた紅茶を飲み、そして俺は。


俺は最後の一列を食べた。


その瞬間。空間をえぐり取るような聞いたこともないほど大きな音。音。音。音。音。音。音。まるで、頭上を飛行機が通り過ぎるかのように大きな音。


音が聞こえた。途端とたん。シングルベッドに寝転ぶ俺の隣に、人間一人分の空間が新しく生まれるような、ここでは無いどこかから空間が溢れてくるような感覚に包まれた。その空間はやがて俺を包み込んだ。体が熱を帯びていく。

この空間は人間の体のように実体を持っており、仰向けに寝転がる俺の上から抑えつけるような圧迫感があった。

こいつは俺をどこか別の世界へと連れて行く者のなのだろうか。


死神。


二文字が頭の中を、スポイトで試験管に落とした色素のようにじわじわと広がり暗い紫色に染めて行く。恐怖なのか、不安なのか、体験したことのない感情が俺の意識をどこか遠くへ飛ばそうとする。思わず瞳を閉じた。




これが死。

俺は覚悟した。




やがて俺の上に広がる空間の動きが止まると、俺は何者に接吻キスをされた。それも優しく唇を重ねるようなものではない。乱暴で強引な唇が俺をむさぼる。

俺の口の中を縦横無尽に絡まりつくおよそ舌のような何かに、俺は喉の奥まで支配された。高校生のときに覚えた蹂躙じゅうりんという言葉はいつ使うんだろうと思っていたが、死の間際に使う機会があったようだ。

俺の喉から「んー、んー」と情けない声が漏れた。

初めてのキスで息をするのを忘れるというのはあるあるネタだと思うがこの状況は物理的に息ができず苦しい。

酸素不足で朦朧もうろうとする意識の中で、俺を殺す存在をこの目で確かめなければと末期の力と勇気を振り絞る。俺は恐る恐る目を開けると、半裸の美女が俺に覆いかぶさり、それはそれはめちゃくちゃエロいキスをしていた。


え、なにこれ?


_____________________________

■次回、ゆる募

半裸の女が、自殺志願者の上に跨ってキスしてきた時の対処法!


勝手に募集すんな!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

淫乱女神の世直し講座 てすたー001 @Tester001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ