真田の娘

第27話 明暗を分ける

　伊達軍の傷病兵を運ぶ荷車は、阿菖蒲を潜ませたままに仙台への道を何事もなく進んでいた。

　疑いの目すらもむけられなかったのは、もちろん政宗公の策が功をそうしたおかげでもあるが、真田衆や阿菖蒲が本物の傷病兵そのものに見えていたからでもあった。

　呻き声や家族の名を呼ぶ演技がこれまた迫真であったのだ。

（このままいけば、無事に伊達領に入れそうだな）

　そう考えていた佐渡に、不穏な報せがとどく。

　金助が声を低くして佐渡に耳打ちした。

「真田様のご息女、あくり様となほ様が徳川に捕縛されたようだ」

　佐渡の顔から血の気が引いた。

　あくりは大阪の役よりも前に、彼女の母、今はもう竹林院と呼ぶべき人と共に大阪からは逃れ、紀伊に身を潜めていたはずだ。同様に、なほもずいぶんと前に大阪を出たはずなのに。

　その二人さえ捜し出され、身柄を徳川に押さえられてしまうとは。

「お方様は…………」

　思わずそう口を開いてしまった佐渡は、己の失態に顔を歪めた。

　金助は実質、もう佐渡に指示を出す側の人間。目上の存在だ。そんな金助を問いただすなど、あるまじき行為なのだ。だが金助は気にするような素振りもなく教えてくれた。

「あくり様と共にお母君、竹林院様も徳川に引き渡されたようだ。だが噂では、どうやらお二人とも命は許されたようだとか」

　しかしそれを聞かされても佐渡の心は落ち着かなかった。

「なほ様の方が深刻だ。江戸に移送されたと聞く。真田様の兄君、一当斎（いっとうさい）様が、嘆願を出しておられるようだ」

　あくりはまだ母である竹林院が傍にいるが、なほには誰もいない。嘆願が受け入れられることを祈るより他になかった。

「お聞かせくださり、ありがとうございます」

　頭を下げる佐渡に金助は厳しく言った。

「それだけ油断できぬということだ。頼むぞ」

「は」

　ここで阿菖蒲が見つかれば伊達家にも咎（とが）がゆく。露見するわけには絶対にいかないのだ。

　江戸はただ通り過ぎるだけだが、ここで気を緩めてはいけないのだと佐渡は荷車を見つめ、今一度心を引き締めるのだった。

　徳川に捕縛されたことにより、二人の姫君の運命は大きく変わる。

　あくり姫は許され京で暮らし、三春城城主の蒲生郷成の子、蒲生郷喜に嫁ぐことになるものの、そのことで養父である滝川一積は徳川に咎められることになり、また蒲生郷喜も後に失脚することになる。

　江戸に送られたなほ姫は真田信之の嘆願により助かるが、江戸城での女中勤めを余儀なくされる。なほ姫は後に京の二条城にて給仕女となるが、その時に佐竹義宣に見出だされ、義宣の実弟、岩城宣隆の側室となり御田の方と呼ばれることになる。

　どちらも、徳川の影響から逃れることができなかった。真田の姫君達はそれぞれの場所で運命に翻弄されながら生きたといえよう。

　ぎりぎりの判断が明と暗を分けることもある。だが結局のところ、それらは当人達にはあずかり知らぬものなのだ。

　彼女達は激動の時代をただただ必死で生きていた。

　火花を散らすように生きた父、真田信繁とは違う戦いであったが――――彼女達もまた、戦っていたのだ。

　時代の流れという抗い難い力と。