第22話 屁理屈も理屈のうち


 数日もするうちに、阿梅は女中仕事にも慣れ、だんだんと白石城の者達とも打ち解けてきた。おかねと大八もきちんと手習い等の教育を受け、大八など重綱が槍の稽古をつけることもある程だ。

 しかし、阿梅にはまだ気がかりがあった。今だ京に留まっている阿菖蒲のことだ。

 それに真田の男子おのこ、大八の存在は片倉家を揺るがしかねない秘密でもある。

 平穏な日々はいつ崩れるか分からない。薄氷の上を歩くがごとくの毎日であることを、阿梅は知っていた。

 だがそんな心地は―――――とある文により、一変することになる。




 仕事の合間に重綱に呼び出され、さらにそれが人払いされた奥の間であったことで阿梅は察した。京で動きがあったのだ、と。

「待ち望んだ文が届いたぞ、阿梅」

 興奮を隠しきれない様子で重綱が文を取り出した。

 その差出人の名に阿梅は息を飲む。

覚左衛門かくざえもんが生きているのですね!」

「ああ」

 それは真田信繁の家臣にして、阿梅達をこの白石まで守り届けた真田衆の一人、我妻あがつま佐渡さわたりの主である三井みつい覚左衛門かくざえもん景国かげくにの文だったのだ。

 消息不明であった景国だが、道明寺の戦いで負傷した後に彼は西本願寺で匿われていたようだ。

「真田の旧臣が見つかった。これで後は頃合いを見て、そなたを確認してもらうまでだ」

 不思議なことを言う重綱に阿梅は首を傾げる。

「確認ですか? そんなことを、何故」

 すると重綱は珍しく不敵な笑みを浮かべた。

「そなたを真田家の娘として、ここにいられるようにする為だ」

「ど、どういうことです?」

 重綱の案が理解できない阿梅は目を丸くした。そんな阿梅に重綱はとんでもなく無茶な説明をした。

「まず、そなたは我が片倉隊に乱取りされたことになっている」

「それは、分かっております」

 その噂は阿梅も知っていたし、それを利用していたところもある。

「そして、そなたを気に入った私が女中として召し抱えた」

「……………それも、分からないではありません」

 驚くべきはそこからだった。

「私はそなたの素性を知らなかったが、この城を立ち寄った真田の旧臣が女中のそなたを見て、真田の姫だということが発覚する」

「えぇっ!?」

「しかしながら、召し抱えてしまった後に発覚したことなので、追い出すには忍びない。そのまま片倉で働いてもらうことにした、と、まあ、そんな筋書きだ」

 阿梅は開いた口がふさがらなかった。

 そんな屁理屈が、徳川幕府に通用するものだろうか。

「む、無理があるように思われますが」

「だが押し通せば屁理屈も理屈になる。そなたがここに『真田の姫』としていることが重要なのだ」

 阿梅が真田信繁の娘と認知され、それが許されたのなら、おかねや阿菖蒲が白石の地にいることも許される。

 政宗の庇護と小十郎の名、そして何より女子である阿梅が、その無理矢理な理屈でもって許される可能性はかなり高かった。何しろ、身柄はもうすでに白石にあるのだから。

 だが、それでも危険はある。

「しかし、大八のことが露見してしまう恐れが」

 心配顔になる阿梅に重綱は重々しく頷いた。

「そうだ。秘さねばならぬ肝心要の真実はただ一点。大八のみ、だ。

 だからこそ、それ以外は隠し立てしなくてすむよう、そなたの身の上は公にせねばならぬ」

「となれば、大八を隠す手立てがあるのですね?」

 重綱は「ああ。大丈夫だ」と言ったが、ほんの僅か苦い顔になった。

「大八は、すでに死んだことになっている」

「え!?」

 またも阿梅は驚かされた。

「三井殿によれば、真田衆の画策によって左衛門佐殿の次男である大八は、戦の直前に死亡したことになったそうだ」

「戦の直前………」

「おそらく左衛門佐殿の指示だろう。三井殿がこうして文をよこしたということは、佐渡が三井殿、そして京に残してきた黒脛巾組や真田衆と合流できたということだ」

「では、阿菖蒲は!」

「ああ。無事だ」

 阿梅は目を潤ませた。

 京に真田衆の生き残りがいる。佐渡や楓達が奮闘し、大八や阿菖蒲を今も守っているのだ。胸が熱くなるのも当然というものだろう。

「ほどなくすれば、阿菖蒲の救出が始まるだろう。よかったな、阿梅」

「はい!」

 涙目の阿梅の頭を重綱は優しくぽんぽんと叩いてやった。

「必ず上手くいく。殿の悪知恵は一級品だ。今回も金にものをいわせる、とんでもない策を思いついてくれた」

「だ、大丈夫なのでしょうか、それ」

 お金がかかる、という言葉につい不安な顔をしてしまう阿梅だったが、重綱は「殿が言いだしたことだ」と笑った。

「殿は策を変更したりなどしないさ。徳川を出し抜くことが面白くて仕方がないのだからな。そなた達を伊達軍に紛れ込ませた時だって、あんなに意気揚々としておられただろう?」

「………………そうでしたね」

 まるで悪戯を成功させた子供のようだった政宗を思い出し、阿梅は少しだけ重綱の苦労を思いやった。

 やると決めたら、金に糸目もつけず計画を実行してしまう主君だ。家臣達はさぞかし振り回されることだろう。

「もう少し隠密らしい策を、とも思わないではないのだがな。殿はどうにも派手にしたがる」

「派手!? え、でも、阿菖蒲を見つからないように白石に連れてくる策なのですよね?」

 思わず顔が引きつってしまう阿梅に、重綱はかつて成実に言われた台詞を言った。

「殿は他人の斜め上を考える御方だ。諦めろ」

「は、はあ。しかし、いったいどのような策なのでしょう」

 気になる阿梅だったが、そこは秘策、重綱が教えることはなかった。

「上手くいったら、阿菖蒲から教えてもらうがよい」

 その言葉に阿梅は顔をほころばせた。

「はい。阿菖蒲から、聞きたく思います」

「必ず、そうなる。安心していろ」

 政宗も、重綱も、旧臣の景国や佐渡、楓はその為に動いている。

 伊達、片倉、黒脛巾組と真田衆、それらが合わさった阿菖蒲の救出が始まろうとしていた。











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