第4話 燃える大阪城


 目覚めの一悶着の後、重綱から釘を刺された阿梅は、寝つけなかった昨夜のことも手伝い、うとうとと微睡みながら陣屋を出ることなく昼を過ごした。

 途中、貴重な兵糧ひょうろうを片倉の兵が差し入れてくれ、阿梅は僅かばかりを受け取ったが、そのやり取りからも自分が―ここは戦場いくさばであるというのに!―客人扱いされているということを感じ取った。

 大将がああならば、家臣も皆それに倣うのか。あまりに寛大過ぎて、阿梅は戸惑うばかりだ。

 戦はまだ続いているのだろうか。豊臣は徳川は、父上や兄上はどうなったろう。妹や弟は。

 不安は絶えずある。けれど今の阿梅にできることは祈ることだけだ。

 そうしているうちに日は沈み、辺りは暗くなってきた。だが重綱はもどらない。と、にわかに周囲が騒がしくなった。

 この陣屋が襲撃されているのか、とも考えたが、どうもそうではないらしい。

 ふと小屋の隙間から見えた空が、奇妙に明るい。

(………………まさか!)

 阿梅は気付くと同時に、思わず小屋の外へと出てしまっていた。だがそれで、赤らんでいる空の方角で、阿梅は確信してしまった。

 片倉隊の兵の一人が阿梅に気付き、慌てたように声をかけてきた。

「貴方はなかに。見ぬ方がいい」

 それは護衛の為というより、むしろ気遣いの滲むものだった。

 阿梅はじっと空を見つめながら、拳を握り締めて絞り出すように言った。

「いいえ。私は――――私こそは見ておかねばなりません」

 そんな阿梅に、兵はただ控えるようにして後ろに立つだけだった。

「ありがとう、ございます」

 阿梅は彼にお礼を言うと、明々と燃える空を見上げた。

(あぁ―――大阪城が燃えている)

 ほんの昨日まで、父や兄弟達と過ごしていた場所が。たくさんの家臣と共に戦った、あの城が。

 今、燃えている。

(負ける、のだわ。いいえ、負けたの……………豊臣軍は)

 太閤秀吉が築き上げたものは打ち砕かれ、豊臣家は滅亡する。残された者達もただではすむまい。この時より阿梅達、真田信繁に連なる者は逆賊となるだろう。

 崩れ落ちそうになる身体を、手の平に爪を食い込ませ、阿梅は必死で保たせていた。

 阿梅は一人で立たねばならない。

阿菖蒲おしょうぶ、おかね………………大八)

 ここで阿梅が崩れるわけにはいかなかった。心折れてしまうわけには。

(あの子達は、私が助ける)

 生き延びねば。生きて、あの幼い妹弟達を守らねば。

 その想いだけで、阿梅はそこに立っていた。

 燃え上がる大阪城は夜空を照らし、それは真昼のごとくの明るさであったという。




 大阪城、落城の後。秀頼君、淀の方は自害。阿梅の兄、真田さなだ幸昌ゆきまさは周囲に止める声があったにも関わらず、十四という若さで殉死を選んだ。

 時代のうねりは激動となり、人々を否応なしに巻き込んでゆく。

 一人の少女の闘いは、始まったばかりだった。





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